第三部第九章 天使達
138 ベヒモス
「ベヒモス?」
王女の別荘に戻ったところ。飛んできた刺をアカシック・アクセスで調べたあかりによると、あのダンジョンから出てきたのはベヒモスだそうだ。
「あれが、シャリの言っていた竜なのかな」
まあヨルムンガルドは竜というより蛇っぽかったしな。とはいえベヒモスって竜なのか?
「ベヒモスってゲームだとでっかい牛みたいなイメージなんだけど。ドラゴンっぽくなくない?」
「神話だとベヒモスはバハムートと同一視されているのよ」
「それだとドラゴンっぽいかな」
「そもそもキリスト教だとドラゴンと悪魔は同じもので古い神はまとめてそういう扱いなのよね」
まあ名前はいいんだけど。
「ベヒモスって、最後の審判の後に食べられちゃうんじゃなかったっけな」
あかりが何かを思い出したように言う。
「なにその設定」
「ゲームだとベヒモスのステーキとか出てくるのよ」
僕とあかりが神話トークをしていると、突然王女が顔を上げた。
「ベヒモスが動き出した」
王女がぼそっと言う。
「どうしてわかるの?」
「私には王国で起きていることはわかるのよ。そういう恩恵があるの」
まあ、確かにやたらにいろいろ詳しんだよね。
「で、どっちに向かってる?」
「ゆっくりだけど、王都ね」
「なんで?」
「それはわからない」
うーん。
「やっぱり有識者に聞いてみるか」
・・
「というわけで、有識者を集めてみました」
大司教の封印された部屋。僕ら四人と王女とパウル司教。
「おい、フィン、王女は分かるがこれはなんだ!?」
「私は大司教だ。久しぶりだなパウル君」
メイが腹話術のように話している。
「だから大司教ですよ。本人がそう言ってるじゃないですか」
「それでベヒモスなんだけど」
王女はいろいろ気にしないで話しかける。
「なんで王都に来るんでしょうね」
「ベヒモスは神の使い、つまり天使だ」
メイ(の中の大司教)が話す。
「ここには天使バーニヤがおる。対立する天使は引き寄せ合うのだ」
「そのバーニヤさんにどこかに行ってもらうわけにはいかないですか?」
王女が聞く。
「バーニヤがここから出ればベヒモスと相対して最後の戦いが始まる」
「すると?」
「今回の世界は清算されて新しい世界が始まる」
「ちょっと待って」
「この世界は神々のゲーム盤なのだよ」
『えー、なんだってー』
とも思うけどそうかなという気もしてたんだよね。なんとなく。
「ベヒモスが来るのを待ったらどうなる?」
「ここで最後の戦いが始まるな」
大司教の回答。それはそれで困るんですけど。
「ベヒモスって人間に倒せるのかな?」
「通常なら人間は近づくことすら不可能であろう。しかし今はまだ未成熟な状態であるから可能かもしれん」
「なんで未成熟で出てたんだろう」
「お前たちが起こしてしまったのであろ」
なんだろう、ヨルムンガルドを倒しちゃったことかな。
「ところで、大司教」
「なんだね」
「そのゲームをしている神々に会いたいんだけど」
「それはお前の信仰次第だな」
「そこをなんとか」
「ベヒモスを倒せたら供物に捧げてみたまえ」
「俺はなんでここに呼ばれたんだ?」
「共犯ですよ。パウル司教」
◇
「王女によるとベヒモスの移動速度はそれほど速くないですね」
「いつごろ王都につきそう?」
「計算だと、あと一か月弱」
「……三つの月が重なる時かな?」
「ですね……」
どうやら、偶然じゃないんだろうな。
「王都までの中間地点でベヒモスを迎撃しましょう」
メイが提案した。
「どうやって?」
「考えがあります」
メイが僕の顔を見る。
「手伝ってね。フィン」
・・
メイの秘密基地。大量の
「原子炉で使えばウラン238も燃えるのでもったいないんですけど」
「で、これどうするの?」
「水の時と同じです。軽いほうだけ残して重いほうは消してください」
「クリーンで?」
「はい」
メイは続ける。
「ウラン235は天然ウランに0.7%含まれています。今回必要なウラン235は70kgなので必要な天然ウランは」
「10トンか……」
ウランをガス化した化合物の入ったガラス容器にひたすらクリーンを掛ける。軽いほうを残して重いほうはゴミとして消す。10トンとか気が遠くなりそうだけど比重が大きいので実際はそれほどの量でもない。放射線が心配だけど環境耐性があるからなんとかはなるだろう、っていうかこういう恩恵を先回りして取ってしまう予知が若干気持ち悪い。
・・
1kgごとに分けられた濃縮ウラン235の塊が70個出来上がった。あとはメイが成型する。
・・
「こんなでかいものどうやって仕掛ける?」
出来上がったのは重さ1トンの鋼鉄と鉛の塊。3mほどの細長い円筒形をした核分裂爆弾。つまり原爆。
「今の重さの八割は遮蔽だから本体は200kgぐらいですよ」
「そうは言っても遮蔽なしじゃ危ないでしょ」
「これで包みます」
出てきたのは唐草模様の風呂敷。時間停止風呂敷だ。
「時間を止めてしまえば核分裂は起きませんから、放射線は発生しません」
「なるほど」
「これを地面に仕掛ける?」
「今回は最大効果を狙いましょう」
「というと?」
「口の中に突っ込みます」
・・
王都から150kmほどの丘に迎撃ラインを設定した。ラインといっても僕らの他に兵隊がいるわけではない。地平線の向こうにベヒモスが見える。
「ここで止められなかったら世界の終りまで二週間ね」
あかりがつぶやく。
「ていうか、二週間も一日も大して変わりなくない?」
「そんなことないよおにいちゃん!」
シャリが僕の手を掴んで言う。
「どうして、シャリ」
「二週間あれば、それだけおにいちゃんと一緒にいられる」
「おにいちゃんはずっと一緒だよ」
シャリを抱きしめて頭をなでる。
さあ決戦だ。
――
挿絵は核爆弾を作るメイちゃん
https://kakuyomu.jp/users/yamamoriyamori/news/16817330654307323307
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