第22話 不気味な二人

 だいだいがかなり混じった黄のリフト。

 Cランク上位と見て取れるダンジョンの入り口をくぐり抜け、一行は歩を進める。


 今回の探索はユヅネを含めて八人。


「ふわあ……」


 ユヅネの声に反応し、夜香も辺りを見渡す。


 ダンジョン内には、そっと肌を触れるようなそよ風が吹き、見る者を圧倒する一面の大平原が広がっていた。


 のどかな雰囲気に、遮蔽物しゃへいぶつの少ない大地フィールド

 事故を装うには少々難しいかもしれない、夜香がそう考えたのもつかの間。


「大丈夫? 何か不安でもありそう?」


「! ……大丈夫だ。それとあまり話しかけるな」


「え? うん、わかった」


(よく人を見ている。優しい奴だな)


 彼女の微妙な気持ちの変化に気づいた優希を心の中で褒め称えるが、夜香はそれ以上のコミュニケーションは取ろうとしない。


 仲良くなるほど、人間はいざとなった時に躊躇ちゅうちょしてしまう、それを経験上良く分かっているからだ。


 一方で、話しかけるなと言われた優希は、「しょうがないか」と全く別の事を考えていた。


(武器はこのぐらいの強さで良いよね……?)


 優希が使っているのは、ダンジョン市場で手に入れたCランク相当の剣。


 ユヅネが具現化させる武器は、彼女に負担がかかることもあり、いざという時にとっておくことにしたのだ。

 加えて、武器の性能に頼らない技量の向上も兼ねて、最近はこれを使っている。


 様々な思惑が交差する中、パーティーは奥へと進んで行く。


 



「【ダークスライム】の群れだ! それに【イッピキワシ】もいるぞ!」


 パーティーがダンジョンを進んで行く中、魔物の群れが出現する。

 盾で前衛を進むメンバーに声に反応し、優希達も武器を構えた。

 

 分裂を得意とするスライム種の中でも、特に凶暴とされるダークスライム。

 さらに、探索者とダークスライムの漁夫の利を得ようと上空に跳んでいるのは、イッピキワシ。


 魔物同士も互いに敵対しているとはいえ、探索者側からすればどちらも敵。

 厄介な場面には変わりない。


「ちいっ! この粘っこい奴め!」


「上からの警戒もおこたるな!」


「ユヅネ、下がっていろ!」


 自身を分裂させ、そのまま襲う事すらいとわないダークスライムに一行は苦戦する。

 注意を向けるべき対象が多く、パーティーの連携も乱される。


 しかしそんな場面でも突破口を開くのは、


「はあッ!」


 ソロとしては、このパーティー内でも圧倒的な強さを誇る優希だ。


(鍛錬の成果を見せてやる……!)


 【武装強化】による魔力の斬撃を飛ばし、イッピキワシを近寄らせいように立ち回りつつ、地上をって接近してくるダークスライムは直接対処する。

 

 【身体強化ブースト】の効果もあり、優希の剣技による攻撃はダークスライムの分裂を上回る。


 分裂が得意とはいえど、ある程度の小ささまでいくと細胞が死に、二度とくっつくことはなくなる。


 優希はこの厄介な魔物を「とにかく斬りまくる」という、脳筋な方法で切り抜け始める。


「さすが明星くんだ!」

「これが職持ち!」


 しかしそれでも、


「くっ――!」 


 あまりの数の多さに、段々と優希の手も追いつかなくなる。


 彼らが気づかない内に迷い込んでいたのは、『モンスターハウス』。

 魔物が大量に発生してしまう空間だったのだ。


「ギュァァァァ!」


 孤高に生き、その狩り能力の高さゆえに一匹で行動を取るイッピキワシが、複数匹集まってくる。

 例に漏れずそれぞれ敵対しているが、「人間を狩る」という点では共通している。


 まさにピンチだ。


「俺がイッピキワシを撃ち落とします! みなさんは地上のダークスライムの対処を!」


「おう!」

「分かったぞ!」


 確かな実績と最近の活躍から、新人とはいえ誰しもが優希のことを認めている。

 優希の指示に、周りの者は即座に従った。


 一人の暗部ハンターを除いて。


(ここね)


 パーティーのピンチは夜香にとってはチャンス。

 事故を装い、明星優希ターゲットを殺せるチャンスなのだ。


 しかし、


(何……? なんなの、あの不気味な感じ)


 優希の後方に位置する夜香は、事故を装ってうまく優希を魔物に襲わせる算段を立てている。


 だが、彼の背後にぴったりとくっ付くユヅネの存在が邪魔をして、中々実行に移せない。


「……」


 ユヅネは戦闘を一切見ることなく、じっと夜香を見つめているのだ。


 それもそのはず、


(このパーティーに女はあの者だけ。あの者を優希様に近づけさせなければ、今回は安心です!)


