第32話 溢れる感情

 それから三日が経ち、三人は“いつものように”探索をする。


「やった、レベルアップ! これで優希に一歩リードできる! かも!」


「夜香さん……あのー、大変申し上げにくいのですが」


「……ねえ、本気で言ってる?」


 その申し訳なさそうな態度に、夜香は全てを察した。


「……はい。俺も、レベルアップしました」


「ふざけんなー!」


「理不尽っ!」


 予想通りだった優希の発言に、夜香もつい手が出てしまう。


「何が理不尽よ。【下剋上そっち】の方がよっぽど理不尽だわ」


「そ、それは……」


(言えてるけど)


 自分でも納得してしまう優希。

 そんな二人は文句を垂れつつも、仲良くステータスを見せ合う。


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ステータス

名前:明星優希


レベル:42


職業:ファイター(class:1)

特性:レベルアップ時、攻撃力に小ボーナス 


攻撃力:818

防御力:694

素早さ:697

魔力 :696


スキル

・パッシブ :【遅咲き】

・アクティブ:【身体強化ブースト】【武装強化】


ギフト:【下剋上】

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ステータス

名前:三日月夜香


レベル:44


職業:シーフ(class:1)

特性:レベルアップ時、素早さに小ボーナス


攻撃力:684

防御力:674

素早さ:897

魔力 :657


スキル

・パッシブ:【急所攻撃クリティカルヒット

・アクティブ:【疾走アクセル】【隠密ハイド

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「防御力も……抜かれた……」


 夜香は、がくっと四つん這いになってうなれている。


「もうお終いだわ。全てに絶望する前に、このギルドは抜けさせてもらうわ……」


「ちょ、夜香っ!? 本気か? それは困るって!」


「ふっ、冗談よ。でも、一本取れたかしら」


「ああ、焦ったよ……」


 夜香は、その悔しさから優希をからかってみただけのようだ。


「ま、リーダーがたくましくなるのは素直に喜ばしいことね。同じ探索者としては、ちょっと嫉妬しちゃうけど」


「ちゃんと、“リーダー”出来るように頑張るよ」


 そんな二人のやり取りを、少し遠くで見つめるユヅネ。


 “いつものような”探索はいつの間にか、ユヅネにとっては“いつものよう”ではなくなっていたのかもしれない。


「ユヅネ!? どうした!」


「……え? ……あれ?」


 ユヅネは、自分でも気がつかない内に涙をこぼしていた。

 優希に言われて、ユヅネも初めて気がつく。


 今となっては、Cランク探索者である優希も夜香も、実力は間違いなくBランクでも上位。


 キャリアの短さから探索者ポイントがBランクに到達しないだけであり、Cランクダンジョンは全く話にならない。

 

 そのため、Cランクではユヅネが一向に頼られることもない。

 加えて、ここ最近は自分を事務所において優希が出かけている事が多々あった。


 優希が出掛けるのは、ユヅネの誕生日の準備をしているだけなのだが、それをユヅネ本人に直接言えるはずもなく。


 色々と溜まってしまっていたものが、「自分は探索者ではない」という疎外感からあふれてしまった。


「ユヅネちゃん!? 大丈夫? と、とにかく、ここは出よっか!」


「大丈夫……ですから」


 ユヅネは意地を張った。

 その根底には、自分のことで心配をかけたくないという思いがあった。


「ユヅネ、ほら」


「……はい」

 

 それでも、優希から伸ばされた手は素直にぎゅっと握る。

 その温もりだけでも、心が晴れたような気がした。







 ダンジョンを脱出し、今日はぱーっといくことにした優希たち。


 ユヅネが心配だったこともあり、外食にはいかず、事務所内でのDber Eatsパーティーだ。


「ほら、ユヅネ。ピザでもラーメンでも、なんでも食べていいからな」


「はい!」


(だいぶ笑顔が戻ったかな)


 優希はそう考えているが、夜香はユヅネがまだ若干無理をしていることに気づく。 


「ユヅネちゃん、相談できることがあったら何でも言ってね」


「はい。わたしは大丈夫です」


(大丈夫……か)


 オーナーにこき使われていた頃、面会をした父によく使っていた言葉だった。

 こんな時の大丈夫は「大丈夫ではない」、夜香はそう感じていた。


 それでも、もう一歩踏み込まれるのが嫌そうに見えた夜香はここで引く。

 ユヅネに対しては優希が気づいてあげるべき、そう考えているからだ。


 このギルドがのんびり穏やかな環境なので、一刻も早く解決すべきではなく、ユヅネが自分から話すのを待った方が良いと思っているのも起因する。


 しかし、そんな慢心が後々に起こる事に繋がるとは、すっかり平和となった身の回りでは考えつくはずもなかった。


「ほら、今日は優希くんの奢りだからな。いっぱい食べていいぞ」


「「「わーい!」」」


 隣の部屋からは、面倒見の良い声と、可愛らしい声の数々が聞こえる。

 浩と夜香の兄妹たちだ。


「ふふっ、みんなも喜んでくれているようだな」


 察しの良い浩さんが兄妹たちの面倒を見てくれていることにより、優希たちは三人で話をする。


 夜なので騒音問題が考えられるが、ダンジョン産の壁だけあって、外には声が漏れることもなければ、特殊な吸収力で食べ物の臭いが残ることもない。


 まさにダンジョン様様であった。


(まあ、こうしているのも悪くはないですね)


 いつもの明るい雰囲気に、少しづつユヅネも元気を取り戻す。


 夜香のことは恋敵としてライバル視する反面、確かな実力と明るさを持っており、彼女の事も好いているユヅネ。


 最近では話すことも増え、仲良くしている時間は彼女自身も心地よかった。





 いつしか今日のパーティーも終了し、三人は夜道を歩く。

 夜香の兄妹たちはすでに疲れ切り、浩が面倒を見ている。


「綺麗だな」


「ええ、そうですね」


 酔いが覚めてきた優希が言葉を漏らす。


 落ちこぼれ探索者の時は心に余裕がなく、自信もない優希は常に下を向いていた。


 いや、もしかすると、憎くもダンジョンによってさらに発展した現代社会の景色を、自分の目に映したくなかったのかもしれない。


 だが今は違う。


 仲間もいて、それなりの金も持った。

 まだまだトップとはいかないが、それなりに上位の探索者である。


 トップになることを諦めたわけではない。

 それでも、今のこの景色を楽しむことぐらい良いじゃないか、そう思って夜空や街並みを目に焼き付ける優希だった。

 

「幸せです」


「そうか、それは良かった」


「……」


 そんな二人のやり取りを、横で微笑みながら見つめる夜香。

 今はユヅネが元気を取り戻しつつある、それだけで嬉しかった。


 だが、そんなタイミングでは起きてしまう。


(――!?)


 ユヅネはバッ、と後方を振り返った。

 背筋が凍るような感覚、およそ人間とは思えないそんな気配を感じたのだ。


「ユヅネ? どうかしたか?」


「いえ……なんでもありません」


 前を歩く優希と夜香に、てってってと追いつくユヅネ。

 しかし、その心情は激しく荒れる海のよう。


 ユヅネは正体に勘づいていた。

 どころか、おそらく今の気配は出していたであろうことに。


(わたしも、ここまででしょうか……)


 せっかく戻りかけたユヅネの感情は、一瞬の出来事にしてかき乱される。


 翌日、ユヅネは突然姿を消した――。





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本日より07:12→07:08更新にします!

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