第38話 突然過ぎる出来事

 「優希様、こちらです!」


「はい!」


 エーレさんが指した床を破壊し、最短距離で地下へと進んでいく。

 どうやら、ユヅネは地下にかくまわれているとのこと。


「エーレさんはどうしてユヅネの居場所を?」


 床下から通り道、隠し通路へと、全速で駆けていく中でエーレさんに尋ねる。


「あの方、キョウガ様は、幼少から幾度もお嬢様に結婚をお申し込みなさっていたので、前々から気にかけておりました。この屋敷の全体図も頭に入っております」


「へ、へえー……」


 エーレさん、本当に出来ないことがないんじゃないか、ってぐらいに優秀だよなあ。


わたくしも、屋敷にお邪魔させていただくのは初めてですが、下層に不自然な空間が存在するのを感じ取れます。お嬢様はそこにいらっしゃるのではないかと」


 その優秀さには、もはや驚きを通り越して呆れを感じてしまう。 

 ていうか、


「その気になれば、キョウガあいつくらい軽くいなせたんじゃ?」


「……貴族に平民が手出しをすることは出来ないのです」


「あ、そういう……」


 まずいこと聞いちゃったかな。

 若干顔が引きずっていたように見えたけど、何か過去にあったのだろうか。


 でもそうなると、


「俺を案内しているのは反逆にならないのですかね?」


「……わたくしは、お嬢様の元へ向かっているだけですよ? 指を差しているだけで壊しているのはわたくしではありません」


「悪い人ですねえ」


「お嬢様をお守りするためならば、何者にでもなりますよ」


 俺たちはニヤニヤとしながら奥へと進んでいく。







「よくも我を侮辱ぶじょくしたな! 許さんぞおおお!」


「ちょ、まじ! こっちくんなあー!」


 異世界人とはいえ、キョウガの見た目はほとんど人である(太ってはいるが)。

 そんな男が、腕だけを肥大化させて殴りかかってきたのだ。


 夜香は悪寒おかんで戦闘どころではない。


「待たんか、この小娘があぁ!」


「そっちが一旦立ち止まれってのー!」


 夜香が逃げ惑い、キョウガは屋敷内を破壊しながら彼女を追いかけ回す。

 貴族がゆえに許されているが、現世ならば完全なストーカー案件だ。


「こんのっ! はッ!」


 たんっ、たんっ、と見事な身のこなしでキョウガの上を取り、夜香は毒ナイフを複数本放った。

 それらは外すことなく、肥大化したキョウガの腕に全て命中。


(溶けろ!)


 しかし、


「効かぬわ!」


「まじ!?」


 キョウガはさらに腕を肥大化させ、毒ナイフを内側から弾いた。


「見た目だけじゃないみたいね……」


「怖気づいたかぁ? ガキが」


 冷や汗をたらす夜香と、キョウガの対決は続く。

 






「優希様、ここを」


「はい!」


 俺たちも、かなり降りて来た。

 雰囲気からして、これがおそらく最後の場所。


「──っせい!」


 かかと落としで思いっきり床を砕く。


「!」


「!?」


 床を壊した瞬間、驚いた表情の少女と目が合う。


 そこに、たしかにいたのは……


「ユヅネ!」


「優希様!?」


 ようやく見つけた!

 このっ、心配させやがって!


 そんな思いのまま、地下最下層であろう床にすたっと着地。


 すぐに、目の前のユヅネが閉じ込められている牢を、剣で……


「むっ!?」


 剣で……、剣で!


「なんだこれ!」


 壊せない!


