第36話 賭けた可能性

 優希たちが目指す屋敷、その応接間にて。


 正規の手続きで屋敷に入れてもらった、ユヅネの執事で一番の責任者であるエーレは、椅子に腰かけていた。


 そこに現れるのはユヅネの婚約者、と人物。


「これは『キョウガ』様。わたくしめのために、わざわざ足をお運びいただき、ありがとうございます」


 ユヅネの婚約者を名乗る者の名は、キョウガ。

 正式名称『キョウガ・ビルガルド』だ。


 この世界で貴族としては最上位、“公爵こうしゃく”としての地位を持つ男。

 四大公爵の内の一つ、『ビルガルド家』の長男である。


 この男こそ、ユヅネを半ば強制的に呼び寄せた人物であり、今回の一件の張本人。

 年齢はユヅネや優希よりも三つ上、二十三歳だ。


「……よい。腰かけよ」


「はっ。ありがたき幸せでございます」


 エーレは、指先まで真っ直ぐに伸ばした手を右胸に当てたまま、丁寧な態度を崩さずキョウガと挨拶を交わす。


 エーレもユヅネの執事内で一番の権力を持つとはいえ、所詮は貴族と平民。

 圧倒的な力関係の前には、大きく出ることは許されない。


 もし何か問題を起こすようなことがあれば、ユヅネの父である魔王に憎悪が向いてしまう可能性すらあるからだ。


「……して、ユヅネのとこの者がなんの用じゃ?」


「誠に勝手ながら、我が主がようやくご決心をなされたようですので、仮家を代表し、ご挨拶に参りました」


「そうか。それは良いことであるな」


「もったいなきお言葉でございます」


 ひとしきり挨拶を交わしたところで、キョウガはわざとらしく後ろに立つ部下に声を掛けた。


「そうじゃ、あれからユヅネはどうしておるかの?」


「……」


 これが、こちらを惑わすジャブだと分かっている以上、エーレも決して毅然きぜんとした態度を崩さない。


 そうしてキョウガの部下が答える。


「はい。ユヅネ様は少々気がお立ちの様でしたので、地下の牢獄にて落ち着かれるのを待っております」


「……!」


 エーレは、思わず自分の歯でギリッと音を立ててしまうのを、なんとか顔色を変えず笑顔を保つ。


「どうした? エーレ殿。顔色が優れない様じゃが?」


(外道が……)


「いえ。ご心配をおかけして申し訳ございません。わたくしはこの通り、なんともございませんよ」

 

「そうか。それはこちらの早とちりだった」


「とんでもございません」


(何か……何か突破口になる物は無いのか)


 怒りの念を必死に抑えながらも会話を続け、エーレは逆転の糸口を探る。


 そうして目に付いたのは、一つの水晶玉。

 棚の上にわざわざ目立つようにして置いてあるのは、現在の優希たちの行動を写した水晶玉だった。


(賭けるしかありませんね……)


「キョウガ様、一つお訪ねしたいのですが、あちらはどういった物なのでしょうか」


 その問いにニヤリとした顔を見せるキョウガ。


 そう、「ユヅネと仲良くしている優希は自分の監視下だ」、それを存分にアピールする機会をずっと待っていたのだ。


 キョウガはドヤ顔で部下に水晶玉それを持ってこさせる。


「これは我が愛しのユヅネに引っ付く虫、明星優希とかいう小僧を監視している水晶玉じゃ。素敵であろう?」


 そこには、現在進行形でこちらに向かっている優希と夜香が映し出されている。


 同時に、優希たちをナメているキョウガは、が放った凶暴な生物たちが住まう森を、彼らが突破出来るとはまず考えていない。


「そうでございますね」


 キョウガは気づかなかった。

 ニヤリとした顔を見せたのは、自分だけではなかったことを──。

 






「ギャオッ!」


「優希っ!」


 目の前の魔物、青黒オオカミ(仮)の長い牙が俺の肩をかする。

 ギリギリ回避したと思ったが、スピードを見誤っていたか。

 

「大丈夫、掠っただけだ」


「血、止めなよ」


「ああ」


 俺は肩に布を巻きつけながら考えていた。


 今の動き。

 何か違和感があったような……。


 ……まさか!

