第6話 いるはずのない怪物たち

 「なんか暗くね?」

「ああ、何も見えねえな」


 チンピラ達は暗い中、何も警戒することなく部屋の奥に向かって進んで行く。


 経験は浅いなりにも、俺にもボス部屋ならではの異様な雰囲気は感じ取れる。


 けど、何かおかしい。


「前だ! 全員止まって前を見ろ!」


 南堂さんが大声を上げた。


 途端、床一面に刻まれた大きな魔法陣から、魔物が湧き出るように出現し始める。


「「ヴォアアァァァァ!!」」


「なんだよ、あれ……」


 五メートル程の体格に、棍棒を持った緑色の魔物たち。


 見た目はゴブリン。

 ゴブリンには変わりないのだろうが、サイズが違いすぎる……!


 あんなの本でしか見たことがない。

 俺の認識が正しければ、ゴブリンの上位種【ゴブリンデューク】か……?

 

 もし本当にそうなら、通常種ゴブリンの四つ上位の魔物。

 Cランク……いや、下手をすればBランク相当の魔物だぞ……?


「おいおい」

「嘘だろ……」

「デカ過ぎんだろ……」


 だが、悲報は続く。


「優希様! 上を見てください!」


 ユヅネに言われ上を見上げる。

 その瞬間、俺は気が付けばリュックを投げ捨てて前に走り出していた。


「危ない!」


「あぁ?」


 ドガアッ! と轟音ごうおんを鳴らし、入れ墨の男がいた場所の地面が深くえぐられた。


 間一髪、俺が入れ墨の男ごとタックルで離れたから無事だったものの、一瞬でも遅れていれば、今頃は……。


 冷や汗が右のほおを伝う。


「グルルルル……、ヴォアアアア!!」


「──うぐぅ!」


 雄叫びだけで、体が吹き飛ばされそうになる。


「なんなんだよ……このさらなる化け物は!」


 入れ墨の男がぼう自棄じき気味に声を上げる。


 その気持ちも分かる。


 見た目は取り巻きのゴブリンデュークと似ているが、明らかに存在感が違う。


 まさか、デュークのさらなる上位種。

 ゴブリン最上位種の【ゴブリンキング】……なのか?


「こんなのがFランにいるわけねえだろ……」

「周りの奴らでも勝てっこないのに……」


 威勢の良かったチンピラ達ですら、目の前の状況に絶望して腰を抜かしている。

 南堂さんに至っては、放心状態でただ上を見上げるだけ。


 もし本当にゴブリンキングならば、Bランク上位……もしくはAランクと言っても過言ではない。

 はっきり言って、俺たちなんか道端のあり同然だ。


「ハァ……ハァ……」

 

 疲れているわけでもないのに、呼吸が乱れる。

 ただ待つばかりの死を目の前にして、激しく動揺しているんだ。


 それでも!


「く、来るなら来い! 俺が相手だ、化け物!」


 俺は懐から出した剣を構えた。

 何の効果もない、ショップで最安値で売っている形だけの剣だ。


 ゴブリンはおろか、スライムにもダメージを与えられなかったボロい剣。


「ハッ、ハッ……」


 呼吸は早さを増すばかり。


 俺には何も出来ない、それは分かってる。


 けど、ここで立ち上がらなきゃ、このチンピラ達も、南堂さんも全員死ぬのは目に見えてる!


 嫌な奴らで、いじめられてばっかりだったけど、こいつらのなけなしの報酬で食いつないできたんだ。


 そして何故か俺を慕ってくれる子、ユヅネ。

 たとえ違う「ゆうきさま」だったとしても、あの子も絶対に地上に帰すんだ!


 どうせなら最後まで抗ってやる!