 くそっ、何度やっても弾かれる。

 斬れないというか、攻撃そのものが通っていないみたいだ。


「優希様、これは特殊な力が備わっていて、物理や魔法では破れないみたいです!」


 なるほど、どおりでユヅネが出てこれないわけだ。

 ならどうする……。


僭越せんえつながら、ここはわたくしめが」


「エーレさん……?」


 俺と入れ替わるようにしてエーレさんが牢の前に立ち、棒の一本に触れた。


邪魔ジャミング


「え……えぇ?」


 エーレさんが触れた場所から、すーっと何かが広がっていくように、牢の柱がバラバラになっていく。


「本当に……何者なんですか?」


「ただの、しがないユヅネお嬢様の執事です」


 エーレさんはそれだけ言って微笑を浮かべた。

 

 まあ、今はそれよりも、


「ユヅネ」


「優希様……優秀様ぁ!」


 がばっと俺の首元に抱きついてくるユヅネ。 


「どうして、どうして来てしまったのですか!」


 抱きついてきたくせに、言葉は反抗しているな。

 ユヅネの声は泣きながらも震えているようだが、同時にどこか怒っている様子。


「ダメか?」


「ダメ……ダメです! 私は優秀様の元を離れたのに! どうして来てしまうんですかぁ!」


 そうか、ユヅネからだったのか。

 けど、そんなのは関係ないな。


「寂しかったからだよ」


「……えっ?」 


 俺の肩にあったユヅネの顔が、ちょうど真正面にくる。

 

「それだけ来ちゃダメだったか?」


「~~~! もう、優秀様はずるいです!」


 ユヅネが再び俺の首元でわめき始めた。


「やっぱり、一人で抱え込んでた」


「そんなことは……」


 頭をポンポンと抑える。

 ユヅネの顔にある側の肩が、濡れていくのが分かった。


 しかしそうこうしている内に、


「ぐっ――!?」


 床が大きな揺れを起こし始める。


「お嬢様、優希様! 地上の戦闘が激しくなっているようです! このままでは、いつ崩れてもおかしくありません!」


「それはまずいな! いくぞユヅネ!」


「はい!」


 そうして俺たちも、


「……」


「……優希様? 行きましょう?」


 エーレさんに続こうとするも、ユヅネが首元から離れない。

 これじゃ動けない!


「行きましょう……じゃねえ! 離れんかっ!」


「嫌です! 離れませんー!」


 ユヅネの奴、こんな時にまで~!

 咄嗟とっさに、初めてユヅネに会った時の事をを思い出した。

 

「お嬢様、優希様、どうか早く!」


 エーレさんは、すでに上に向かって移動を開始している。

 俺たちも、もたもたしている場合じゃない!


「ほら、ユヅネ。早く――うわっ!」

「きゃっ!」


 一瞬大きな揺れが起き、ずだーん! と俺が下側で倒れるような体制になる。


「ん」

 

 なんだ?

 口元に何か感触が……って、これは!?


「……」


 ハッと目を開けた先には、口元を両そでで抑え、今までで一番真っ赤な顔で俺のくちびるを見つめるユヅネ。


 今の、まさか……


「ユヅネ……」


「――!」


 俺が声を掛けると、ふいっと目を逸らして、幸か不幸か俺からぴょんっと離れる。


「わ、わざとではありませんから……」


「なんだって?」


 微妙に聞こえなかった。


「お嬢様! 優希様! 早くなさってください! そこは危険です!」


「は、はい!」


 エーレさんは、俺が壊してきた穴づたいに地上へと進んでいる。

 見られてはいないようだ。


「ユヅネ、行くぞっ」


「……」


 言いたいことは分かるが、事態は一刻を争う。

 上で戦ってもらっている夜香の援護にも行かなくてはならない。


「ユヅネ!」


 俺は少し強く言い放った。

 すると、やっと放心状態から帰ってきたのか、すっと俺の方へ右手が伸びてくる。


「とりあえずここを乗り切ろう!」


「はい!」


「よし、その意気だ!」

 

 まだ顔は真っ赤だが、多分切り替えてくれたことだろう!


「じゃあ、あれいくぞ!」


「はい!」


 そうして、ユヅネの手を恋人繋ぎに握る。

 思えば、ユヅネと力を借りるのは久しぶりか?


 そうしてユヅネを手をぎゅっと握り、ダン! と足を踏み込んだ瞬間、


「――え? えええええ!!」


「あわわわ、優希様ー!」


 思ったよりどころか、思った十倍は跳んでしまった!

 となれば当然……


「――ごはっ!」


 高く跳び過ぎた俺は、地下十階から一気に屋敷の天井にまで到達し、天井に勢いよく頭突きした。

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