第39話 ユヅネの潜在能力は魔王をも凌ぐ

 「……ここはどこ? 私は誰?」


「しっかりしてください!」


「――いてっ!」


 ユヅネのビンタをくらい、ハッと目を開けると、


「ん? ……んんんん!?」


 俺は上空にいた。


 は? はい?

 どういうこと?


「下を見てください!」


「下って、えええ!?」


 下には、すっかり小さくなったキョウガの屋敷。

 

「どうやら私の気分が高揚し過ぎてしまったみたいでして……」


「跳び過ぎた……ってか?」


 どうやら俺の意識が朦朧もうろうとさせたのは一瞬で、あのまま天井を突き抜けて上に飛び出たらしい。


「ここが異世界であり、私の能力自体が上がっているのもあるかと」


「おー、なるほど」


 妙に納得してしまった。

 でも一つ気になる事がある。


「これって、浮いているわけじゃないよね?」


「はい」


「ってことは……」


「はいっ、落ちます」


 ユヅネが可愛い顔で頷いたと思った直後、俺たちは落下し始める。


「ですよねえええ!!」


「きゃーこわーい」


「きゃー、じゃねえ! 無理無理! 絶対死ぬって!」


 とんでもないスピードで落ち始め、小さかった屋敷が視界の中でどんどんと大きくなっていく。


「ちょ、まじ無理まじ無理! 誰か助けてえええ!!」


 人生史上一番情けない声を出しているだろうが、そんなの知ったこっちゃない。

 声を出していないと今にも気絶しそうなんだ!


「……え?」


 と思ったら、屋敷を目前にしてきゅうにふわりと落下速度が落ちる。


 そして、


「っと」

「ほっ」


 危なげなく屋敷に着地。


「……いや、どういうこと!?」


 助かったはいいが、まるで理解が追いつかない。


「優希様が“助けて”って言ったので、助かったのではないでしょうか?」


「??」


 俺が困惑していると、しゅたっと屋敷の天井に登ってくるのはエーレさんだ。


「お嬢様の言うことも、あながち間違いではありませんよ」


「エーレさん……?」


 ここで解説? 


 とてもありがたいが、聞こえていたのか。

 すごい地獄耳だな。


 エーレさんの説明を簡単に聞いた。


 俺は、ユヅネと想いを重ねることで現世でもユヅネの力を引き出せる。


 それが仮に、引き出している力はユヅネの20%だとする。

 それでもすごい力なのだが、それはあくまで現世での話。


 では、それが異世界だとどうなるか。


 ユヅネは、異世界では自由に力を使えるとは言え、潜在能力が高すぎるあまり、自分でもその50%程しか出せていないよう。


 それが、ユヅネの力を20%引き出せる俺によって、引き出せる潜在能力が上乗せされ、ユヅネの70%の力を使えることになる。


 つまり今、俺がユヅネと心を通わせている状態は、ユヅネの潜在能力を70%ほど出せる状態なのだ。


 これは、互いの想いが高まるほど、引き出せる%は上がっていく。


「お嬢様は、歴代の王家の中でも飛び抜けた潜在能力をお持ちと言われております。もし、100%お嬢様の力を引き出せるならば……」


 ごくり、と俺は唾を飲んだ。


「その力はお嬢様の御父上、魔王の力をもしのぎます」


「まじで!?」


 ユヅネの潜在能力、半端ねえ……。


 正直、ここまでとは思っていなかった。

 たまに見せるとんでもない力は、本当にほんの力の一端でしかなかったんだな。


「そして先程の現象。跳びたいと思えば遥か上空まで跳べる、助かりたいと願えば助かる、それが異世界におけるユヅネお嬢様の力なのです」


「助かりたいと願えば助かるって、もはやなんでもありじゃん……」


「もっと褒めても良いのですよ!」


 ユヅネは誇らしげな顔をした。


 さすが異世界王の一人娘だ。

 これにはさすがに恐れ入った。


 しかしそんな時、


 ――ドゴオオォ!


「なんだ!?」

「下の方からです!」


 俺が開けた天井から中を覗く。


「ちょっとおお!? ヘルプ! ヘールプ!!」


「まだ逃げ惑うかこの小娘ぇ!」


 夜香は、腕を肥大化(?)させたキョウガに襲われて逃げ惑っている。


「ふふふっ」


「ユヅネ?」


「夜香はこんな時でも元気ですね」


 急に少し笑ったような顔でユヅネが呟く。

 今の彼女は、完全にギルド『マイペース・ライフ』の一員、ユヅネだ。


「やるか!」

「はい!」


 俺とユヅネはぎゅっと強く手を握る。


「はやくうぅぅぅ!」


「ガキが!」


 キョウガが太くなった腕を伸ばす。

 その手は一秒後には夜香を捕らえたことだろう。


 だが、その合間に俺たちは入った。


「らあっ!」

「はあっ!」


「――ぐうぅおっ!」


 肥大化しきった腕をダブルライダーキック。


 腕がもげそうな勢いのまま、キョウガは俺たちは蹴った方向へと、壁を破壊しながら吹っ飛んでいく。


「お見事です、お嬢様、優希様」


 穴が開いた屋敷の天井からは、エーレさんがニコニコと見守る。

 エーレさんもキョウガに腹を立てていたのかもしれない。


「悪い夜香、遅くなった」


「本当よ!」


 俺が先に謝る。

 そして、


「夜香……。私は……」


 ユヅネが気まずそうに下を向いた。


「いいのよ! おかえり、ユヅネちゃん!」


「……夜香。はいっ!」


 撫でられたユヅネは、夜香にも笑顔を見せた。


「おのれえええ!」


「「「!」」」


 吹っ飛んでいった方向から、キョウガの怒り狂った声が聞こえる。


 まじかよ。

 結構強力な蹴りだったと思うが、立ち上がるか。


「ユヅネぇ! くそが、もうどうでもいいわ! あの執事もろとも、全員ぶっ殺してくれるわああ!」


「!?」


 なんだ?


「うあああぁっ!」


 右腕に続き、キョウガの左腕も同じように肥大化したかと思えば、胸筋、太もも、足までもが肥大化していく。


「うおおおああああ!」


 さらに肥大化は収まらず、すでに肥大化していたはずの部位がさらに膨れ上がり、全体的にしていく。 


「まずいかもしれませんね……」


「どういうことだ、ユヅネ!」


 巨大化していくキョウガを見上げながら、ユヅネが答える。


異世界この世界の貴族、王族にはそれぞれ与えられし“特別な力”があります。わたしや父のような王族が持つ『想いの力』のように」


 想いの力って王族固有の力だったのか。

 俺たちで例えると、“スキル”みたいなものなのか。


「それは分かった。ならあいつの“特別な力”は……なんだって言うんだ?」


キョウガあの者の家系は、自分を大きく見せたいがため、『大きくなる力』です」


「物理的にってこと!?」


 工芸品や芸術品が多く置いてあるから、よほど自分を大きく見せたいのだろうとは思っていたが、まさかそうくるか。


 うまいのやら、そうでもないのやら。


「厄介なことになりそうだな」


「はい。ですが……」


 ユヅネは、手を握っている俺の方を見つめてにっこりと笑った。


「負ける気はしません」


「ああ! そうだな!」


 巨大化しきったキョウガは、魔物のような声を上げる。


「ウオオオォォォ!」

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