第23話 ユヅネのペース

 ボス部屋へと足を踏み入れ、一行が相対あいたいするは【ギガントゴーレム】。


 “ゴーレム種”という、強靭きょうじんな肉体と驚異の耐久力を持った土の魔物。

 通常種である【ゴーレム】の二段階上位の魔物だ。


 さらにその“ボスサイズ”。


「オ、オ、オ、オオォォ!」


 波打つような咆哮ほうこうを上げ、入って来た探索者たちを威嚇いかくするボス。


「迫力があるな」

「はい……」


 咆哮による衝撃はないが、探索者たちの足をすくませるには十分な声量だろう。


 今回のボス、ギガントゴーレムの特徴としては、ただのゴーレムよりさらに強化された肉体が挙げられる。


 その分、攻撃をする際のスピードはないが、当たれば一撃。

 今の優希ですら粉々、下手をすれば体ごと潰れる可能性すらある。

 

 そして、ボスがゴーレム種だったのは夜香にとっては好都合。

 

(立ち回る中で、ギガントゴーレムに攻撃を当てさせればそれでいい)


 残酷ではあるが、もし“事故”が成功した際にはターゲットが苦しむ姿を見ることがないため、夜香は幾分いくぶんか楽な気持になっていた。


 だが、今回の問題はそこじゃない。


「……」


「……」


 見つめ合うユヅネと夜香。

 別の方向ではあるが、両者が互いに敵対視していることには変わりなかった。


(女、女、女……。近づけさせない、近づけさせない、近づけさせない……)


(ここで殺る、ここで殺る、ここで殺る……)


 今まさに、優希すら知らぬところで彼を賭けた女のバトルが始まろうとしていた。





「うおおお! っりゃあ!」


 キィィィン!


「かてえっ!」 


 ここだ、というタイミングで優希が飛び込むも、ギガントゴーレムの装甲は想像以上に堅い。


 ボスにダメージはなく、耳に響くような金属音が鳴り響くばかり。


「どうしますか?」


 優希が、パーティーリーダーの『鈴木さん』に尋ねる。


「ゴーレム種はどこかに弱点があるはずなんだ。それを探すべきだ」


「なるほど」


 初めて相手にするゴーレム種に、苦戦する優希。


「だが、弱点といっても柔らかいというだけだ。それなりの突破力は必要だぞ」


「それなりの突破力……」


 優希は自身のCランクの剣を見つめ、それを懐にしまった。

 これでは無理だ、と考えユヅネを頼る事にする。


 が、


「……何やってんの?」


 振り返った先には謎の光景があった。


「はぁ……はぁ……」

「ハァ……ハァ……」


 ユヅネと夜香、二人が向かい合って息を切らしている。

 さっきまで夜香も戦闘に参加していたはずだが、


(なに、この状況……)


 優希から見れば、ボスは知らんぷりでまるで二人が戦っているかのよう。


 信じられないため疑問に思うが、実は「二人が戦っている」が正解だった。

 夜香もユヅネ可愛い子相手に本気を出せないでいるため、余計に喧嘩を長引かせている。

 

「えーと、ユヅネさん? 力を借りたいのですが……」


「今忙しいのです!」


「!?」


 優希はショックを受けた。


(ボス戦より忙しいことって何!?) 


 それならば、と気を取り直して今度は夜香に呼び掛ける。


「あの、三日月さん? 弱点を一緒に突きたいのですが――」


「今忙しいです!」


(だからボス戦より忙しいことって何!?)


 盛大なツッコミを入れたいが、何やら二人の間には女の違う世界が広がっているよう。

 優希も中々踏み込みづらい。


「はっ!」


 そんな中で我に返ったのか、夜香は何かに気づいた。

 

(なんで私はこんなことを?)


 優希を事故に装って殺すはずが、なぜか障害であるユヅネをまず突破しようとしている自分の行動に疑問を抱いた。


 いつの間にか、ユヅネの天然行動ペースに呑まれていたのだ。

 それほど、ユヅネには人を惹きつける不思議な魅力があった。


「くっ!」


(なんたる失態!)


「いや、だからあの……一旦、ボス倒しません?」


 夜香は我に返り、優希の言葉でユヅネもようやく正気を取り戻した。


「それでは、一旦休戦といきましょうか」

「ふっ、そうね。今は協力してあげるわ、ユヅネちゃん」


(だから君たちは何と戦ってんの!?)


「はあああっ!」

「ハアアアッ!」


 すっかり息の合った彼女らは、一心にギガントゴーレムに向かっていく。


「はっ!」

「ハアッ!」


 夜香はどこから持ってきたのか鋭い曲刀、ユヅネはライダーキックだ。

 だが当然、


 キィィィン!


