第37話 お嬢様の味方

 エーレとキョウガが話を続けている応接間。


 エーレの表情とは裏腹に、キョウガの表情は実に愉快ゆかいそうである。

 なぜなら、


「ふふ……ふはは! バカめ、【ブルーメルオオカミ】なんて、目が見えないという弱点を突けば良いものを。こんなに苦戦しおって」


「キョ、キョウガ様、少々……ぶふっ、笑いすぎ……かと。ぶはっ!」


 キョウガにつられ、彼の付き人である二人も笑っている。


「お主も笑っておるではないか! ブルーメルオオカミを倒しても次はジャイアントカゥ、ホワイトクラブもおる。ここに辿り着くのは無理であろう!」


 彼らの議題が、今まさに水晶玉で戦況を眺めている優希たちについてだからだ。

 

 水晶に写るのは、優希たちが『青黒オオカミ』と呼んでいた『ブルーメルオオカミ』と戦う二人。


 どうやら苦戦しており、致命傷を負っているようだ。


「お、どうした? エーレ殿。お主も顔がニヤけておるではないか」


「そうでございますね。如何せん、状況がとてもおかしかったものですから」


 その言葉に、キョウガはふっくらとした頬を一層ニチャアとさせた。


「はっはっは! そうかそうか。お主も明星優希が痛めつけられて嬉しいか。これはすまぬ、我はてっきりお主が明星優希こやつ側だと思っておったぞ」


「……わたくしは、いつでもお嬢様の味方であり付き従う者です。お嬢様が好まれる道を、好きに生きてほしいと願っております」


「では、我が結婚するのに賛成であると?」


 その問いにエーレは、一息ついて言い放った。


「それが、お嬢様の望まれる道なら、ですが」


「エーレ殿。それはどういう意味であるかな?」


わたくしはお嬢様の味方。つまり……おや、思ったより早かったですね」


「はぁ? お主は一体何を――」


 どがあああああ!


「ユヅネー!」

「ユヅネちゃーん!」


「……はぇ?」


 エーレが何かを確信して目を閉じた次の瞬間、壁をぶっ壊して二人の人間が姿を現した。


 ユヅネを取り戻しにきた、優希と夜香だ。


「おっとと! 着地成功!」


「……?」


 あまりに急すぎる出来事に、キョウガは口をあんぐり開けて固まっている。

 それは、


「「……?」」


 キョウガの後ろの部下二人も同じだ。


「ちょっと、なにが「着地成功!」よ。足元見てみなさいよ」


「ん?」


 優希の元に転がっているのは、明らかに高いと思われる壺の数々。

 見せたがりのキョウガが集めた、お高~い壺だ。


「いやいや、夜香。お前も自分の足元も見てみろって」


「え?」


 夜香の足元には高級な小物が何とも無残な姿で転がっている。


「何これ、危ないわね」


 夜香が足を上げて、後ろに一歩踏み出すも、


「あ」


 パリン。


「「……あ」」


 即座にもう一つ高級品を踏んずけてしまった。


「何を……」


「「ん?」」


「何をしてんだお前らああああああ!」


 ようやく頭が目の前の光景に追いついたのか、キョウガは発狂した。


 彼は工芸や芸術の趣味はないが、「自分を大きく見せること」に命を懸けている。

 その目的のために大事な、数々の高級品を一瞬で粉々にされてしまったのだ。

 

 当然キレる。


「さすがでございます、優希様」


「エーレさん! ご無事だったんですね!」


「ええ。わたくしは、ここでただ待つばかりでしたが」


 しかし、そう口にするエーレの口角は少し上がっている。

 キョウガは、ようやく気づいたのだ。


「エーレ……貴様! 水晶玉に細工をしたのだな!?」


「さて、何のことでございましょうか」


 キョウガは、ようやくエーレの笑みの理由を理解した。


 エーレと共に様子を見ていた水晶玉に細工をし、あたかも優希たちが魔物たちに苦戦しているかのように見せたのだ。


 その証拠に、水晶玉には先ほどと全く同じ、ブルーメルタイガーと戦っている優希たちの映像が、流れている。


「今一度申し上げますが、わたくしはあくまでの味方。お嬢様が愛して止まない“主人”を、どうしてお粗末に扱えましょう」


「エーレさん……」


 そうしてエーレは、両の手をそっと優希に乗せる。


「許さん、許さんぞおおお!」


 そんな光景を前に、キョウガは激怒を抑えきれない。


「何が許さないだよ」


「あぁぁ!?」


「返してもらうぞ、ユヅネを」


 優希は堂々と宣戦布告をした。

 ここに、夫候補の対決が勃発である。


「優希様。対決もよろしいかと思いますが、今一度ユヅネお嬢様を救出してもらえませんか?」


 優希の耳元で、エーレこそっとが話した。


「もちろん第一にそのつもりです。それと……ははっ」


「どうされましたか?」


 少し笑みをこぼした優希に、エーレは不思議そうに聞き返す。


「ああ、いえ。こういっちゃなんですが……エーレさん、本当にユヅネのこと好きですよね」


「お嬢様はわたくしの全てですからね。それと」


「?」


「優希様のことも、かなり好ましく思っておりますよ」


「!?」


「こんなこと、お嬢様に聞かれでもすればクビどころでは済まないでしょうがね」


 ふふっ、と大人の余裕を持った笑顔を見せるエーレ。

 優希も当然、それが恋愛感情の“好き”でないことは分かっているが、


(びっっくりしたあ……)


 大人の魅力にかなりドキドキする優希であった。


「おい」


「は、はいぃっ!」


 鼓動が早まっているタイミングで夜香に声を掛けられ、女の子のような声を出してしまった優希。


「デレデレしてないで、どうすんのよこの状況」 


(若干怒ってる!?)


 夜香の怒りの原因は理解できないが、優希は言葉を返す。


「俺はユヅネを助けに行きたいが……」


「それではわたくしがご案内いたしましょう」


「どこにいるか分かるですか?」


「大体の見当はついております」


 エーレさんの頼もしさを改めて実感する優希。

 とんとん拍子で、エーレと優希の同行が決まってしまった。 


(となると……)


「やっぱりあたしじゃない!」

 

 夜香にしばらくキョウガの相手をしてもらうことになった。


「遺言はまとめたかぁ? ガキ共ぉ!」


 キョウガが怒り狂った顔で三人を見つめる。


「じゃあ夜香!」

「どうかお願い致します!」


「もう、分かったわよ!」


 掛け声と共に、優希とエーレは空いた穴から地下へ飛び込み、夜香はキョウガに向き直った。


「死ねえええ!」


 キョウガは腕をボン! っと瞬時にビックサイズにし、夜香に殴りかかる。

 すっかり我を忘れ、だたの暴言厨と化してしまっている。


「くぅっ!」


 夜香は意味不明な攻撃に戸惑うが、一瞬の判断で取り出した小刀二本をクロスさせて受け止める。


 夜香の数ある暗殺向け武器の中でも、最も使い込んだ武器だ。


「どうしたどうした、えらく“ひ弱”だなあ!?」


「ぐうぅぅ!」


 肥大化した腕は威力までも増大されているのか、夜香は徐々に押され、後ろに下がり始める。


 ただ、彼女が苦しいのはそこじゃない。


「その腕、なんか生理的に無理ー!」


 魔物すら放ったことなかったその言葉を、上を向いて思いっきり叫ぶ夜香だった。

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