言葉を音色でかき消して

そばあきな

言葉を音色でかき消して

 顔を出さずともメディアに出られる時代が来るなんて、あの頃の僕は思いもしなかった。

 子供の頃の僕がテレビの中で見たアーティストたちは、濃いメイクや覆面などをして顔を隠している人もいたが、そういう人は少数派で、顔を出してパフォーマンスをしている人が多数派だった。

 だからアーティストを目指すなら、才能と共に、メディアに出られるくらいの顔の良さが必要になるのだと、僕は思っていたのだ。


「だから、僕のギターは趣味でいいんだ」

 それが、あの頃の僕の持論だった。

 でも、僕の持論はいつも彼女に否定され続けていた。


日暮ひぐれは自分を卑下しすぎだよ」

 カーテンが揺れる部屋の中で、彼女は訪れた僕に対しよく話していた。

「好きな人は好きな顔だよ。塩顔っていうんだっけ? 存在感の薄い顔が好きな人には刺さる顔だと思うよ」

「遠回しにディスってるよね、それ」

 僕が言うと、彼女が両手で僕を制す。

「まあまあ。……でも、日暮のギターと曲は世に出すべきだよ。私が保証するからさ」


 二人しかいない部屋でそう僕に笑いかけた彼女は、もういない。

 そして僕は、彼女の言葉通りに自分のギターと曲を世に出している。


「――今回のゲストは、動画配信サイトで投稿した『Higurasi』がヒットした『ヒグラシ』さんです!」


 その言葉とともに、僕にスポットが当たる。

 ――でも、僕の顔はビデオカメラには映っていない。

 首より下に焦点を当てられたビデオカメラにどこか違和感を持ちつつ、僕はマイクを持ったアナウンサーからの質問に答えていく。


 曲を投稿しようと思ったきっかけは何か。曲を作り始めて何年か。尊敬しているアーティストは誰か。

 いくつか質問に答え、僕は最近ヒットしていると紹介されていた曲を披露した。


 その間、僕の顔は一度だって映ることはなかった。それは僕が「そうして欲しい」と頼んだからで、相手も相手で「そういうタイプの人ね」といった雰囲気で了承してくれたからだった。


 ――顔を出さずともメディアに出られる時代が来るなんて、あの頃の僕は思いもしなかった。

 子供の頃に夢見た景色とは随分変わっていたけれど、それでも彼女は許してくれるだろうか。


「ほらね。私が保証していた通り、日暮のギターは世に出すべきだったんだよ」

 後ろでそう笑う彼女の声が聞こえた気がして、僕はいっそうギターをかき鳴らす。


 ――ひとつだけ、僕はアナウンサーからの質問に嘘をついた。


「『ヒグラシ』さんにとって、ギターを弾く理由は何ですか?」

 その問いに、正しく答えてはいけないからだ。


 ――死んだ彼女の声をかき消すためです。


 そうインタビューに答えた僕の背後で、確かに彼女が笑う声が聞こえた気がした。



 生前の彼女は、僕が曲を世に出すことを心から望んでいたように見えた。

 だからこれは、彼女なりの叱咤なのだろう。

 彼女は死後、友人であった僕に取り憑き、うるさく語り掛けることで、僕にギターの道を選ばせようとした。

 実際、そうなった。

 趣味で終わらせるはずだった僕のギターは、彼女の思惑通り、今日も世に発信され続けている。



 ギターを弾いている時だけ、彼女の声から遠ざかれた気がした。

 それと同時に、今でも僕は彼女から応援されているのだと感じた。

 だから、彼女の声が鳴り止むまでは僕もギターを弾くのを止めたくないと思えるのだ。


 曲が終わり、僕は聞いてくれたアナウンサーやカメラを持ったスタッフに一礼をする。


 拍手をしてくれる人たちの中に、一瞬彼女の姿を見た気がしたけれど、すぐに姿を見失ってしまい、それが本当に彼女だったかすら分からなくなってしまっていた。

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