第五章

 薫と服部の騒動があった翌々日、早朝からレッスンがあった遥香は、眠い目をこすりながら事務所へ向かっていた。

 待ち合わせはいつものスタジオだ。遥香は眠気覚ましの為、事務所が見えるとスタジオまで走った。

 事務所入ってから、スタジオのある階まで階段を駆け上がる。目的の階に着いたら、目的の扉を開ける。スタジオもいくつか数があるが、もう通い始めてから時間が経っているので迷うことは無い。

「おはよーぅ!」

 遥香は勢い良くスタジオのドアを開け、朝一番の渾身の声量で中にいる人達に挨拶した。

「っ、朝からうるさいわね」

「おはよう、遥香」

「今日も元気だね、遥香」

 理子、心愛、薫の三人は遥香に、各々のテンションで返事をした。

 普通はこのまま練習に移行するのだが、遥香は一つ気になる事ができた。

「あれ、美桜は?」

 美桜の姿が見えなかった事だ。美桜は遅刻癖が無いどころか、いつも殆ど一、二番で来ているから、皆揃っているのに美桜がいない事が珍しかった。

「そうなんだよ。いつも早いのに、どうしたんだろうね」

 心愛は心配そうに言う。

「寝坊じゃ無いの? どうせ。誰だって寝坊することくらいあるでしょ」

「だと良いが。今まで無遅刻だっただけに、少し心配になる」

「だよねー」

 全員揃った方が練習になるので、遥香達は美桜が来るのを少し待ってみることにした。

 それから三十分程経った。だがまだ美桜は来ない。

「がっつり寝坊してんじゃない? 先に始めた方がいいわよ」

「うーん。そうだねー」

 理子の提案に遥香が了承し、全員で練習の準備を始める。

 と、その時ドアのノックが聞こえた。

「おーい。入ってもいい?」

 ドアの向こうから二虎の声が聞こえる。遥香たちは美桜が来たのではないかと期待していたのでがっかりムードだ。

「どうぞー」

 遥香が返事をすると、二虎が入ってくる。そして入った瞬間の周りの落胆した雰囲気に驚いた。

「え、どうしたの皆?」

「いやー。美桜が来たのかと思って」

「美桜は今日来ないけど」

「え?」

「あれ、聞いてないんだ。美桜は今日休みだよ」

「え⁉」

「聞いてない」

「なんだって⁉」

「へー。というよりなんで誰も連絡先知らないのよ……」

 遥香と薫と心愛は騒ぎ、理子は呆れたようにため息をついた。

「なんか、どうしても兄弟の面倒を見なくてはいけなくなったんだって」

「兄弟?」

「そう、美桜は兄弟が多いんだよ。まあ、会ったこと無いから詳しくは知らないんだけどね」

 それだけ言うと、二虎は手に持っていたタブレットを遥香に見せる。そのタブレットには今日の予定が予定時間と一緒に記載されていた。

「これ今日の予定なんだけど。皆いつも遅くまで頑張ってるから、そろそろ休憩した方が良いと思って練習は昼までの予定にしてあるんだ。丁度美桜も休みだし」

 遥香たちは予定表の内容に目を通す。いつもは画面の下までびっしり書かれているのだが、今日は画面の半分までしか書かれておらず、空白が目立った。

「これだけ? 私様達は休んでていいわけ? もうあとひと月も無いのよ?」

「けど先輩。確かに休みも必要だと思う」

「美桜も休みだしね。ボクも薫に賛成だ」

「あ、じゃあさ。美桜の様子見に行こうよ」

「それは邪魔になるから駄目よ」

「えー」

 遥香は提案をバッサリ切られ、しゅんとなった。

「けど理子、今日くらいは休んだ方が良いよ」

「いやでも」

「本当は一日休みにしたかったんだけど、練習したいって皆言うかなって思って午前は予定を入れたんだ。結構譲歩した結果なんだよね。だから理子、おとなしく午後から休んでくれないかな?」

 二虎が諭すように言う。それでもまだ納得いかなさそうな顔をしている理子を遥香達の訴えかける様な視線が襲った。これほど圧力を掛けられたら理子も折れるしかなく、諦めた。

「分かったわよ」

「おっけー。じゃあこの予定通りにね。僕はすぐ仕事に行かないといけないから、全部終わったら帰って良いからね。あ、タブレットはここに置いておくから、練習終わったらいつも僕が働いている事務室があるでしょ? あそこに持ってきておいて欲しい。じゃ、僕は行くよ」