 ユヅネはピンチのことは全く気にも留めず、恋路の心配をしていた。


 この程度のピンチは優希なら切り抜けるだろう、という信頼もあっての行動だ。


「ふう……」


 そんなユヅネの思惑を知る由もなく、夜香は機会をうかがう。

 

(さっきからあの男に守られているようだけど、不思議とあの小娘に恐怖している自分がいる。まるで、脳が必死に危険信号を出しているみたいに)


 そんなバカな、とは頭で考えたくても体が言う事を聞かない。

 今まで幾度となく事故を装ってきた彼女が、だ。


「ちっ」


(甘えるな! 関係ない、私には守るべき父親もあの子たちもいる! 明星優希をやった後で、あの小娘もやる。それだけだ!)


 覚悟を決めた夜香は人知れずスキルを発動する。

 

(【隠密ハイド】)


 自らの存在感を薄め、魔物の攻撃対象から外れやすくなるスキルだ。

 そしてこれは、“人に対しても”効果を発揮する。


 パーティー全体が魔物と交戦している中、自らも戦闘をしているふりをして、後ろ歩きでじりじりと優希に寄っていく。


 かなり接近し、ユヅネが自分に気づいていないのを確認してから、仕込みナイフを背中側に向ける。


 痛手を負わせれば、後は魔物にやられるのを見ていればいい。


(ここ!)


「――!」


「何をしているのですか?」


「えっ」


 夜香は目を疑った。

 

 ナイフを刺す瞬間、くるっと振り返ったユヅネが人差し指で仕込みナイフを止め、それ以上全く動かない。


(嘘でしょ? 【隠密ハイド】も発動していたし、完全にあっちを向いていたはず。それに――!)


 驚くべきは、ユヅネのその人差し指。


 ナイフを受け止めているにもかかわらず、血も流れなければ、ほんの傷口すらも開いていない。


 動揺から思わず【隠密ハイド】を解除してしまった夜香。

 そんなやり取りをしていれば、当然のように優希も気づく。


「ん? どうした、って……え?」


(見られた! これじゃ作戦は失敗――)


「大丈夫ですか!」


「は?」


 ナイフを自分側に向けられているのに、自身を心配する声を上げる優希に、夜香もさすがに動揺を隠せない。


 実際、優希の心情は、


(ユヅネ~! やめとけって! その気になれば三日月さんぐらい簡単にれちゃうだろ! これだから、なるべく若い女性を避けてきたのになあ)


 ユヅネが己の力を解放した時の実力を知っているからこその、夜香への心配。


 恐るべし鈍感さである。

 

「……良いのですか?」


「ああ、その手を収めてくれ」


 優希に言われ、ユヅネは夜香のナイフからそっと指を離した。

 へなへな、と後方に下がり夜香は力が抜ける。


(助かったの……?)


 完璧主義な夜香の初めての失敗。

 それが思いもよらない形でスルーされ、拍子抜けの状態だ。


 周りを見渡せば、いつもの間にか魔物も全て片付いている。

 優希を中心に、モンスターハウスを殲滅せんめつしたのだ。


(なんなの、この二人……!)


 しかし、ここで切り替えられるところが、彼女の暗部たる所以ゆえんだろう。


(ならば都合が良い。次だ!)





 だが、その後何度チャレンジするも、夜香の作戦が成功することはない。

 ユヅネにことごとく止められ、ユヅネに止められなかったと思えば決まって優希が避ける。


「……」


 夜香にとっては、もはやユヅネのあの目が恐い。


(くそっ、なんなんだあの小娘! 奇襲が全く通じない。それにあいつもあいつだ。妙なタイミングで避けやがって!)


 そうこうする内に、一行はボス部屋に辿り着く。

 夜香にとっては、これがラストチャンスである。


(ここで……殺る!)


 彼女は再び決意を固めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る