第19話 一段階進化した探索者

 帰り道は実に気分が良かった。

 探索者として一段階進化を遂げた、そんな実感が湧いたからだ。


 あえて口にはしないが、「俺はファイターなんだぞ」、そんな風に自分を見せながら帰り道を堂々と歩いた。


 スキルについてもさらに把握していかないとな。


 そうしてこれからのことに希望を抱きつつ、とりあえず家に着いた。


「ただい――おわっ!」


 扉を開けた瞬間、前からラグビー選手がごとくユヅネがタックルをかましてきた。


 何事だ?


「寂しかったです!」


「そ、そんなにか」


 どうやらタックルではなく抱擁ほうようだったらしい。

 そう言われるとちょっと嬉しくなるな。

 

「……ん? 口の周りにお菓子の粒がついてるぞ」


「!」


 指摘すると、俺からサッと体を遠ざけてユヅネは口元をティッシュで拭いた。

 

「こ、これは……なんでもありませんからね!」


「?」


 別によくあることだし、特に気にしてはいないのだが……どうも挙動が怪しい。


 何か他に隠していることがあるのでは?


「そういえばユヅネ、今日はどこかに行っていたのか?


「――! い、いいえ~? どこにも行ってませんよ?」


 うん?

 これは、明らかに何かを隠している顔だな。


「どうも目を合わせないのが怪しいなあ?」


「な、なんでもありませんってば! ――はっ!」


 そんなやり取りの中で、ユヅネは何かを思い出したかのように家の中をてってって、と駆けていく。


 ますます怪しいぞ。

 これは追うしかない!





「――! 優希様!? こ、これは違うのです!」


 ユヅネを追って行った先のリビング。


 そこには見たことのない高級そうなお菓子から、スイーツや飲み物など、それらが山のように机の上に並べてあった。


 なるほど。

 ユヅネめ、異世界あっちに行っていたな。


 扉を開くのはそこまで力を使わないらしく、一度の往復ぐらいなら俺無しで出来るようだからな。


「あれ以来、俺には行かせてくれないのに一人になった途端に帰るとはな~」


「行ってないですからねーだ」


 その胸に抱え込んだ大量の高級品を隠せずして、よく言えたな。

 それと勘違いしてほしくないが、別にユヅネが帰るのは特に問題はない。


 ユヅネが、ここ以外に帰る場所があるのはとても良い事だ。


 問題なのは、


「じゃあ俺も連れて行ってくれ!」


「嫌です!」


「なんで!?」


 何度頼んでも俺は連れて行ってくれないことだ。


 あれから何度聞こうとも、ユヅネはかたくなに行かせてくれない。

 あちらで暮らせればどれだけ楽か。


「……父の用意したあの場所には、なるべく行きたくないのです」


 という理由だそう。

 まあ、それもユヅネのプライドだと言うなら仕方ないか。


「今度は連れて行ってくれよ?」


「それは分かりません」


「このやろっ!」


「わああ、優希様が怒ったー!」


 まあいい。


 あの豪邸にお邪魔出来ないのは残念だが、こうしてユヅネの笑顔が見れただけでも、疲れが吹っ飛ぶってもんだ。


「あ、そうだユヅネ」


「なんですか?」


「今日は行くぞ、の場所」


「本当ですか!?」


「おう、最近行ってなかったからな」


 “最近”といっても、つい二週間ほど前に行ったばかりだけどな。


 転職ダンジョン関連に片が付いたら行こうと思っていた、ユヅネも俺も大好きな“あの場所”だ。







「きたあああ!」

「きましたああ!」


 高級焼肉店の個室で俺はユヅネと向かい合って座り、目の前の光景に歓喜の声を上げる。


 そう、“あの場所”とは、高級焼肉店のことだ!


「ここでひっくり返して……」


 ジュウウウウ。


「「おほー!」」


 ふんだんに油の乗ったA5ランクの肉が、目の前で踊るように産声うぶごえを上げる。


 前にこんなことを言ったら、「独特の表現ですね」と微妙な顔をしたユヅネにツッコまれた。

 急に成金のようになった元貧乏人が、でしゃばってそれっぽい食レポなんかするんじゃなかったな。


 まあ、そんなことは置いといて!


「「いただきます!」」


 俺たちのがっつき具合に、個室へ姿を現した店主さんもにっこりと笑顔だ。


「今日も良い食べっぷりだねえ、二人とも! いつもありがとうねえ!」


「いえいえ、ここのお肉は最高ですから!」

「ですから!」


 ここは近くの高級焼肉店。

 個人店なのでそれほど大きくはないが、上質な肉が本当に美味しい。


 俺たちはダンジョンで稼いだ金で調子に乗り、すっかりと常連になっていた。


 ユヅネが張り切って手料理を作ることもあったが、さすがは異世界魔王の一人娘。

 一度も料理もしたことがないため、それはそれはひどいものだった。


 まあ、そこはご愛嬌ということで。


「それで優希君、考えてくれたかい? 例の件」


「いやあ、ちょっとー……あはは」


 ここ最近、店主さんに持ちかけられている話を俺は笑って誤魔化す。


「なーに! 嫌なら嫌で良いんだよ! 入ってくれたら助かるっちゅーだけでよ!」


「ははは……すみません」


 俺は最近の活躍ぶりから、多くのギルドから勧誘を受けている。


 ここの店主さんもその内の一つだ。

 店主さんが一員を務めるギルドからぜひ、と勧誘されている。


 自分で言うのもなんだが、この辺のダンジョンを主とするギルドでは、どこが俺を取るか、相当激しい取り合いになっているらしい。


「まあ良いってことよ! これ、サービスねえ! これからもよろしく!」


「わあ!」

「ありがとうございます」


 両の手をばんざいして喜んだユヅネに対して、俺は少し大人ぶって余裕そうな表情で礼を述べた。


 だが、テンションは全く同じ!

 俺も大興奮してる!


「はあ! うめえ!」


 大量の焼肉を前に、片手には冷え切ったビール。

 ああ……至高だ。


「優希様ー、ずるいですよー。それ私にもください!」


「ダメだって。なんたってユヅネは……」


 いや、待てよ。


「ユヅネってたしか、二十歳はたちだよな?」


「そうですが。それがどうかしたのでしょうか」


「あ。あー……」


 なるほど、年齢が酒の可否になっている事を知らないのか。

 今まで見た目からつい断ってきたが、本来は良いのか。


 うーん……


「優希様?」


 ユヅネをじっと見つめ、ぶんぶんと頭を左右に振った。 


 なんたって、絵面的になんか嫌だ!


「ダメなものは、ダメなんだ」


「むうう、けち!」


「あっ、こら!」


 ユヅネは、強引に俺の飲みかけのビールを手に取り、ぐいっと景気よくいった。


 結果、


「ゆうひさまあ~。なんへふか~。ほれは~」


 一瞬で酔った。


 その属性持ちだったかあああ。


 これはまずい。

 今日はもう仕方ないが、やはりユヅネにお酒は控えめにしよう。





 俺たちは今、幸せだ。


 ダンジョンに潜り、そのお金で二人で食を楽しみ、またそのために潜る。


 俺は念願だった転職も果たし、探索者としてまた一歩成長した。

 俺の人生においても、今は最も順調といえるほどの生活を送れているだろう。


 そんな俺とユヅネの日常は、いずれ来る『刺客』の手によってまた姿を変えるのだが、この時は知る由もなかった――。

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