第29話 歓迎パーティー

 事務所の屋上、マンションの六階あたりの高さのところで、星空を見ながらみんなでわいわいがやがやする。


「わああ……! 綺麗です!」

「うん! すっげえ綺麗!」

「あははー!」


 ユヅネのような、子どもっぽい発言がいつもより多く聞こえてくるのは、夜香の兄妹たちも連れてきたからである。


 気が付けば六月もあと数日。

 季節は夏に入った頃。


 そして、夏といえば花火。

 そう、ユヅネたちが喜んでいるのは手持ち花火だ。


 少々早い気もするが、細かい事は知らん!


「……あなたも参加してくれば?」


 バーベキューセットで肉を焼く俺の隣で、夜香が言ってくる。


「な、なにを言ってるんだよ夜香~。俺が花火に混じりたいだなんてそんな」


「顔に出てるわよ。目線にも」


「……」


 くっ、バレていたか!


「では肉を頼むっ!」


「……もう」


 肉焼きという役を放免された俺は、急いでユヅネの元へ寄る。


「俺にも一本くれ!」


「えー、ダメです」


「……三十本もそんなに使わないだろ」


「一本だけですよ?」


「ケチいな、おい」


 夜香にはバレバレだったようだが、実は俺も花火をしたかった。

 なにせ俺は生まれてこの方、花火をしたことがなかったからな。


「綺麗ですね」


「ああ」


 手に持つ細い棒からは、熱を持ったなんともきらびやかな光が飛び出している。


 色は派手なのに、心は安らぎ、なんだか落ち着くようだ。

 不思議なもんだな、花火って。


「……」


 ダンジョンで大きく変わった現代でも、こうした昔ながらの花火は存在する。


 夏なら花火、花火なら手持ち花火。

 変革された現代社会にどっぷり浸かった俺の中にも、まだそんな“昔ながらの感覚”は残っている。


「優希様ー! 線香花火で勝負しましょう!」


「おう、いいぞ」


「ずるい、優希様の方が少し遅かったですー」


「完全に同時だっただろ」


 この線香花火にしたってそう。


 ダンジョン産の素材で作れば、半永久的に落ちることなく火を灯し続ける線香花火も難なく作れる。


 実際にそんな商品もあるのだが、この古き良き線香花火がちゃんと売れ続けるのも、俺と同じような感覚を残す人々がいるからではないか、と思う。


「あ」


「わたしの勝ちですね!」


「ははっ、負けたよ」


 変わるものもあれば、変わらないものもある。

 得るものもあれば、失うものもある。


 ダンジョンは、良い意味でも悪い意味でも変革をもたらした。

 三ヶ月前までの俺には、悪い意味でしかなかったけど、今はとても良い意味に捉えられている。


 こんな日常を送れているのも、その変革のおかげだしな。


「肉、焼けたわよー」


 そんな事を考えていると、向こうから夜香の声がする。

 一番に反応したのは彼女の兄妹たちだ。


「姉貴、くれ!」

「お姉ちゃん! 私が一番先!」

「僕もほしいよー!」


「ははは。大丈夫よ、いっぱいあるから」


「「「わあい!」」」


 みんな、可愛いもんだな。

 三日月兄妹は、夜香を長女として、それから年齢順に長男、次女、次男。

 名前は順に、一晴いっせい二奈にな三来みくるだ。


 そして夜香。

 孤児院出身の彼女は、高校生になるタイミングで三日月家に迎え入れられたという。


 だが迎え入れてくれた母親は、夜香を養子として引き取ってすぐに病気で他界してしまったらしい。


 母親のことは夜香に責任はないだろう。

 けど、夜香が兄妹たちを守ろうと必死なのは、そんな母親の代わりをしなければと思っているから、なのかもしれない。


 もっとも、そんな夜香の気持ちは、浩さんが俺にこっそり言っていた事なので、直接本人には言わないでおくけどね。


 この子たちも、この広々とした五階建ての事務所で育てることになる。

 学校うんぬんは……また考える事にしよう。


「むうう」


「なんだよ?」


 そんな三日月家の様子を微笑ほほえましく見ていると、視線が気に入らなかったのか、隣のユヅネが頬を膨らましている。


「優希様は、ユヅネとあの女、どっちが好きなんですか」


「!?」


 急に爆弾級の質問が飛んできた。

 “あの女”は確実に夜香のことだろう。


「答えてください!」


「どっちって、そりゃあ……」


 “好き”って言われてもなあ。


 恋愛感情については、正直分からない。

 ましてや「どちらも好き」なんて、地球の裏側まで吹っ飛ばされそうな回答は出来ないし。


「うーん……」


「バカッ!」


「ぐはっ!」


 下からあごに一発。

 くうう、俺の防御力が上がってなかったら、今頃パッカーンだぞ。


「ユヅネちゃーん、お肉よー」


「食べます!」


「まったく」


 あんなことを言いながらも、ユヅネも意外と夜香に懐いてんだよな。

 姉的存在……とか思っているのかな?


「僕も僕もー」


 子供たちみんなの真似事をして俺もねだってみる。


「あんたの分はないから」


「買ってきたの俺だよね!?」


「……“どっち”かすら決められないような男に、あげる肉はないから」


「聞いてたの!?」


 夜香にぷいっと顔を逸らされてしまう。

 夜の暗さでよく見えなかったが、若干頬が赤みがかっていたのは……気のせい?


「だっせー! 姉貴に嫌われてやんの!」

「“ぎるどりーだー”ってきらわれもの?」


 夜香の兄妹たちが、俺の事を煽る煽る。


「お前らなあ。そんな悪い事を言う奴はお仕置きだぞー!」


「わあ逃げろ!」

「怪獣きらわれものだ!」

「助けてお姉ちゃーん!」 


 “怪獣きらわれもの”はそれなりに心にくるが、生意気なぐらいが可愛いってもんだ。


 こいつらも、俺がしっかりと守っていかなければな。





 そうして存分に楽しんだ歓迎パーティーも終わり、夜香とベンチに座って綺麗な星空を見上げる。


「ありがとうね」


「ん?」


 後片付けも終え、ガキ達(ユヅネ含む)四人は浩さんが寝かしつけてくれた。


「私と……私の家族を守ってくれたこと」


「なんだか照れますなあ」


「本当よ」


「!」


 夜香が、ほんの少し口角を上げて微笑んだ。


 前屈みで肘を左ももに当て、頬杖をついてこちらを覗く夜香。

 その仕草に、思わずドキっとしてしまう。


 夜空の星々や街の明るさに照らされ、彼女はとても綺麗だ。


 このドキドキ。

 ユヅネがいたら、確実に命はなかったな。


「じゃあこれからの働きで返してもらおうかな」


 胸の鼓動を隠すように、軽い冗談を口走らせる。


「ええ、もちろん」


「……」


「……? なによ、人の顔をじろじろと」


「いや、別に」


 改めて見ると可愛いな、なんて本人を目の前にして言えるはずもない。

 仲間になったら仲間になったで大変、とは思いたくないかな。


「これから……いや、これからよろしく」


「ええ、こちらこそ」


 こうして、夜香をギルドの正式メンバーとして迎え入れた。


 重要な事を忘れているような気がするが……ま、いっか。

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