 確証は無いが、試す価値はある!


「夜香、考えがある! 少し時間を稼いでくれないか!」


「わかったわ!」


 夜香は二つ返事で了承してくれる。


 一切聞き返さずにすぐに請け負ってくれるのは信頼の証だ。

 ありがたい!


「こっちよ! 小猫ちゃん!」


 その煽り意味あるの?

 とは思うが、思いのほか青黒オオカミは夜香に気を取られる。


「遅い遅い!」


 めちゃくちゃギリだけど、夜香は攻撃をかわしている。

 煽りが聞いているかは別として。


「ギャオッ!」


 そして、今の攻撃でほぼ確信が持てた。


「あいつ……」


 目ではなく、人の臭いを嗅いで攻撃をしているようだ。

 加えて、目は鋭いのではなくておそらく見えていない。


 ならば!


「夜香! よくやった、戻れ!」


「ちょっと! そんなポ〇モンみたいな言い方しないでくれる!?」


 こんな時にもツッコミをかかさない夜香には感心だが、生憎今は構ってられない。


「ギャオォォォ!」


 青黒オオカミは、前後を交代した瞬間に俺を標的にする。

 

 俺は右方へ服をポイッと放り投げ、自分は左に回避。

 読み通りならば……


「ギャッ!」


 ビンゴ!


 青黒オオカミは見事に服に噛みついた。


 少々泥臭いやり方だが、放った服には俺の汗をみ込ませ、今着ている装備にはその辺の草の匂いをたっぷりと付けた。


「うおおお!」


 上から思いっきり顔部分に剣を振りかざす。

 だが、


「硬い!」

 

 皮膚があまりに硬く、刃が通らない!

 それなら!


「おおおお! っりゃあ!」


「ギャ……!」


 剣を押し付けたまま、地上に青黒オオカミの顔面を叩きつける。


「夜香!」

「任せて!」


 ドスドスと、夜香が毒ナイフを青黒オオカミの体中に投げつけていく。

 効いているかは分からないが、首部の皮膚が猛毒によって多少溶けた。


 これなら!


「らあああっ!」


 ザンッ!

 ようやくその硬い皮膚が斬れる。


「ギャ、ァ……」


 頭部分を失った体はそれ以上動くことはなかった。


「ふう~」


 あまりの速さと硬さに苦戦したが、無事討伐成功だ。


「さすがの発想ね! 優希!」


「夜香が前に張ってくれたから分かったことだよ」


 これは、そのまま言葉の通り。

 スキル【隠密ハイド】を使っている夜香をあんなに追えるのは、何か秘密があると思ったのだ。


 そうして、数秒後。

 若干かいた額の汗をぬぐおうとした時、ここでは聞こえるはずのない、と少なくとも俺はそう思っていた音が聞こえる。


 ピコン。


「!?」


≪レベルアップしました≫


「レベルアップ!?」


 思わず声がハモった俺と夜香は顔を見合わせる。


「お前も?」

「あんたも?」


「「!」」


 また全く同じタイミング。

 ここまでくると恥ずかしい。


「こほん」


 わざとらしい咳払いで、俺が話すアピールをしながら互いにステータスを開く。


ー----------------

ステータス

名前:明星優希


レベル:43

……

ー----------------



ー----------------

ステータス

名前:三日月夜香


レベル:45

……

ー----------------



「たしかに上がってる」

「私も」


 急ぎの為、お互いにレベルの確認のみだ。


 さっきの青黒オオカミは魔物扱い?

 いや、それ以前にダンジョン以外でレベルアップってするの?


 中々疑問が絶えないが、その中でも一つ。


「同時ってのは珍しいよな」


「そうね……」


 単なる偶然。

 もしくは、よほどさっきの魔物の経験値が高かったか。


 けど、今はそんなことを考えても仕方がないのはたしかだ。


「とりあえず魔物は倒したことだし、急ごう!」

「うん!」


 脅威を退けた俺たちは、再び森の中を進む。

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