第35話 扉の先の緊急事態
「くっ……」
相変わらず
「優希様!?」
「え!?」
ユヅネか!?
その呼び方に耳を疑うも、声の主が違うことはすぐに分かった。
ゆっくりと慣らすように目を開いていき、完全に開いた先には、前に一度見たことのある景色。
間違いない、ユヅネの仮家だ。
「あ、あなたは」
驚いた顔でこちらを見てくる執事さん。
前に来た時にデザート類を運んでくれた人だ。
執事の代表を務めるエーレさんとは別の人、たしか二番目に偉い人だ。
「どうやってこちらへ!? いえ、今はそんなことよりも!」
どうやらとにかく焦っている様子。
原因は間違いなくユヅネのことだろう。
「落ち着いてください。ユヅネの居場所は分かりますか? それとそちらが持っている情報を何かもらえると助かります」
「は、はい。そうですね――」
時間もないため執事さんにまとめた話を聞いた。
結論から言うと、やはりユヅネはこちらの世界にいるようだ。
居場所は、聞いた時はぶっ倒れそうになったが、“婚約者の場所”。
とは言っても、お相手がただ自称しているだけなそうなので、「
ユヅネは、特にこの仮家を介することなく直接そこに向かったようで、それに気付いた執事連中はパニックに陥ったそう。
そして、
「エーレさんが単独で!?」
「はい。私達もとお願いしたのですが、こうなったのは全て自分の責任だと
「なるほど……」
「婚約者と名乗る相手方も貴族の方。これに反抗しては処罰は明白です。だからエーレさんは、我々の立場を守るために……」
悲しそうな顔を見せる執事さん。
「そんなことが……」
状況はなんとなく分かった。
婚約者がユヅネを連れ出し、エーレさんも貴族相手ではおそらく何も出来ない、ときたか。
不思議と落ち着いているのは自分でも驚きだ。
「ありがとうございます。それで助けに行くにはどうすれば?」
「はい。ある物をご用意させて頂いております」
★
「うわっ!」
「きゃっ!」
周りの視界が一瞬にして変わったと思ったら、お尻から地面に落下した。
それほど高くはなかったので、多少痛い程度で済んだが。
「いてて……」
どうやら、転移には成功したみたいだ。
その証拠に、手元に持っていた『転移玉』はパリン、と割れる。
これは、エーレさんの元へ転移できる水晶玉。
だがおそらく結界が張られているので、転移できるのは出来るだけ近くの結界外の場所、との話だった。
「これは、森か……?」
冷静になったところで、周りの景色を見渡す。
緑と言うにはあまりにも
魔物の類は今のところ見えないが、何が出てきてもおかしくはない。
デザート執事さんの推察は見事に当たった、といえるだろう。
「そして、
俺は森の先に高く
豪華さ、厳かさから考えて間違いない。
きっと婚約者(仮)、そしてユヅネのいる場所だろう。
加えて、もう一つの不安要素。
「おい、大丈夫か? 夜香」
「う、うーん」
彼女の肩を、優しくゆさゆさと揺らす。
夜香はまたもやとんでもない景色を前に、目をぐるぐると回している。
すっかり混乱しているみたいだ。
無理もない。
細かい説明も無しに、いきなりユヅネの仮家を見せられ、俺と一緒に転移、そしてこの森とあの豪華な建物だ。
「悪い、夜香。帰ったら全部説明するから、今は一刻も早くユヅネを助けたい」
「!」
俺のその「助けたい」という言葉でハッとしたのか、いつものキリッとした目を取り戻す夜香。
うん、頼りになる時の彼女だ。
「分かった。ここは
「そういうことだ」
それだけ分かってもらえれば十分!
「いくぞ」
「うん!」
すでに樹海の中に埋もれている状態なので、方角は分からない。
だが、屋敷は見えてる。
ならば向かって一直線に進むのみ!
★
遠くに見える屋敷を目指し、俺たちは森を駆け抜ける。
だがそんな時に、
「優希! 止まって!」
「!?」
しかし突然、少し後方を走る夜香から「待った」がかかる。
「――!」
「ギャオオッ!」
夜香のおかげで間一髪、噛みつこうとしてきた
もし同じスピードで走り続けていれば、今頃俺の首から上はなかったかもしれない。
「ギャオルルル……」
「なに、こいつ。魔物……?」
手際よく袖の部分からシャッ、と二本の仕込みナイフを取り出した夜香が呟く。
「ここは俺たちの知らない世界だ。何がいてもおかしくない」
「なるほどね……」
俺はじっくりとそれを観察する。
たしかに、夜香が魔物だと口にしたのも頷ける。
今なお、俺たちに敵対的な鋭い棒状の目を向けるのは、太く
オオカミとはいったが、体は地球のそれより遥かに大きく、四足歩行なのに縦に三メートルほどの体を持ったオオカミ。
青と黒のギザギザ模様に生えた毛が、余計に俺たちの恐怖心を
「ギャオオォッ!」
「伏せろ!」
俺の声に反応して、夜香は咄嗟に
おかげで噛みつきが回避できた。
「嘘でしょ、全然見えなかった……」
「またくるぞ!」
「くっ――!」
行動を観察する隙すら与えぬつもりか、夜香に追撃をする青黒オオカミ。
対して、夜香は下にスライディングする形で躱す。
さすがの戦闘センスだ。
青黒オオカミの体が大きいばかりに、地面までは嚙みつきが届かないことを、初めの一度で気づいていたのだろう。
「ギャオオオォォォ!」
それでも、そう簡単にいかせてはくれなさそうだがな!
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