 少し早口で話しきった二虎は遥香にタブレットを渡すと、すぐにスタジオを飛び出していった。

 遥香達は今一度予定を見直す。そこには分刻みで様々な練習や体作りのメニューが組まれており、休憩時間は各メニューの間が三分だ。今日は午前までではあるが、それでも相当詰められたハードスケジュールだ。ただ遥香達は一月ほどこの過密スケジュールを朝から晩まで約一か月こなしているので、今日は寧ろ少ないとさえ思えた。

「うーん、やっぱり昼までだと少なく見えるね」

「やっぱり練習量増やした方がいいわよ」

「それはさっき納得したじゃ無いか、先輩」

「限られた時間で精一杯頑張ろう」

「良いこと言うねー薫」

 遥香はニヤニヤ顔で、薫を肘でつつくも、薫は無表情でタブレットから目をそらさない。反応が返ってこないので遥香は「ちぇえっ」とふてくされた。

「さあ、時間も無いことだし、早速始めようか」

「おー!」

「よし」

「はいはい」

 遥香達はすぐに準備を済ませ、ダンスレッスンから始めた。美桜が居ないため、やはり曲を通しての練習は難しいので、各々の苦手なところを潰す目標に切り替え、練習する。それぞれできる事を全力で今日もやりきったので、練習後の理子に練習前の不服さは微塵も無かった。


 その日に美桜を見かけたのは練習後すぐのことだった。

 遥香達は予定の練習をこなし、事務所を出ていた。当初そこで各自解散という流れだったが、遥香の「一緒にお昼食べよう!」という提案を受けて、皆んなで街を歩きながら昼ご飯を食べる店を探すことになったのだ。

 事務所のある場所は結構都会で建物が沢山ある。当然食事処も相当数あり、だからこそ迷い、探すことになる。

「遥香は何が食べたいんだい?」

 心愛が微笑んで言う。キリッとした感じで言うので、その姿はデートで隣を歩くイケメン彼氏の様だったが、遥香にとっては一番困る質問だった。

「それがわからないから探してるんじゃん。いい? こういうのはふらり立ち寄ってみて、ビビッと来たところが今日私の食べたいご飯なんだよ」

「へ、へー。なるほどね」

「そういうものか」

 心愛は遥香の言っていることが分からないと困惑の表情を浮かべる。薫は変わらず表情が変わらないが、雰囲気がそう言っていた。

「私様はそれわかるかも」

「でしょ⁉︎」

「で、見つかりそうなの? ビビッと来る店」

 理子に聞かれ、遥香は歩きながらあたりを見渡す。すぐには見つからなかったようで、時折うんうん唸って悩みながら、数十秒歩いた。

 そして突然立ち止まって、手を叩いた。

「みっかんない!」

 遥香がそう叫んだ直後、理子の渾身のローキックが入った。

「っ痛ぁい!」

「このバカ! あれだけ時間かけといてそれはないでしょうが!」

 鼻息荒く怒る理子と、ヒィヒィ痛がる遥香の漫才のようなやりとりが、場に笑いを産んだ。皆んなが居心地の良い、いつもの光景だ。

「で、結局どうするんだい?」

「そうだねぇ………………。あ、あれって」

 また長考に入ろうとしていた遥香は、何かを見つけて指差す。全員がその指差す先を見ると、少し大きな声を出せば声が届く位の距離に、小さい子供に囲まれた美桜の姿があった。

