100【SS】幸運の恩恵chap.2

 ダンジョンを探索しながらレイラはウェンと話す。


「ウェンは死ぬのは怖くなって本当?」

「ああ」

「それは騎士だから?」

ウェンは苦笑する。

「騎士は関係ない」

ウェンは騎士といっても貴族ではない。領主に雇われているだけだ。


「じゃあなんで」

「俺はもう20年前に死んでるんだよ」

「幽霊なの?」

「似たようなもんかな」

「さっき死んだことないって言ってたよね?」

ウェンは苦笑する。


「死んだのを忘れてたんだ。ところでお前さんは怖くないのか」

「お前さんじゃなくてレイラ」

「レイラは怖くないのか?」

「言ったでしょ。私は死なないのよ」

「アンデッドなのか?」

「似たようなもんね」



 ダンジョンの通路を歩く道すがら、ウェンはレイラに話しかける。


「お前さん、じゃなくてレイラはどうして冒険者なんかやってるんだ?」

後ろにその歳でと付けそうになったのを飲み込む。20代後半は微妙な歳だ。


「私、以前結婚していたことがあるのよ」

「そうなんだ」

「うちは下級貴族だったけど貧乏でね、成人したとたん下級貴族の三男のところに嫁に出されたの」

レイラの語りをウェンは黙って聞く。


「そしたらある日盗賊が入ってね、私は堆肥の中に隠れてたんだけど一家皆殺しになって」

いきなりのヘビーな展開だった。


「それでお家断絶だから私は実家に戻ったんだけどね。ある程度財産ももらったし実家の人は喜んだんだけど。そのあとまた嫁に出されて」

まだあるようだ。


「今度はもうちょっと格式が高い家の三番目の嫁に出されたんだけど。まあ妾みたいなもんよね。そうしたら当主が戦争で死んじゃったのよ。それで一番目の嫁の子供が跡を継ぐことになっただけど、今度は二番目の嫁のほうが家に火をつけちゃって、そのあと結局犯人がばれて二番目の嫁とその子供も縛り首になってまたお家断絶で」

「なんか大変だったな」


「私はちょうど暇を取らされてたから無事だったし、ある程度お金ももらえたから別にいいんだけど。ただ実家に戻るのももう嫌だったし、そこから冒険者になったんだけどね」

「なるほど」


「冒険者になった後も何度か危ない目にはあったけど私だけは生き残ってきたのよ。こないだも私以外みんなトラップにかかったりとかね。ま、そんな感じで今はここにいるの」

ウェンは黙ってうなずく。


「私、運がいいでしょ」

そうかな。


「ところでウェンは最初っから騎士だったの?」

「俺は昔冒険者だったんだ」

「そうだったんだ」

「20年前のある日、ダンジョンで恋人とはぐれて」

「それで?」

「で、いまここにいる」

「ずいぶん飛んだよね」


「ダンジョンで彼女が待ってるかもしれないんだ」

「20年前でしょ」

「レイラと話すと調子狂うな」

「世の中なるようにしかならないのよ」

「そうかもしれないが」

通路の前のほうに大きな両開きの扉が見えてきた。



「ボス部屋ね!」

レイラは両開きの扉を背にして言った。手を腰に当てて胸を張った姿。


 ウェンの口元が少しだけ歪む。

「なに笑ってるのよ」

「いや、ちょっと思い出しただけ」

「いいけど……それじゃ開けるわよ」


 二人でボス部屋の扉を蹴り開けた。


 差し渡しで50メートルぐらいある広い部屋。トロールが8体と、ボス。身の丈5mほどもある二つ頭のトロール。


 まず普通のトロールが寄ってくる。


『行くわよ……』レイラは恩恵を発動する

「剣舞!」


 レイラとウェンで最初の四体のトロールは難なく倒すことができた。レイラがトロールの傷口にしびれ薬を垂らして剣先で押し込む。


 次の四体が来る。そしてボス。他のトロールの二倍近い大きさ。手には人よりも大きな棍棒を持っている。しかも両手で一本ずつ。


「ボスはお願い!」

「拝承!」


・・


 三回目の剣舞であと二体、そして四回目で残り。普通のトロールはすべて倒した。しびれ薬はぎりぎり間に合った。


「ウェン、あとボスだけよ」

「そりゃよかった」


 騎士の盾は既に変形して、盾としての機能はなくなっている。ボストロールのこん棒が振り降ろされる。ウェンは盾をトロールの顔めがけて投げつけると、思いっきり後ろに飛んで躱した。こん棒が目の前を通り過ぎ轟音を立てて地面を削る。

