第33話 ユヅネの行方

 「ユヅネ! どこだ! ユヅネー!」


 朝早くから、優希は慌ただしく動き回っていた。

 もちろん、消えてしまったユヅネを探すために。

 

 珍しく自分一人で出かけた、そんな可能性も考えたが、優希が買ってあげたお気に入りの靴が玄関に残っている。

 最近の傾向を考えると、これを置いて出掛けたとは考えにくい。


 加えて、ユヅネは優希以上に朝に弱いのだ。


「ユヅネちゃん! どこー!」


「夜香、そっちもいないか!」


「うん、ダメ! どこ行っちゃったの……」


 全五階の広い事務所を探し回ったが、やはり出てくる気配はない。


(となれば……)


「外を見てくる!」


「外って言っても一体どこよ!」


 夜香の声は優希の耳に届いているが、優希は構わずに出ていく。


(そんなの分かってるよ! どこへ行ったかなんて分かるわけない! でも、じっとしてられないんだ!)





 優希は飲食店やカフェ、ゲームセンターなど、街のあらゆる場所を探し回った。

 だが、ユヅネ出てくる気配は一向にない。


「ユヅネちゃん? 見てないねえ。それより優希くん、また一緒に探索に――」


「すみません! その話はまた今度で!」


 自分から話しかけておいて悪いが、今は時間がないため、流れをぶった切って次の場所へと行く。


 そうしてその後も、


「ああ、あの可愛らしい子かい。見てないけどね、それより朝早くからめずら――」


「すみません、急いでますので!」

 

 近所の人たちは良い人たちばかりだ。

 だが今は、話を続けようとしてくるのが鬱陶うっとうしく感じる優希。


 と、考えたところで優希は我に返る。


(街の人にイラついてどうする! 冷静になれ!)


 冷静を失っていたがためのイラつき。

 それを振り払うかのように今一度冷静になるが、やはり思い当たる場所はない。


「くそっ!」


 優希は自分の情けなさを自覚する。

 それと同時に、状況も相まって嫌な事を考えてしまう。


(俺は……ユヅネの事を全然知らないんじゃないのか?)


 普段は自分に付いて来るだけのユヅネ。

 そんな彼女が、自ら行きそうなところなんて思いつかなかった。


 優希は、夜香の真意には気づいた。


 そんな優希が、ユヅネの事は気づいてあげられなかった。


 優希はそれが妙に悔しい。

 それでも優希は諦めない。


 なんたって、今日の日付は7月7日。


(ユヅネの誕生日なんだ!)


「諦めてたまるか! 待ってろ、ユヅネ!」


 優希は鬼の形相で街中を探し回る。







 場所は変わり、とある場所。

 その中で、高く《そび》聳え立つ荘厳そうごんな屋敷。


「ほう、本当にあれだけで我の元に来ようとは」


 すだれを挟み、向こうの暗い場所から一人の少女に話しかける男。


「のう? ユヅネよ」


「……」


 そんな男に、無言を貫くのはユヅネだ。


「少しは口を開いたらどうじゃ?」


「……」


 気分は乗らなかったが、疑問を晴らすことを優先したユヅネ。


「やはり、あなたでしたか」


「それはそうであろう。なんたって、我とお主はなのだから」


「……その話はきっぱりと断ったはずです」


「断った? ほう」


 男はすだれを上げ、ユヅネの前に姿を現す。


 顔は丸く、生活習慣が表れているのか、体型も全体的にかなり太った男だ。

 日本人に近い肌の色をしており、黒をベースとした紫混じりの着物に身を包む。


 話す時にニヤッとする顔が、一層ユヅネに嫌悪感を持たせる。


「自ら異世界故郷に、それも我の屋敷に来ておいてか?」


「……」


 ここは優希たちからすれば異世界。

 つまりユヅネの故郷の世界だ。


「もちろん、お主が来たのはあの連れ達に危害を加えさせない為、というのはわかっておる。じゃが」


 男はユヅネにぐっと顔を近づけた。


「ここに来たのは結婚を意味している、違うかの?」


「……外道が」


「ふっ、減らず口じゃの。おい、あれを持ってまいれ」


 男が指示を出し、付き人の女性に持ってこさせたのは一つの水晶玉。

 ドン、とユヅネからよく見えるようにわざとらしく置いた。


「では、これを見るか?」


「――! 優希様!」

 

 水晶玉に写っているのは、今まさに街でユヅネを探し回っている優希だ。

 だが同時に、これは優希を監視下に置いている証拠とも言える。


「どうじゃ、結婚する気になったか?」


「……」


 ユヅネは顔では全力で拒否しつつも、心の中では揺らいでいた。


 単純に優希と離れたくない気持ちと、優希の無事を願って自分が我慢する気持ちの、二択が彼女の心を揺らす。


 そしてネガティブ側には、優希の“ユヅネ離れ”もあった。

 優希はもう自分無しでもどんどんと強くなっていくことだろう、そうユヅネは確信していた。


 もちろんこれは、ユヅネの一方的な思い違いなのだが。

  

(わたしもそろそろ気付くべきなのでしょうか)


 ユヅネは優希のことが大好きだ。

 しかし、優希はユヅネと結婚するつもりは一切ない、少なくとも彼女からはそう見えている。


 現世では薄れつつある、親が子に結婚を強要するような考え方も、異世界の文化ではまだ根強く残る。

 そのため、交際は結婚が大前提なのだ。


(十分、夢は見させてもらったかもしれませんね……)


 そしてユヅネの心はネガティブ側に堕ちつつある。

 優希を想うばかりに、この男によって優希が傷つく姿は見たくないと願う。


(ここで、終わりにしましょうか)


 ユヅネはついに口を開く。


「わたしは――」

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