 美桜は両手を二人の男の子に引かれ、周りには手をひく子と同じくらいの背丈の女の子が一人走り回って遊んでいる。それを美桜が忙しない様子で目を配っていた。

「忙しそうだね」

「話しかけない方がいいと思う」

「だね」

「にしても多いわね兄弟」

 遥香達は邪魔したら悪いと声を掛けないでおこうとして、反転しようとした時、

「あ、皆さーん」

 向こうの方から、眩しい笑顔で声をかけてきた。

「あっちから来たね」

「だね」

「邪魔をするのは悪いが、仕方ない」

 遥香は美桜に手を振り、全員で美桜のもとに駆け寄った。

「奇遇ですねー。もう練習は終わったんですか?」

「そうだよ。美桜が休みだし、せっかくだからって午後から休みになったんだー」

「あ、そうなんですね。なんだか申し訳ないです」

 自分のせいだという罪悪感があったのか、美桜が少し顔を曇らせる。

「い、いや。美桜のせいじゃないよ? 元々どこかで休みを入れる気だったんだって!」

「そうなんですか?」

「ええ。このバカの言い方が悪かったみたいだけど、あなたのせいじゃないわよ。マネージャーが午後から休みにするって言うから」

「またバカって言った!」

「バカはバカでしょうが」

「何を!」

 遥香はぎゃいぎゃい騒いで理子に文句を垂れるが、理子は聞く耳を持たない。

「ふふふ。遥香も先輩もいつも通りですねー」

「どういう意味⁉」

「どういう意味よ!」

 遥香と理子のやり取りを見る美桜の袖を、美桜の弟が引っ張って何か言いたそうに訴える。

「ん? 何ですか? まーくん」

「ねーちゃん。この人たち誰? おともだち?」

「そうですよ。私のおともだちです。ほら、まーくん。皆も、自己紹介できますか?」

「「「出来る!」」」

 三人揃って大声で返事をした後、まーくんと呼ばれていた子が手を挙げて、また声を張る。

「お、おおおれはね! まひろ!」

 まひろに続いて、反対側で手を引いていた、まひろよりおとなしそうな子がモジモジして言う。

「ぼ、僕、よしき」

「よっちゃんもまーくんも偉いですねー。ほら、みくも自己紹介してください?」

 美桜の周りを走り回っていた女の子、みくは百点満点の笑顔を遥香たちに向ける。

「わたし! みくっていいます!」

 みくは、小学校の授業で挙手をするように元気よく右手を上げ、生え変わりで一本無い、綺麗に並んだ歯を見せて言った。

「今日はごめんなさい。今日は両親が遅くまでいないので、私が面倒を見ないといけなかったんです」

 美桜は頭を下げて謝る。だが少し待っても遥香たちは何も言ってくれないので、恐る恐る頭を上げた。

「あ、あのー」

「かわいいー!」

 遥香は何にも言い表せない昂ぶりを何とか抑えようと、腕を何度も振り、音の高くか細い奇声を漏らす。

「あの、遥香?」

「ああ、ごめんね。可愛くてつい。美桜は親の代わりに下の子たちの面倒を見てるなんて偉いね」

「そ、そうですか?」

「そうだよ。ね? 皆」

 遥香が同意を求めると、心愛たち三人は縦に二度頷いた。

「まあそういう理由じゃ来れないのも仕方ないわよね。お姉ちゃんなんだし」

「ボクは一人っ子だから、兄弟がいるというのは少し羨ましく思うよ」

「お兄様はいるけど、美桜のようなお姉様が欲しかった」

「私なんか毎日喧嘩してばっかりだったから、親の手伝いしてるってだけで眩しいよ」

「そんな、私なんて」

 美桜は照れを隠すように顔の前で両手を横に振る。

 こうしてまた五人で盛り上がっている。そんな遥香達を、話題から置いてけぼりを食らった美桜の兄妹達はポカンとした表情で見ていた。これに気づいた遥香は慌てて視線をみく達三人に移した。

「ごめんね、私達で勝手に話しちゃって。私達も自己紹介しなきゃだよね。私は遥香。美桜お姉ちゃんのお友達で、一緒のアイドルグループなんだ。あ、こっちの三人も一緒だよ」

「ボクは心愛。よろしくね」

「私は薫」

「私様は理子よ。理子様と呼んでくれてもいいわ」

「よろしくね皆」

「ちょっと遥香、流さないでよ。この子達には様をつけて呼ばせるの!」

「わけわかんない事言わないでよ理子先輩」

 理子と遥香は、また意味の無い事で揉め始めた。美桜としては下の兄弟たちに友人が喧嘩しているところはあまり見せたくなかったので、パンと手を叩いて会話に割って入った。

「あの! 皆さんはこれからお昼ですか?」

「あ、そうだよ。皆でご飯食べようって話になったんだけど、何食べようかまだ迷ってたんだ」

「そうだったんですね。私もこれからお昼の買い出しで、まだご飯食べてないんです。買い出しついでに何か作ろうかと思って。そうだ! 良ければ皆さんもご一緒にどうですか?」

