幕間2

99【SS】幸運の恩恵chap.1

 少女は貧乏貴族の四女の生まれだった。


 貴族とはいえ最下級であればやっていることは農家みたいなものだ。畑はあれど小作人がいるわけでもない。人を雇ってはいるものの日々の仕事は畑仕事に追われる。それなのに付き合いはある。戦争といえば呼ばれ、そうでなくとも、なにかと臨時の税が課せられる。そんな家の四女だ。

 おそらくは十四で成人したら、さっさとどこかの貴族の子供に嫁に出される。というか嫁ならいい方で妾ならなにやらの可能性すらある。持参金があればマシになるがもちろん家にはそんな金はない。むしろ実家に金を引っ張ってこいと言われるかもしれない。


 もちろん貴族の端くれなのだから飢えて死ぬわけでもない。不幸ではないのだろう。しかしそれが幸せなのかというと彼女にはそうも思えなかった。自分の母や姉を見ても幸せそうには見えなかったのだ。

 幸せになりたいな。彼女は毎日念じた。


 そして、十三歳のある日、少女の授かった恩恵は「幸運」だった。



「それで三階のボスなんだが……レイラ、聞いてるか?」

レイラは物思いから意識を戻した。

「すまない、ちょっとぼーっととしていた」

「ダンジョンでそれはやめてくれよ。死んだら元も子もない」


 村の中、宿の前の茶店。癒し屋。


「何を考えてたんだ?」

「いや、あの子たちは大丈夫かなと」

「まったく、人の心配する前に自分の心配しろよ」

「そうだな、悪い」


 三階のボスを倒したとき、他の冒険者からレイラたちは一躍注目を浴びた。トロールリポップ地獄と呼ばれた魔の三階である。


 ところが、その後一か月以上経ってもレイラたちは四階どころか三階にも行かない。


 一般的にダンジョンのボスは初回が最も強いが見返り、つまり宝箱の中身も多い。それ以降はリポップしてからの待ち時間が短いほど見返りも少ない。つまり先頭集団が一番おいしいわけで、レイラたちは本来なら四階の攻略に率先して挑んでいてもおかしくない。


 とはいうものの、レイラたちのパーティとしては三階のボスはあの子供たちが倒してしまったようなもの。自分たちはおまけというか数を合わせただけだという認識だったのだが。


 今回、彼女たちが再び三階のボスに挑むのは、領主の騎士の依頼だった。三階のボスに挑んだ六人のパーティが戻らないという。


「ここの領主はダンジョン捜索も面倒見てくれるの?」

レイラが聞くと騎士は個人的な頼みだという。ちょっと好奇心が湧いた。

「知り合いなの?」

「顔を知っている程度だな。お前さん達と同じ」

「借りでもあるの?」

「そういうわけでも。いや、そんなようなものだな」



 ダンジョンの三階。レイラのパーティは現在レベル4がレイラのみ、他の三名はレベル3だ。構成としてはレイラがアタッカーで、二名が盾役。一名が斥候。盾役が多いので標準よりは堅めだが、レイラの持つ剣の攻撃力はその人数比を軽く上回るものだった。ついこの間手に入れた三階ボスの宝箱アイテムだ。そしてレイラの持つ恩恵もレベル4になってかなり攻撃に偏重したものとなっている。


「手馴れたもんだな」

レイラ達の戦いを見て騎士が感想を述べる。一緒にパーティに参加したものの今のところ手持無沙汰だ。

「教わったんですよ」

麻痺毒を使えるならトロールなどカカシのようなものだ。


 とはいうものの気になることが。


「三階ってこんなに広かったっけな?」

レイラがぼそっとつぶやく。

「いや、明らかに前より広いし構造も違う」

斥候役が答える。


「それどころか、ダンジョンの形が変わっている」

「なんだって」

「ここはさっき俺たちが来た道だが行き止まりになっている」


・・


「キリがない……」

レイラが疲れたようにぼそっと口にした。


 マッピングはしているものの道が変わるのであまり意味がない。さっきから気が抜けそうになるとトロールが現れるので気を張ったままだ。麻痺毒の残りは少ない。体力というより気力が限界にきている。騎士だけが無表情で変わらない様子。


