第21話 三日月夜香

 「このダンジョンを」


「はい、承りました」


 朝早くからギルド協会を訪れる一人の女。

 彼女の名は、三日月みかづき夜香よるか


 首の付け根までかからない、ゆるふわな茶髪ショートカットを持った小顔に、足の長い綺麗なスタイル。

 胸もそれなりの大きさがあるが、175cmの身長を持つ彼女は、全体的に見ればスレンダーという言い方が似合う抜群のスタイルだ。


 大人びた顔立ちも相まって、探索者じゃなければモデルとしての道も開けていただろう。


 そんな夜香は、ギルドには未所属のCランク探索者。

 だが、実力自体はBランク探索者に匹敵、もしくはBランクでも上位の方かもしれない。


 それでもギルドに属さない理由は、父を人質に、ある男に雇われているから。

 今回もその男の命で、あるダンジョンを探しに来ていた。


「他にメンバーは?」


「現在は三日月様を含め、五人となっております」


「リストをもらえるかしら」


「かしこまりました」


 夜香は、今回のダンジョン参加者リストを受付嬢から受け取る。


 そこには、詳細な個人情報などが載っているわけではないが、実績や所属ギルド、パーティー内での役割などが載っている。


 その中で夜香は『明星優希』の名を見つけた。


(間違いないわね)


「ありがとう」


 用が済んだ夜香は、きびすを返してギルド協会を後にする。

 彼女が探していたのは、優希が次に潜るダンジョンだったのだ。


(Cランクダンジョン……の中でもおそらく上位。Bランク寄りではあるか)


 夜香は今回のダンジョン情報を確認していた。


 ダンジョンの難易度は、リフトので判断・認識されている。

 ここ四年の人類の多大な犠牲の上に、ようやくランク分けがされたのだ。


 色分けは、協会公式によれば次の通り。

 F=無色、E=緑、D=青、C=黄、B=だいだい、A=赤である。


 チュートリアル的難易度であるFは無色で、Eから順に緑・青ときて、後はグラデーションのように赤に近づいていく。


 世間一般で最も危険視されるのはAランクの赤。

 まさに“危険”を表したような色だ。


 もっとも、Aランクダンジョンが確認されたのは世界でも一件のみ、

 この件に関しては、様々な憶測や噂があるが、協会が一件と発表しているので世間では大半がそう思っている。


 そしてこのリフトの“色”。

 実はリフトには、色は存在しない。


 同じCランクの中でも、青(D)に近い黄、橙(B)に近い黄、などが存在する。

 リフトの色の混ざり具合が、ダンジョンの難易度を表すのだ。


 今回のリフトは黄といえど、かなり橙が混じっている。

 つまり、CランクでもかなりBランク寄り。


 Cランクの中でも“上位”のダンジョンのようだ。


「……」


 夜香は、確認のためにステータスを開く。


-----------------------

ステータス

名前:三日月夜香


レベル:39


職業:シーフ(class:1)

特性:レベルアップ時、素早さに小ボーナス


攻撃力:518

防御力:509

素早さ:698

魔力 :495


スキル

・パッシブ:【急所攻撃クリティカルヒット

・アクティブ:【疾走アクセル】【隠密ハイド

-----------------------


(私でもギリギリだぞ。無茶な事言いやがって、あいつ)


「ちっ」


 夜香は一つ舌打ちをし、準備のため一旦帰宅する。 







 ダンジョンの集合時刻である、午後二時。

 一般的な昼食の時間帯を過ぎ、探索が活発になる時間帯だ。


「……」


 足音に反応し、ベンチに座る夜香は閉じていた目をゆっくりと開ける。

 足音の正体は、今回のリフトの前に現れた優希。


(あれが明星優希今回のターゲットね。実際に見ると本当に強くはなさそう。あんなのが、Cランクダンジョン荒らしだっていうの?)


 ここでの“荒らし”とは迷惑行為のことではない。

 あまりの活躍に目立ち過ぎている、という意味の荒らしだ。


「あ、はじめまして。明星優希です。今日はよろしくお願いします」


 優希は夜香を見るなり開口一番に挨拶をし、深々と頭を下げた。

 落ちこぼれの時の癖が未だ治っていないのだ。


(腰が低いのね……)


 それでも、この素振りはどこへいっても相手に良い印象を与えている。


「ええ、こちらこそ」


 夜香も挨拶を返す。

 ……そして、当然のように気になる。


「あの、あなたは?」


 姿勢をかがませ、優希の後ろにひょこっと隠れる少女にも話しかける夜香。

 こう見えて可愛いものには目がないのだ。


「ユヅネと申します! うちの優希様をよろしくお願いします!」


「あ、あはは。これはどうも」


 純粋無垢じゅんすいむくな様子で、手の平を自分に真っ直ぐ向けて挨拶をしてきたユヅネに、若干身を引く夜香。


(くっ、可愛いわね! 妹さん……なのかしら。全然似てないけれど。それにしても“うちの”って?)


「皆さんお集まりくださーい」


 優希とユヅネ、夜香が挨拶を交わしている内にリフトの近くから声が掛かる。


「集合みたいですね。行きましょうか」


「ええ」


(“良い奴ら”……か。余計に気の毒ね)


 三日月夜香、年齢は優希・ユヅネの二つ上の二十二歳。


 そして、彼女の周りでは“事故”がよく起きる。

 原因は一つ、彼女がのだ。


 夜香は恵まれたステータスを持って覚醒し、持ち前の戦闘センスも相まって、探索者としての才能があった。


 しかし、彼女の家は貧乏だった。


 ダンジョンによる現代の革命に乗り、彼女の父はダンジョン事業を始めるために大量の借金を背負い、失敗。

 残ったのは、その多額の借金のみだった。


 だがそれは、父の手腕が悪かったのではない。

 むしろ彼女の父の手腕を恐れた者が集団で共謀し、父をめたのだ。


 そして父の事業を吸収した者が社長となった。

 その社長が、今の彼女の雇い主オーナーである。


 組織は黒いことをやっていることから、“暗部”と言われている。


 夜香は父親を半ば人質にされたような形で、今はオーナーにこき使われている。

 下に幼き三人兄妹を抱える長女としては、言いなりになるしかないのだ。


(あの男の言いなりはむかつく。けど、家族みんなのためには……)


 そして今回の一件だ。


 自分の縄張りとしているCランクの島が荒らされているとして、彼女のオーナーは『明星優希の事故』を命じた。


 オーナーとしては暗殺を希望しているが、夜香はそれを嫌う。

 自分の手で直接、というのはどうしても身が引けてしまうのだ。


 そうしていつしか身に付けたのは、ダンジョン内での事故に装う暗殺に近い技術。


(ごめんなさい。でも、私にはこうするしか――)


 一人難しい顔のまま、じっと横目で優希を見つめる夜香であった。

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