「あ、いいね!」

「ちょっと待ちなさい」

 遥香が話に乗る前に、理子が強引に止める。遥香はまだ何か文句があるのかと恨めしそうな表情を理子に向けるが、理子の目は真剣そのもので、流石に空気を読んで待った。

「良いのかしら。邪魔にならない?」

「理子先輩めちゃくちゃ我儘なのにそういうとこ気にするの流石だね」

「遥香、あなた後で覚えてなさいよ。で、邪魔したら悪いから遠慮するわね」

「え⁉ みんなでごはんたべるの⁉」

 気を使って断ろうとした理子の声を遮るくらい大きな声で、まひろが叫んだ。

「ねえねえねーちゃん! りこたちとごはん?」

「ん? そうですねー、一緒に食べれたら楽しいですけど、気を使ってくれてるみたいで」

「はいはい! わたし! みんなで食べたい!」

 みくがオーバーアクションで意思表示する。

「ぼくもみんないっしょがいい」

 よしきも懇願するように、美桜に上目遣いした。

「みたいです、先輩」

 ハハハと苦笑いする美桜、そしてその周りでお願いという念を向けてくる子供たち。もう理子に逃げ場は無かった。

「はぁ。まあ美桜が良いなら、良いんじゃない?」

「「「「ぃヤッタぁー!」」」」

 遥香、まひろ、よしき、みくの声が重なった。

「こら遥香。そんな子供と一緒になってはしゃがないで。こっちが恥ずかしい」

「えー、いいじゃん別にぃ。あ、美桜! それで何を作るの?」

「焼きそばを作る予定だったんですけど、この人数ですし、ここは思い切ってホットプレートでドーンと作っちゃいましょう」

「おおー!」

 ホットプレート焼きそばと聞いて、遥香はよだれを抑えきれなかった。

「いいね、焼きそば。味付けはソースかい? それとも塩焼きそば?」

「今日はソースにしましょうか」

「いいじゃないソース。あなた分かってるわね」

「ちょっといいか?」

 遥香達が焼きそばで盛り上がる中、薫だけはピンと来ていない顔をしていた。そして薫は、この雰囲気に水を差すのが忍びないようで、おずおずと手を上げる。

「焼きそばとはなんだ? 美味いのか?」

「えっ、焼きそば知らないの⁉」

 薫のトンデモ発言に一同目を丸くして驚いた。

「いや薫。焼きそばは誰もが知っているB級グルメの代表みたいな料理じゃないか! 流石に冗談だろう?」

「いや、知らない。あ、うちのコックさんなら知ってるかもしれないけど、家で出たことは無いな」

 コックさんというワードを聞いて、今度は一同納得の表情を浮かべる。そういえば薫は超が付くほどのお金持ちだということを思い出したからだ。ロイヤルな家では焼きそばなど出るはずもない。

「なら初焼きそばだね。すっごく美味しいんだよ、焼きそば!」

「それは楽しみだ」

「ふふっ。それでは皆さん、まずはスーパーで買い出しに行きましょうか」

 遥香達は、下の子達の手を引き、買い出しに向かう。中々の大人数だが、子供に合わせてゆっくり歩いて行く姿はとても微笑ましいものだった。


 買い出しも終え、美桜の実家の前にたどり着いた遥香の第一声は、

「でっかー」

 だった。 

 美桜の家は敷地が広く、左側に二階建ての一般的な住居、右側に大きな平屋が建っていた。

「小さい方が私達の住んでるお家で、大きい方が道場なんです。私の父が空手家で、ここで空手教室をやってるんですよ」

 美桜は左側の家の前に行くと、ポケットから鍵を取り出して玄関を開ける。玄関は昔ながらの、ガラスが張ってある引き戸タイプで、インターホンの右上に「八重垣」と書かれた木製の表札がより古さと渋さを醸し出していた。

「さあ、上がってください」

 美桜が入るよう促す。遥香たちはそれに従って、「お邪魔します」と一言添えてから、綺麗に靴を揃えて上がる。

 八重垣家の内装は古き良き昭和な雰囲気で、たまに床がミシミシと鳴くのも風情を感じられた。

 遥香、心愛、薫の三人は玄関入って廊下を進み、角を右に曲がったところにある台所で、スーパーで買ってきた荷物を降ろす。

「では準備しましょうか。お腹も空きましたし。遥香、皆さんも、手伝ってくれませんか?

