第40話 前途多難

 巨大化したキョウガは偉そうに高笑いをし、俺たちを見ろす……否、見くだす。


「まずはぁ……」


 すっと右腕を振り上げたキョウガ。


「お前からだぁぁぁ!」


「まずい!」


 キョウガが迷わず狙ったのは夜香。


 まったく。

 頭に血が昇った者というのは、大変分かりやすくて助かる。


「よっ!」


「きゃっ!」


 ユヅネと手を握っていない右側の腕で夜香を抱え込み、その場を退避する。

 

 どがああああ! と轟音ごうおんを立てて部屋が壊れる。

 威力は留まる事を知らず、先ほどの十倍はあるだろう。


「助かったわ」

「ああ」


 図体の割に早いが、今の俺とユヅネ俺たちのスピードに当てられるはずもない。


「なあああ!? 我の書斎しょさいがああ!!」


「……」


 こいつ、バカか? 完全に自業自得だろ。

 それに屋敷もすでにボロボロだし、今更だと思うけど……。


「許さん! 許さんぞおお!!」


「八つ当たりですやん……」


 怒り狂ったキョウガは右足を高く上げた。

 相撲の四股踏みか?


「優希様!」

「おう!」


 ユヅネの視線で意図を汲み取り、キョウガのに向かう。

 

 こちらを崩せば横転するだろう!


「うおおっ!」

「たあっ!」


「――っぐう!?」


 キョウガの“弁慶の泣き所”に、俺とユヅネの渾身の拳が炸裂する。


「いたあああ!」


 キョウガは右足を高く上げたまま、予想通りにグラついて後方に倒れた。


「ぐ、うぅ……」


 痛みから巨大化を維持する力を失ったのっか、しゅうぅぅとみるみる内に元のサイズに戻っていくキョウガ。


 どうやら破壊力は抜群だが、ずっとこの巨体を保つことも出来なかった様。

 巨大化に自分のほとんどの力を使ってしまっていたか。


 あっけなかったが、これで終わりだな。


「はっ……はっ……くそぅ」


 大の字に寝っ転がったまま、俺たちをにらみつけるキョウガ。

 疲労とダメージで、起き上がることが出来ないみたいだ。


「優希様、ここは私に」


「お、おう……」


 俺の手を離し、寝っ転がるキョウガの方に向かって歩いて行くユヅネ。

 

 そして、げしっ!


「ぐえっ」


「……ユヅネ、さん?」


 キョウガの横腹の方を蹴ったユヅネ。

 文字通りの死体蹴りだ。


「わたしにしつこく構うのは百歩譲って許しましょう。ですが、今後また優希様を巻き込むようなことがあれば、空の彼方まで吹っ飛ばします。良いですね?」


「は……ひゃい……」


 空の彼方って……異世界こちらのユヅネが言うと冗談ではなくなるんだよなあ。


「それと聞きたいことがあります」


「な、なんでしょう……」


「あなたはどうやって現実あちらに足を運んだのでしょうか。現実あちらと行き来するには、わたしのような王家の“想いの力”によるものが必要なはず」


 そうか、異世界への扉は王家の力でしか開けられないのか。


「そ、それは……」


 目を逸らしたキョウガに、ユヅネは「ん゙」と蹴りをもう一発。


「ぐっ!? う、ぅぅ……。わ、わかりました、お話しします。誰かは存じませんが、ある日我の家に“これ”と、ある手紙が置かれていたのです」


 そうして悶絶もんぜつしたキョウガが取り出したのは、すでに空となったケース。


「こちらに、“虹色をしたあめ”が二つ入っておりました。それを舐めると現実あちらへと飛び、ユヅネ……様を挑発した上で、残りの一つを舐めて異世界こちらに帰還しました」


「……手紙にはなんと書いてあったのですか?」


「はい。飴についての説明と、『あとは好きにしろ』とのみ……」


「そうですか」


 ユヅネは聞きたいことは終えたのか、その言葉を最後にキョウガから目を背けた。


 話の筋は見えにくいが、誰かがキョウガこいつにユヅネを挑発するように仕向けた、ということか?


 それなら自ら行けばいいのでは、と思ってしまうが、異世界の事情に詳しくない俺にはなんとも言えない。


「もう、いいのか?」


「はい。聞きたいことは終えました」


 にっこりと笑顔を見せるが、どこか無理をしている気がしなくもない。

 また色々とフォローをしてあげないとな。


 少しずつでいいから、俺も異世界こちらの事を学んでおかないと……って、あれ、なんで今そんなことを思ったんだ?


