第三部第五章 転送ゲート
120 巨大水棲生物
「いい天気ですね親方」
若い見習いの声で船頭はふと我に返った。小麦を乗せた船はもう数時間で王都に着く。川はこの辺りでは流れも緩く、今は若干の追い風。天気も良くなにも心配することはない。
とはいえ、操船中に気が抜けていたようだ。昨日深酒が過ぎたか。
「川の中には何があるかは分からん。お前はちゃんと気を付けてればいいんだ」
見習いに悟られないように威厳を込めて言う。
この辺りの川岸には岩場が広がっている。しばらく前にここで火山ほどの爆発があったという噂だが、それで何かあったわけでもない。恐らくは山火事に尾ひれがついたのだろう。
「川の中から泡が立ってます親方」
「泡ぐらい立つこともあるだろう、おっと!」
いきなり船が何かに乗り上げたように停まった。木がぎしぎしと軋む。
「浅瀬に乗り上げたんですかね」
「こんな川の真ん中に浅瀬はないだろ」
沈没船にでもぶつかったのか。船体が壊れていないといいんだが……。船底を調べていると上から声がする。
「親方、なんか出てきました」
「なんかではわからん」
「ハサミです」
見習いの当惑したような声。
「大きな蟹の……」
いきなり船が傾いた。船が持ち上げられている。
「なんだ!?」
慌てて外に出た彼が見たものは、船を挟み込む巨大な蟹のハサミだった。
◇
「川で船が化け物に襲われた?」
「そうなのよ」
王女に呼び出されたと思えばそんな話だった。
「僕たちとなにか関係があるんですか?」
「メイの土地のすぐ近くなのよ」
「えー」
まさかミミズがまだいたとか言わないよね?
「どうも川の中から大きなハサミが出てきたっていう話なんだけど」
ミミズじゃなかった。よかった。
「そんなの騎士団に何とかしてもらってくださいよ」
「川の中の何かとどうやって騎士団が戦うのよ」
「それって僕が考えることですか?」
「考えるのは誰でもいいんだけどね」
王女はにっこりと微笑む。
「私が何とかするってお父様に言っちゃったから、おにいさんが何とかして」
「えー」
「ご褒美はもらえるわよ」
王様のご褒美って紐付きなんだよな。
・・
「というわけで、あかり何とかして」
「なんで?」
「こういうのってあかりが得意じゃない?」
「だって。メイなんとかしなさいよ」
「なんで私ですか?」
「あなたの土地でしょ」
「えー」
多重下請け構造ってやつだな。
・・・
メイの「本拠地」の土地に四人で行ってみた。焦げた爆発後は相変わらず。ただ電車四両分の巨大ミミズの死体がない。
「ミミズの死体はどこに行ったの?」
「なくなってたから誰かが片づけてくれたんだと思ってました」
「誰かって誰?」
ミミズ跡地周辺には、尖ったもので地面を刺した跡がいくつも残っていた。跡を辿ると川まで続いている。
「川から何かが来て持って行った?」
「大自然の営みですね」
「単なる不法投棄では」
「とにかく私の土地には何もないようなので、この案件はあかりちゃんにお返しします」
四次請けから三次請けに案件が戻って来た。
「私もお兄ちゃんに返そうかな」
「今度レベル上げるときはあかりから優先するからお願い」
「うーん、しょうがないわねえ」
・・
「というわけで、物資の手配をお願いします」
あかりに言われたリストをシャルロットに手配してもらう。小舟を一艘と、餌として生きた豚、などなど。
「エリーに手配させとく。他には?」
「僕のレベルを預かってください」
ちゅっ。
・・
豚の胴体にロープを巻いて縛る。
「それじゃ川に放り込んで」
あかりが指示を出す。小舟の上には僕とあかり。あと豚。
「かわいそうじゃない?」
「人はみな他の生き物の命を奪って生きているのよ」
まあいいか。よいしょ。ドボン。
「ブヒー」
溺れるのかと思ったら豚って泳げるんだね。ロープを持ってしばらく豚を泳がせてみる。
「何も出ないね」
「大事なのは忍耐よ」
「おにいちゃん、釣れそう?」
川岸からシャリの声がする。見るとメイとシャルロットにエリーまで来ている。
「大事なのは忍耐だよ!」
そう叫んだとき、小舟が何かに乗り上げたようにガツンと停まった。メリメリと木材が軋む音がする。
「出たかも」
小舟が持ち上がり、いきなりひっくり返った。僕とあかりは川の中に投げ出される。水面に落ちる直前、巨大な蟹のハサミが小舟を粉々に粉砕するのが目に映った。
川の中に落ちたのに息ができる。というか僕の周り3mほどが空気がある空間になっている。
「あかりなにかした?」
「私はしてないけど……その盾ね」
どうやら首長亀竜からドロップした盾はこういう効能があるようだ。大きな気泡の中にいる感じ。水系の魔法ってこれだったのか。
濁った水中から巨大なハサミが襲ってきた。ハサミだけでも5mはあるぞ。盾で受けるがどうしたらいいんだこれ。水中で本体が見えない。
「いったん川岸まで戻ろうよ」
「そうね」
あかりが空間転移魔法を使う。
・・
『確かこの辺だったよな』
マントを使ってさっき襲われた辺りの上空まで飛ぶ。濁っててよくわからない。
『ま、いいか』
メイから借りてきた爆雷を投下。吹きあがる巨大な水柱。
『やったか?』
水が濁っててよく見えない。水面に近づいてみる。
ジャバーン!