この量は一人では大変ですので」

「もちろん! 何からやろっか?」

「ではホットプレートの準備をしてくれませんか? 大人数なので、今日は一番広い居間で食べようと思います。ですので、ホットプレートを移動させて、温めておいてください」

「了解!」

 元気よく返事すると、遥香は少し大き目のホットプレートを担いで持って行った。

「では皆さんは、食材の準備を私と一緒にお願いします。まーくんたちは遥香の手伝いに行ってください」

 美桜の指示に従い、それぞれ取り掛かった。

 台所で友人と昼食の準備が着々と進む。居間の方からは遥香と下の兄妹達の笑い声が聞こえる。家族との時とは違う賑やかさがあり、作業する美桜も鼻歌を歌っていた。

 一通り終わって、食材を居間に持っていく。

「お待たせしましたー」

「あ、できた?」

 居間では遥香達が、机の真ん中に置いてあるホットプレートを囲んで踊っていた。

「何してるんですか?」

「あー、これはまあ」

「ファイヤーだよねーちゃん!」

 言い淀む遥香の代わりに、まひろが大きな声量で答える。

「まわりでおどって温めるぎしきだよ!」

「そうだったんですね。みく、ホットプレートはしっかり温められました?」

「うん!」

 嬉しそうに返事をして、尚も踊り続けるみく達を見ながら、遥香は気恥ずかしそうに笑った。

「遥香、弟達と遊んでくれてありがとうございます」

「え? いやまあいいよ別に。遊んだほうが楽しいじゃん」

「ホットプレートの近くで遊ばせるのはどうかと思うわよ」

「そこはしっかり見てるよー、理子先輩」

 材料を机の開いたスペースに置き、全員が座ると、いよいよ調理が始まった。

 焼くのは美桜だ。この人数だから一度に焼く量も多いが、物ともせず器用にこなす。

 ソースを入れると、香ばしく良い匂いが漂ってきて、居間にいる全員の食欲を刺激し、空腹感を加速させた。

 程なくして、プレートの上に結構な量のソース焼きそばが存在感を放って鎮座した。

「さて、取り分けましょう」

 美桜はてきぱきと一人一人に取り分けていく。子供達は沢山食べられないので遥香達が多めだ。だがそう分けると、中々心構えがいる量になってしまった。

「結構な量だね……」

「え? 心愛、これくらい余裕でしょ」

 狼狽える心愛とは対照的に、遥香は少し物足りなさそうだ。

「これが、焼きそば……。うん、美味そうだ」

 薫は初めて食べる焼きそばを目の前にして目を輝かせ、美桜に早く食わせろと言わんばかりの視線を向ける。

「それでは、いただきましょうか」

 美桜はそう言って手を合わせる。周りもそれに合わせてそれぞれ手を合わせた。

「いただきます!」

 

 とても賑やかで楽しい時間は過ぎ、日が落ちかけてきた。

「今日は楽しかった!」 

 八重垣家の玄関前で、遥香は満足そうに言う。

「初めての焼きそば、美味かった……」

「それは良かったね。けどまさか薫が焼きそばを知らないとは、驚いたな」

 初焼きそばを経験して、未だ興奮している薫に、心愛は苦笑いした。

「まさかあそこで遥香に負けるなんて……」

 理子は焼きそばの後のトランプで遥香にタコ負けし、未だに引きずっていた。そんな理子に遥香は大満足な様子でニコニコ顔を理子に向ける。

「何よその顔は!」

「だって理子先輩弱いから」

 煽る遥香に理子の怒りのローキックが跳ぶ。

「痛ったい!」

「あなたが煽るのが悪いのよ!」

「負けたのはそっちじゃん! ねぇ美桜?」

 美桜を味方につけようと泣きつく遥香は、暖かい眼差しで微笑んでいる美桜に気づいた。とても幸せそうだったので、遥香は釣られて笑顔を返す。

「遥香、皆んなも今日はありがとうございました。あの子達も喜んでると思います」

「遊び疲れて寝ちゃってたもんね」

「ボク達も良い休暇になったと思っているよ。だからこちらこそ、ありがとう、美桜」

「焼きそば、また食べたい……」

「あなた食べてからずっとそうじゃない。まあ今日のはいつもより美味しかった気がするけど」

「皆んなと食べたからでしょ。ね? 美桜」

「はいっ!」

 美桜は今日一番の笑顔で言った。

「じゃあ、帰ろっか。またね、美桜」

 遥香は美桜に手を振る。そして美桜に背を向け、遥香達が立ち去ろうとした。その時、

「ねーちゃん達また来る?」

 起きてきたまひろ、よしき、みくの三人が窓から遥香達に叫んだ。

 遥香は迷うことなく、ピースサインを突き出し、

「もちろん‼」

 と白い歯を見せて笑った。

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