第24話 『明星優希』事故の行方

 夜香は瞳を閉じ、諦める様な表情を見せる。

 そんな彼女を、真っ直ぐに見つめた優希から出た言葉は


「また一緒に探索をしよう」


 優しい言葉だった。


 そうして優希は、彼女に手を伸ばす。


「「……」」


 対して、女子二人はぽかーん、とした表情だ。


「……ん?」


 思惑やら予想やらが全く一致しない三人。

 三人の間でしばし時間が止まる。


 そして、次に動いたのは同時だった。


「「アホかー!」」


「なんでえ!?」


 女子二人の平手ハエ叩きが優希の頭に炸裂さくれつ

 ぱこーん! という良い音が見事に重なった。

 

「いやいや、どう考えても……。うっ! と、とにかくおかしいでしょ!」


 優希のあまりの鈍感具合に、夜香も思わず口を滑らせるところだった。


「優希様? あ、あのー……本気でしょうか?」


「んんん?」


 優希は、まだクエスチョンマークを頭に浮かばせたような態度を見せる。

 その様子にバカらしくなった二人は、はああ、と息をついた。


「優希様、もういいです」


「おいおい、なんだよー」


 呆れ気味に優希の背中を押しながら、その場を離れていくユヅネ。

 怒る気力もなくなってしまったようだ。


 そうして去り際に、ユヅネは夜香に言葉を残す。


「次はないですよ」


「!」


 ユヅネと夜香の間でのみ共有される話題。

 優希は仲間外れだ。


「……」


 夜香は二人が去っていく姿をぼーっと見ていた。

 半ば放心状態だったのだ。


 そうして、ようやく冷静になる。


「いやおかしいでしょ!」


 虚空こくうにツッコむ夜香。

 幸い、周りに誰もいないため変人扱いされることはない。


明星優希あいつは多分アホ。ちゃんとしたアホなのだわ。それはいいとして……)


 不思議なのはユヅネ。


 なぜおとがめなしなんだ、と頭を悩ます夜香。

 自分がユヅネの立場であれば、普通は協会に報告するなりするだろう。


 彼女からすれば、恐ろしいまでの察知能力や、優希と手を繋いだ時の力はまさに未知の力だった。

 それも、自分なんか簡単に殺せてしまうのでは、と考えてしまう程に。


(なんなの……?)


 謎の漫才展開で助かったはいいが、それがどうしてかは全く分からない。


 そんな疑問は、彼女の中でやがて怒りへと変わっていく。


(なめやがって! バカにするのもいい加減にしなさいよ、あの二人! この屈辱、必ず果たすわ!)


 すでに一度諦めていた『明星優希の事故』は、予想もしない形で再開される。







 それから三日後。


 夜香が優希と顔を合わせるダンジョンはこれで二回目だ。

 もちろん、夜香が後出しで優希に合わせてきている。


(今日こそは!)


 固い決意を胸に、優希を殺ろうとするも……。





「ダメだった!」


 優希の活躍もあり、ダンジョンはあっさりクリア。

 おかげで、報酬もそれなりにがっぽがっぽ。


(というか、また強くなってない……?)


 そんな疑念を、首をぶんぶんと横に振る事で振り払い、次へと気持ちを向ける。


(次こそは!)





 だがやはり……


「なんで! なんでなんでなんで!」


 それからまた日が経ち、夜香は酒を片手に暗闇でやけになっていた。


 そう、この日も失敗したのだ。

 これで彼女の失敗は実に四度目。


「くうう……」


(そろそろ顔を合わせるのが気まずくなってきた。……ユヅネあの子とも)


 「次は無い」、確かにユヅネはそう言っていたはずだが、何故か夜香は結局何の罰も受けていない。


 何か思惑があるのかもと思考を巡らすも、あの明星優希の鈍感アホっぷりから、どうしてもそうとは考えづらい夜香。


 端的に言えば、何か気に食わない。


「はあ……」


 無理かも、二度目辺りからそう感じていた。

 だがそれでも、自然と足は明星優希へと向いてしまう。


 あくまで任務のため、そう自分を装って。


 それが“楽しさ”という感情の一端であることは、夜香は自分自身気づいていない。

 明星優希とダンジョンに潜る事を考えると、心が躍るような感覚があるのだ。


(なに、この感情……)


 闇に生きてきた彼女からすれば、正体不明の感情であった。


 幼き頃に母に捨てられ、児童養護施設に拾われた夜香。


 ダンジョン勃興以前も苦労をして生きてきた彼女は、家族として迎え入れてくれた父のために、どうしても明星優希を殺らなければならない。


 しかし、優希のしぶとさと、この感情が邪魔して上手くいかない。


 彼女は、イラだっていた。


「なんなのよ、まったく」


 そんな彼女がヤケになっている部屋に、オーナーが姿を現す。


「まだなのか」


「!」


 今の今まで、人としての感情を持っていた綺麗な瞳は、その姿を映した瞬間に感情を持たぬ瞳に黒く染まる。


 すでに条件反射的なものだ。

 今の彼女の目は、暗部「三日月夜香」の目だ。


「まだなのか、と言っている。こうしている間にも我々の“島”は荒らされている」


「次で……殺ります」


「それでいい。あまり心配をかけさせるな」


(心配……ね。自分の利益の心配でしょうに)


 言葉には若干引っかかりつつも、そう心に決めた夜香。


 そうして幸か不幸か、彼女に最後の“絶好のチャンス”が訪れる。







「おはよう」


「ええ、おはよう」


 いつも通りに挨拶を交わす優希と夜香。


 彼らの目の前には、最近よく見る黄に染まったリフト。

 Cランクダンジョンの入口だ。


 いつもと違うのは、


「今日は三人みたいだね」


「ええ……」


 ユヅネを含め、今日の探索は三人。


 最近よく見るようなメンバーはほとんどがギルドに所属しているため、隣の県に出現した大規模ダンジョンにこぞって参加しているようだ。


 彼らはギルド未所属の人間。

 本来なら三人での許可は下りにくいが、優希の活躍を知る協会が許可を下ろした。


 優希がいれば安心、そんな協会の信頼が如実にょじつに表れている。


「他のメンバーもいないし、早速行こっか」


「そうね……」


 優希に答え、その後をついていく夜香。

 気になるのは、視界の端で淡々と歩く、異様なほどに静かなユヅネ。


「……」


 そうして、今後のこの三人の行く先を大きく分ける出来事が待っているとも知らず、彼らはダンジョンへと足を踏み入れる――。





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