「ヴォオオオォォ!」


「くっそおおお!」


 俺は剣を振るったが、怪物が下ろす棍棒に恐怖するあまり、目をつむった。


「……」


 だが、いつまで経っても棍棒と剣が交わる感覚が無い。


「……? なっ──!?」


 瞑った目をゆっくりと開けると、信じられない光景が飛び込んでくる。


「ふふん、どうですか? 優希様」


 目の前には、片手で巨大な棍棒を軽々しく受け止めるユヅネがいた。


「ユ、ユヅネ……?」


「決して強くはなくとも、目の前に危険が迫る人がいれば、なりふり構わず助けに行く。わたしは優希様のそういうところが好きなのですよ。そう、あの時も──」


「ヴォアァァ!」


 話の途中で割り込んできたゴブリンキングの咆哮ほうこうに、ユヅネは怒りの顔でそいつを見上げる。


「まったく、耳障りですね。せっかく思い出話でもしようとしておりましたのに」


「ヴォアッ!?」


 ユヅネが中指でピンッ! と、デコピンで巨大な棍棒をいとも容易たやすく跳ね返すと、ゴブリンキングは勢いのまま後方に倒れた。


 何が、どうなってるんだ?


「おっとと」


「ユヅネ!? 大丈夫か!」


 しかし、突然体の力が抜けたようにその場でふらつくユヅネ。


「やはり、現世こちらではまだ全然本気を保っていられないみたいですね」


「こちら? 一体何を……」


 俺が戸惑っていると、ユヅネは真っ直ぐに俺と目を合わせた。


「だから、あれは優希様が倒すのです」


「お、俺が!?」


 どう考えても無理だ。

 無理に決まってる! 


 ……けど、なんだその目は。

 本当に俺が、そんなこと出来ると思っているのか?


「大丈夫です。ほら、わたしの手を握ってください」


 手を?


「「ヴォオオオォォ!」」


「おい、周りの奴らもこっちに来たぞ!」

「役立たずとそこのガキ! 何とかしやがれ!」


 自分たちは腰が抜けて立てないくせに、チンピラ達は俺たちに怒号を浴びせる。

 ちくしょう、どいつもこいつも好き勝手言いやがって!


 俺は言われた通りにユヅネの手を握る。


 だが、特別な事は起きない。


「違います。こうです!」


 恋人繋ぎ!?


「なんでもいいです! とにかく攻撃を防げそうな物を思い浮かべてください!」


 なんだよ思い浮かべろって!


「「ヴォオオオオアア!」」


「「「もうだめだー!」」」


 くそっ、もうどうにでもなれ!


 俺は恐怖に逆らいながら、咄嗟とっさに心の中で“剣”を強く思い浮かべた。


 ガキンッ!


「なっ!」


「ヴォアッ!?」


 甲高い金属音が俺の目の前で聞こえたかと思えば、いつの間にか俺の右手は『虹色に輝く剣』を握っていた。


 その剣はゴブリンデュークの大きな棍棒を防いでいる。

 反対側から来たゴブリンデュークの棍棒は、ユヅネが受け止めた。


 俺は力を一切入れず、ただこの虹色の剣を握っているだけなのに、ゴブリンデュークの圧倒的な力にも全く押し切られることはない。


「ふふっ、優希様らしい派手な剣ですね」


「???」


 しかしこの状況に、俺の頭は完全に混乱状態。

 

「では、とにかく剣を振ってください! 優希様!」


 こうなりゃ最後までやってやる!


 剣を振るって、こうか!


 ズシャッ!


「えっ」


「ヴォオ……オ……」


 俺が持つ虹色に輝く剣は、身が斬れる快音を鳴らし、ゴブリンデュークの体を真っ二つに切り裂いた。


 同時にピコン、とどこかで音が鳴った気がしたが、今はそんなことどうでもいい。


「な、なんだこの剣」


「さすがです! さあ、こちらも!」


 ズバッ! とユヅネ側のゴブリンデュークに向かって剣を振り回すと、やはりいとも容易く体が真っ二つになる。


「これは、一体……?」


「ふふん、説明は後です。来ますよ、ラスボスが」


 ユヅネの視線につられ、俺は上を見上げる。


「ヴォオオオオオォォ!」


 先程よりも明らかに殺気立っている。


「……」 

 

 でも何故だろう。

 この剣を持っているからなのか、それとも隣に恋人繋ぎをしている可愛い少女がいるからなのか。


 分からない。

 分からないけど、すでに恐怖は一切なかった。


「優希様」


「おりゃあああ!」


 俺は虹色に輝く剣を思いっきり振り下ろす。


 ザンッ!


「ヴォ……オ……オ……」


 俺が持つ虹色の剣は、ゴブリンキングの巨体を見事に真っ二つにする。


 そして今度はピコン、ピコンと、二度どこからか音が聞こえたような気がした。


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