「誰かいるかー!」


 いくつか目の分岐路、騎士は突然大声で叫んだ。反響音が響く。

「そんな大声出したら魔物が来るだろ」

斥候役がびっくりして騎士に文句を言うが、騎士は涼しい顔だ。

「魔物が来たら来たら倒せばいいだろ」


 小さな音が聞こえた。人の声のような気がする。騎士はレイラと顔を見合わせる。


「あっち!」

レイラは声が聞こえたと思う方向を剣で指した。


・・


「いた!」

ダンジョンの奥に人影。近寄ってみると人間だった。数えてみると三人。妙な臭いがする。

「他の人は?」

レイラが聞く。

「トロールにやられちまった。俺たちは魔物除けの香を使って隠れていたんだ」

三人の様子を見るがかなりボロボロ。手足こそついているが骨折の上、傷だらけのようだ。


「動けるか?」

「こっちの二人は厳しい。俺はなんとか」

そういう一人も傷だらけだ。戦闘は無理だろう。


「どうする?」

レイラは騎士を見やる。そもそも自分たちも戻れないのだからどうするもないのだが。


「ダンジョンの意思ってやつかな」

「ダンジョンの意思?」

「俺たちを試してるんだよ。おそらくボスを倒せば出られる」


「そんなの、ケガ人を連れて行くだけでも……ん、ちょっと待って!」

レイラは剣を抜く。異様な音が聞こえたのだ。喚き声のような音。だんだん大きくなる。さっきの声を聞きつけて何かがやってきたのかも。


 レイラと騎士が剣を構え、三人がクロスボウと弓を構える。


 待ち構えているところにのっそりと大きな姿が入ってきた。トロールだ、しかも四体!一斉に矢が飛ぶが焼け石に水。


「二体は私がやる!」

レイラは剣を突き出すと最近覚えた恩恵を発動させた。踊るように剣を振り中央二体のトロールを切りつけていく。複数を相手に最大攻撃を与える技、剣舞。

 右のトロールは騎士がエンゲージした。左は二人の盾役が耐える。


・・


「この状態でケガ人を連れてボスまで行くのは無理だな」

刻まれた四体のトロールをオイルで焼きながら騎士が言う。どうせリポップするが時間は稼げる。

「そうは言っても戻れないんでしょ。ダンジョンの意思ってやつで」

レイラは確認するように聞く。


「いや、戻る手段はないわけでも……」

騎士は懐から小袋を取り出した。開くと宝石が入っている。

「これは、階段の石という」

レイラは騎士の顔を見つめる。


「使うとダンジョンの階段を登ったところに行ける。ここからだと二階のボス部屋前だな」

「なんでさっさと使わないのよ?」

「六人までなんだ」


 レイラが見回す。動けないケガ人が二人、動けるがケガ人が一人、そしてレイラ達五人。


「私が残ってボスを倒して帰る」

レイラが騎士に告げる。

「無理だ。死んじまうぞ」

「私は死なないのよ」

「なぜ?」

「だって、いままで死んだことないもの」

「奇遇だな。俺もだ」

レイラはぽつりと騎士に言う。

「冗談で言ってるんじゃないのよ……」

「俺は死ぬのは怖くないんだ。それに」

騎士は周りを見る。

「ここにはハ人いる。少なくとも二人は残る必要がある」


・・


 重傷のケガ人二人を地上まで連れ帰るには四人は必要。骨折レベルのケガは薬草ではどうにもならない。癒し手に見せる必要がある。あるいは上級のヒーリングポーションを使うか。


 騎士が階段の石を使うと目の前の空間に階段が出現した。レイラのパーティメンバーと遭難者の合わせて六人が、どこにも通じていないように見える階段を上がる。階段はふっと消えた。残ったのは騎士とレイラの二人。


「上級のヒーリングポーションってトロールから作るって知ってた?」

「俺も最近知った」

「皮肉よね。材料ならいっぱいいるのに」

レイラは騎士の顔を見る。


「あなた、名前は何だっけ?」

「最初に自己紹介はしたんだけどな。俺はウェンだ」

「私はレイラ」

「知ってる」

「じゃあそう呼んで。私もウェンって呼ぶから」


次回にchap.2に続く


――

こちらレイラの挿絵です

https://kakuyomu.jp/users/yamamoriyamori/news/16817330652633839778

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