「くうっ!」

「かたいっ!」


(うん。それもすでにやったからね)


 キックを弾かれたユヅネは、そのまま後方宙返り、すたっと優希の隣に立つ。

 やはりユヅネは、自身のみではすぐに力が尽きてしまうのか、若干ふらつく。


「優希様、ここは力を合わせましょう!」


(だからそう言ってんじゃん……)


 優希は内心そう思ったものの、やっと展開に追いついてくれたか、とポジティブに捉える。


「いくぞユヅネ!」

「はい!」


 優希は左手、ユヅネは右手を恋人繋ぎで互いの手を握り、今までとは比べものにならない速度でギガントゴーレムに近づく。


「ギガアアアァァァ!」


 ギガントゴーレムが「かかってこい」と言わんばかりの咆哮を上げた。

 

 このパーティー内で、手を繋いだ二人に辛うじて付いてこられるのは夜香のみ。


「私が弱点を探すわ!」


「了解!」

「お願いします!」


(((急に息ぴったりじゃん……)))


 周りがそう思うのも無理はない。


 今の三人の動きは、同じギルドメンバーだと言われてもほとんどが信じるだろう。

 それほどに息の合った三人である。


「はッ! たッ!」


 夜香は大振りではなく、ギガントゴーレムの肉体を自身の武器でるようにして、感触を確かめていく。

 大振りで一々弾かれていては、危険極まりないからだ。


 そして、


「あった! 右わきの少し下の方、柔らかいところがあるわ!」


「ナイス!」

「よくやりました!」


 シュルシュルシュル、バシッ! 


「「!」」


 一直線に弱点へ向かう優希とユヅネの前に突然、縄がギガントゴーレムの右腕を束縛する。


「ちょっとは活躍させてくれよ」


「鈴木さん!」

「さん!」


「ギ、グ、グ……」


 右腕が固定されたギガントゴーレム。

 だがその攻撃力から察するに、束縛は長くは保たないだろう。


 それでも、この二人の前には十分すぎる時間稼ぎだった。


「うおおお!」

「はあああ!」

 

 一閃。


 ザシュンッ! と、およそゴーレム種から聞こえるとは思えない快音を鳴らし、二人の想いの剣は、右腋の下部分から体を真っ二つに切り裂いた。


「「「……」」」


 あまりの連携と意外なあっけなさに、ボス部屋の中に静寂が訪れる。


 しかしそれもつかの間、


「よし!」

「やりました!」


「ふう……」 


「「「……う、うおおおおっ!」」」


 主に活躍した三人の声を皮切りに、周りも大いに盛り上がった。


 ユヅネと夜香が謎の戦いを繰り広げていたことはなんとなく察しているが、とにかく勝ったのだ。


 探索は結果が全てだ。

 

(……って、私なにやってんの!?)


 夜香が自分の失敗に気づいたのは、全てが終わった後。


 そうして、一行は無事(?)ダンジョン探索を終える。





「ありがとうございましたー」

「ばいばーい」


 脱出したリフトの外で、優希とユヅネは他の探索者を見送る。

 自然と残ったのは二人と夜香のみ。


(さすがに、バレてるわよね。ごめんなさい、お父さん、兄妹みんな……)


 最後のはやりすぎた、それは彼女も自覚している。

 ボスを差し置いてユヅネとバトル、今冷静に考えると意味が分からない。


 加えてユヅネはがっつりと優希側。

 ナイフを受け止めたこと、その後複数の犯行をかんがみれば自ずと答えは導かれる。


 ユヅネはこう見えてバカではない、夜香は確かにそう感じていた。


(もう、何を言われても素直に認めよう。これ以上、罪を重ねる前に)


 覚悟を決めた彼女は、自ら口を開く。


「何か言いたいこと、あるでしょ」


「え?」


「いやいや……“え”、じゃなくてさ」


 夕暮れで辺りは紅く染まる中、夜香は女の子座りで地面にへたり込み、下から諦めの眼差しで優希とユヅネを交互に見つめる。


 優希は気づいていなくても、ユヅネは確実に気づいているだろう。


「……」


 しかし、当のユヅネは二人のやり取りをただ黙って見守る様子。

 さすがにうちの主人がそこまでバカではないはず……と考えたのだろう。


 実際、ユヅネが止めるまでもなく、優希が夜香の凶器を目にした瞬間は何度もあったのだ。


「そうだね」


 優希が口を開く。

 夜香は、現実から目を逸らすように瞳を閉じた。

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