濁った水中から巨大な蟹のハサミが襲ってきた。この展開いつもフラグしかないな。
『縮地!』
いったん川岸まで逃げる。
「とにかく陸上まで引き上げるしかないわね」
「どうやって?」
「お兄ちゃんがオトリになるとか」
「トレインならあかりのほうが専門じゃない?」
「おにいちゃん、来たよ」
シャリに言われて川の方を見ると、巨大なザリガニが川岸に上がって来た。でかい。ビルぐらいあるんじゃないか。
「蟹じゃなくてザリガニだったよ!」
みんなで逃げ出すところを追いかけてくる巨大ザリガニ。あのミミズを餌にするぐらいだからとてつもなくでかい。そして大きいからか意外と速いんだけど。
あ、ジャンプした!上から落ちてくる巨大なザリガニ。僕だけなら逃げられるが……
「おにいちゃん、シャリに任せて!」
シャリが進み出ると新しい恩恵を発動。
「
不可視の膜に跳ね返って巨大ザリガニがいったんバランスを崩して地面に落ちる。大地が揺れる。
「そろそろ私の番ね」
あかりが攻撃魔法をぶち込んだ。爆発音。クールタイムをはさみつつ2発、3発。メイも一緒になって爆発ダーツを投げる。ザリガニが爆発に包まれていく。
(・・ おにいちゃん乗って!・・)
シャリがグリフォンに変身した。乗り込んで攻撃力付加して覚醒もして、槍は最大長に伸ばす。しかし最近の相手は巨大生物ばっかりだな。こっちも大きくなれればいいのに。
グリフォンが飛び立つ。
「シャリ、それじゃ行くよー!」せーのー。
「縮地で突撃!」
・・
なんとか無事巨大ザリガニを撃破した。
「レベルが二つ上がった!」
デポジットでレベル2に下げておいたから上がりやすかった。これでデポジットが戻れば5になる。
「やった!」
「おめでとうフィン」
「おめでとうおにいちゃん」
「ブヒブヒ」
メイがぼそっとつぶやく。
「あのザリガニが最後の一匹だとは思えないのよね」
「フラグ立てないでくれる?」
――
フィン:レベル5(2 up)(人間:転生者)
・恩恵:レベル判定、レベル移譲、気配察知、槍使い、投擲、格闘、縮地、精神耐性、スタミナ向上、ロケート、手斧使い、スコップ、庇う、耐久力向上、罠スキル、炎、クリーン、テイム(妖精)、言語理解、耐熱、隠ぺい、盾術、力持ち、覚醒、突撃、予知、解錠、反射、恩恵奪取、メッセージ、ライト、騎乗、スイッチ、疾走、跳躍、水、氷、毒無効、毒消し、巨大化(new)、縮小化(new)
シャリ:レベル8(人間)
・恩恵:癒し(フィンに効果2倍)、プロテクション(フィンに効果時間2倍)、攻撃力付与、メイス使い、リワインド、状態異常耐性、催眠術、盾術、完全回復、変身、力場障壁
あかり:レベル8(エルフ:転生者)
・恩恵:鑑定、初級攻撃魔法、中級攻撃魔法、隠密、耐寒、マッピング、詠唱破棄、空間転移、アカシック・アクセス、エレベーター
メイ:レベル8(人間:転生者)
・恩恵:衣装製作、アイテム化、投げナイフ/ダーツ使い、エンチャント、形状加工、紙の神、上級錬金術、アイテム合成
シャルロット:レベル7(人間)
・恩恵:レベルブースト、[?]、[?]、[?]、レベル預かり、[?]、[?]
――
挿絵はシャリちゃん「バリアー!」
https://kakuyomu.jp/users/yamamoriyamori/news/16817330653537889744
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