第35話 扉の先の緊急事態

 「くっ……」 


 相変わらずまばゆい光も段々と弱まり、向こう側から声が聞こえる。


「優希様!?」


「え!?」


 ユヅネか!?

 その呼び方に耳を疑うも、声の主が違うことはすぐに分かった。


 ゆっくりと慣らすように目を開いていき、完全に開いた先には、前に一度見たことのある景色。


 間違いない、ユヅネの仮家だ。


「あ、あなたは」


 驚いた顔でこちらを見てくる執事さん。


 前に来た時にデザート類を運んでくれた人だ。

 執事の代表を務めるエーレさんとは別の人、たしか二番目に偉い人だ。


「どうやってこちらへ!? いえ、今はそんなことよりも!」


 どうやらとにかく焦っている様子。

 原因は間違いなくユヅネのことだろう。


「落ち着いてください。ユヅネの居場所は分かりますか? それとそちらが持っている情報を何かもらえると助かります」


「は、はい。そうですね――」


 時間もないため執事さんにまとめた話を聞いた。


 結論から言うと、やはりユヅネはこちらの世界にいるようだ。

 居場所は、聞いた時はぶっ倒れそうになったが、“婚約者の場所”。


 とは言っても、お相手がただ自称しているだけなそうなので、「結婚のそういう話は断った」というユヅネの言葉は本当だった。


 ユヅネは、特にこの仮家を介することなく直接そこに向かったようで、それに気付いた執事連中はパニックに陥ったそう。


 そして、


「エーレさんが単独で!?」


「はい。私達もとお願いしたのですが、こうなったのは全て自分の責任だとおっしゃられて。私共はここから出られないよう、封印を施されてしまいました」


「なるほど……」


「婚約者と名乗る相手方も貴族の方。これに反抗しては処罰は明白です。だからエーレさんは、我々の立場を守るために……」


 悲しそうな顔を見せる執事さん。


「そんなことが……」


 状況はなんとなく分かった。


 婚約者がユヅネを連れ出し、エーレさんも貴族相手ではおそらく何も出来ない、ときたか。


 不思議と落ち着いているのは自分でも驚きだ。


「ありがとうございます。それで助けに行くにはどうすれば?」


「はい。ある物をご用意させて頂いております」







「うわっ!」

「きゃっ!」


 周りの視界が一瞬にして変わったと思ったら、お尻から地面に落下した。

 それほど高くはなかったので、多少痛い程度で済んだが。


「いてて……」


 どうやら、転移には成功したみたいだ。

 その証拠に、手元に持っていた『転移玉』はパリン、と割れる。


 これは、エーレさんの元へ転移できる水晶玉。

 だがおそらく結界が張られているので、転移できるのは出来るだけ近くの結界外の場所、との話だった。


「これは、森か……?」


 冷静になったところで、周りの景色を見渡す。


 緑と言うにはあまりにも禍々まがまがしく、暗い青緑色の不気味な雰囲気をかもし出す、いかにも恐ろしい樹海。

 魔物の類は今のところ見えないが、何が出てきてもおかしくはない。


 デザート執事さんの推察は見事に当たった、といえるだろう。

 

「そして、が……」


 俺は森の先に高くそびえ立つ、屋敷のような建物を見つめる。


 豪華さ、厳かさから考えて間違いない。

 きっと婚約者(仮)、そしてユヅネのいる場所だろう。


 加えて、もう一つの不安要素。


「おい、大丈夫か? 夜香」


「う、うーん」


 彼女の肩を、優しくゆさゆさと揺らす。

 夜香はまたもやとんでもない景色を前に、目をぐるぐると回している。


 すっかり混乱しているみたいだ。

 無理もない。


 細かい説明も無しに、いきなりユヅネの仮家を見せられ、俺と一緒に転移、そしてこの森とあの豪華な建物だ。


「悪い、夜香。帰ったら全部説明するから、今は一刻も早くユヅネを助けたい」


「!」


 俺のその「助けたい」という言葉でハッとしたのか、いつものキリッとした目を取り戻す夜香。


 うん、頼りになる時の彼女だ。


「分かった。ここはで、今からユヅネちゃんを助けに行くんだよね」


「そういうことだ」


 それだけ分かってもらえれば十分!


「いくぞ」

「うん!」


 すでに樹海の中に埋もれている状態なので、方角は分からない。


 だが、屋敷は見えてる。

 ならば向かって一直線に進むのみ!







 遠くに見える屋敷を目指し、俺たちは森を駆け抜ける。

 だがそんな時に、


「優希! 止まって!」


「!?」


 しかし突然、少し後方を走る夜香から「待った」がかかる。


「――!」


「ギャオオッ!」


 夜香のおかげで間一髪、噛みつこうとしてきたの攻撃をかわすことが出来る。


 もし同じスピードで走り続けていれば、今頃俺の首から上はなかったかもしれない。


「ギャオルルル……」


「なに、こいつ。魔物……?」


 手際よく袖の部分からシャッ、と二本の仕込みナイフを取り出した夜香が呟く。

 

「ここは俺たちの知らない世界だ。何がいてもおかしくない」


「なるほどね……」


 俺はじっくりとそれを観察する。

 たしかに、夜香が魔物だと口にしたのも頷ける。


 今なお、俺たちに敵対的な鋭い棒状の目を向けるのは、太くとがり切った牙を持ったオオカミのような生物。

 オオカミとはいったが、体は地球のそれより遥かに大きく、四足歩行なのに縦に三メートルほどの体を持ったオオカミ。

 

 青と黒のギザギザ模様に生えた毛が、余計に俺たちの恐怖心をあおる。


「ギャオオォッ!」


「伏せろ!」


 俺の声に反応して、夜香は咄嗟に匍匐ほふく前進のような態勢を取った。

 

 おかげで噛みつきが回避できた。


「嘘でしょ、全然見えなかった……」


「またくるぞ!」


「くっ――!」


 行動を観察する隙すら与えぬつもりか、夜香に追撃をする青黒オオカミ。

 

 対して、夜香は下にスライディングする形で躱す。


 さすがの戦闘センスだ。

 青黒オオカミの体が大きいばかりに、地面までは嚙みつきが届かないことを、初めの一度で気づいていたのだろう。


「ギャオオオォォォ!」


 それでも、そう簡単にいかせてはくれなさそうだがな!

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