「優希様?」


「! い、いや! なんでも、ないから!」


「?」

「優希?」


 深くは考えないようにしておこう。

 

 とにかく今は一件落着ということで、


「帰るか!」


「はい!」


 今度は混じり気のない、元気いっぱいなユヅネの笑顔が見られた。


「ユヅネちゃん、もう勝手にどっかいっちゃダメよ?」


「はい、すみません。夜香も巻き込んでしまって……」


「良いの良いの! ほら、こうして戻って来たんだからね」


「はい……」


 夜香もユヅネを迎えて抱きかかえる。

 取り戻したんだな、本当に。


 そういえば、エーレさんの姿が見えないけど、どこに行ったんだろう……。

 まあ、あの人なら大丈夫だろうけど。







 キョウガとの一件を無事解決し、優希たちがユヅネの力で再び現実あちらへ帰還した後。


 全壊した屋敷の上。

 瓦礫がれきの山の上に座り込み、憎悪の顔を覗かせるキョウガ。

 バキン! とその足場を殴りつける。


「はぁ……はぁ。くそが、ふざけやがって」


 優希たちは、屋敷を見事に全壊させてしまった申し訳なさもあり、キョウガに対しては何の罰も求めなかった。


 これ以上追及すれば、この世界の王であるユヅネの父にも何か面倒事が起きそうであるため、今後ユヅネには手出しをしないという約束で双方の矛を収めたのだ。


 しかし冷静さを取り戻したキョウガは、その欲望の大きさから再び腹を立てる。


「ユヅネ……許さんぞ」


 そして不幸にも、その言葉は聞こえてしまっていたのだ。


「誰を、許さないと?」


「――!?」


 後方から声が聞こえるも、体が凍り付いて動くことができないキョウガ。


 それも当然。

 声の主が、この世界なら知らぬ者はいない、“絶対的存在”だと気づいたからだ。


「……ビルガルド家のキョウガ、といったか? 私にいつまでも背を向けているのは失礼ではないか?」


「は! ははは、はいぃ!」


 キョウガは動かぬ体を必死に少しづつ傾け、やっと声の主に開き直る。


 そこにおわすのは、ユヅネの父でありこの世界の魔王。


「こ、これは……魔王よ。ほ、本日はどのようなご用件で、ご、ございましょうか」


「うん。誰かは知らないけど、私の娘に随分とやんちゃしてくれたみたいなんだよね」


「さ、左様で、ございますか……」


 キョウガは全く生きている心地がせず、地面がすり減るほどにこすりつけた頭を上げることが出来ない。


「だからね」


「は、はい……」


 キョウガは、死を悟った。


「ぶっとばすことにしたんだよね!」


「――ッ!」


 顔面を蹴り上げられたキョウガは、声を出す間もなく一瞬で気絶。

 そのまま遥か彼方へと飛んでいく。


 それを眺める魔王は一言。


「んー! スッキリ!」


「魔王よ。キョウガあれを回収するのは私達なのですが」


 魔王の表情とは真逆。

 王の両隣にひざまずく付き人の一人が、ため息交じりに苦言をこぼす。


「え、怒った? ごめんって。なんかむしゃくしゃしちゃってさ」


「私達の仕事を増やさないで欲しいです……」


「ごめんよ~。お小遣い増やすからさ」


 いつも通りの魔王の気まぐれな態度に、二人の付き人の苦労は絶えない。


「それほど心配なのであれば、ユヅネ様と仲直りされては?」


「うーん。それは……ちょっと」


「なぜです?」


「だってー、こっちから持ちかけるとなんか負けた気がしない?」


「「……」」


 二人の付き人は、もはやあきれて何も言えない。 


「じゃあ私は帰ってゲームをしなければならないからな。後は頼んだ、とうっ!」


「「はあ……」」


 魔王が、魔王城方向へと飛び立ったのをため息で見送った二人の付き人。

 次の瞬間には、キョウガが落下するであろう地点を正確に見据みすえ、その場を蹴り出した。


「明星優希くんねえ。思ったより面白そうじゃない」


 ぎゅーん! とジェットのような音をたてて城へと帰っていく魔王であった。


 そしてもう一人、


「はあ……」


 このやり取りを陰から見守っていたエーレもまた、孤独にため息をついていた。


(魔王とお嬢様の和解の道は前途多難……だな)

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