 そこに横からもう一本のこん棒が迫ってきた。今度はかわせない。なるべくダメージを減らすように飛ぶが、横薙ぎにされて地面を転がってしまう。


『あの子たちはこんなのとやりあったのかよ』

どう考えても自分より強いんじゃないだろうかあいつら。


「これ!」

立ち上がろうとしたところにレイラが近寄ってきて左手に何かを渡す。熱を感じる。火のついた松明だ。


「いくわよ」

レイラがボストロールに近寄るとオイル瓶の投擲を始めた。ボスの頭、ボスの体、瓶が砕けオイルが流れる。


 グォーーーー


 ボスが吠えるとこん棒を今度はレイラを狙って振り降ろす。しかしすでにそこにはレイラはいない。レイラは懐にまで潜りこむと剣を抜き横っ腹を切り裂いた。ボスは狂ったように暴れるがその攻撃はレイラには当たらない。こん棒を放り投げるとレイラを掴もうと両手を伸ばしてくる。


 ボゥッ


 ボスがレイラに気を取られてた瞬間、ウェンが左手の松明を押し付けた。オイルに炎が広がり、頭の一つが黒煙を上げて炎に包まれた。トロールの動きが一瞬止まる。


 ウェンの剣が一閃し、トロールの左腕を切り落とした。すかさずレイラが間合いに入り込んで切りつける。

 その時、ボストロールがぐるっと反転した。残った右の長い腕が回りこんでくる。


 ウェンはレイラの脇に入り込み、トロールの右腕を体で食い止めた。左半身に大きな衝撃。耐えてそのまま右腕に切りつける。筋肉を切断し骨にまで刃を食い込ませていく。


 グゥォォォグォオォ


 二つ頭のトロールの二つの頭が吠える。レイラが左足を攻撃。ウェンは右の足に切りつける。バランスを失ったトロールがゆっくりと倒れる。右の頭と左の頭。それぞれの首に剣を構える。


「一緒に!」


 レイラとウェンは二つ頭のトロールの頭を二つとも切り落とした。オイルの炎の中でトロールが泡立って溶けていく。


 二つ頭のトロールは黒い煙となって消えた。


 そして、ウェンも床に倒れる。


「ウェン、大丈夫!しっかりして!」

レイラはウェンを見る。左半身の鎧がぐしゃぐしゃになっている。腕が折れ、体からも血が流れている。


『どうしよう!』

レイラは辺りを見回す。ボスの宝箱がある。レイラは躊躇せず開けた。罠が掛かっていたが気にしない。

 中には金貨とポーションが入っていた。ポーションを掴む。中身の確認もせずに封を開け、ウェンの口に当てるがウェンは口を開かない。意識がないのだ。


 レイラはポーションを口に含むと、ウェンの口に唇を当て、ポーションを口内に流し込んだ。



「ウェン!ウェン!」

声がする。せっかく今彼女に会ってたのに。目を開けると見知った顔。


「なんだレイラか」

「なんだじゃないわよ。死んじゃったかと思ったでしょ」

「言っただろ。俺は幽霊みたいなもんだって」

「あなたは幽霊なんかじゃないわよ」

レイラは思いっきりウェンを抱きしめる。ウェンの口に再度唇を当て、今度は長いキス。

『痛い!痛いだろ!って、あれ、痛くない』


 キスが終わった時、ウェンはレイラに尋ねる。

「俺、大けがしてなかったか?」

「たまたま宝箱にヒーリングポーションが入ってたのを飲ませたのよ」

「運がよかったな」

「そうね。私、運がいいのよ」

「そうかもしれないな」

ウェンは何かを納得した様子。


「帰ろう、レイラ」


――


次回より第三部始まります

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る