86 亀竜

 どうしようもないので死体は置いたまま、リザードマン隊長の手を縛って先を歩かせることにした。走れないように足もロープで30cmぐらいしか動けないようにしている。後ろでロープを持ったまま槍でちょんちょんと突っつく。


 うまく避けられたのか、巨大ヘビには会わず沼に到着。見たところではリザードマンはいないけど建物に何人いるんだろう。


「お前の仲間はあと何人だ?」

【何だお前、何言ってるのか全然わからないぞ】

うーん。言語理解って相手には伝わらないんだな。


「おにいちゃん、シャリがやってみます」

シャリが隊長を見る。

【あと5人だ。お願いだから放してくれ】

なんとシャリのチョーカーの宝石だと通じるんだ。あれは言葉じゃなくて想いを直接伝えてるからかな。


「こいつより強いやつがいるか聞いて」

【俺より強いのは一人だけだ】

うーん、どうしよう。考えてみる。


『とりあえず友好的にコミュニケートしてみるか、それとも四人殺しちゃったし九人も同じか』


 いや、ここにあと一人いるから全部で十人か。そういえばさっき三人死んでたな。


 一応、皆殺しもなんだし降伏勧告を出してみようかと思う。

「仲間に降伏しろと言えと伝えて」

【それは、えっと、分かった。言うとおりにするからもっと近くに行かせてくれ】


 あかりに何かあったら吹っ飛ばしてねと伝えてから、隊長を前にして草地を出て建物に寄る。50mぐらいまで来た。ロープを引いてちょんちょんと催促。


 その瞬間、リザードマン隊長は尻尾を地面にたたきつけた。反動で飛び上がる。一瞬のことにびっくりして僕の手からロープが抜ける。

 リザードマンは尻尾でピョコタンピョコタン跳ねながら建物のほうに行ってしまった。カンガルーみたい。っていうかそういう場合じゃなくて。


「あかり!」

振り返るとすでにあかりは呪文の詠唱を開始している。詠唱破棄じゃなくてフルバージョン。隊長は建物にたどり着いたところ。扉が開いて中に入っていくが、すぐに中からわらわらとリザードマンが現れる。こっちを指さしている。そこに白い光の塊。純粋なエネルギーが光となって広がる。リザードマンと建物は光の中に飲み込まれ、影となって消える。


 ドガーン!


 衝撃波がやって来た。遅れて爆風。


 見ると建物はなく残骸が散らばるだけ。僕たちはダンジョンであんなのぶち込んでたんですか。

 残骸の中から一人が起き上がった。さっき言ってた強いやつかな。それが手を上げるとマントがはためいた。そして体がふわっと浮かび上がると、沼のほうに飛んでいく。逃げる!僕は槍を構える。


『縮地!』

空中でリザードマンと激突し、槍が胸を深々と貫いた。落ちる。


 ドボーン!

 

 僕とリザードマンは沼に墜落した。


 落ちたところはまだ岸近くだった。力持ちの恩恵で強引に泳いで陸に向かう。リザードマンは死んでいるみたいだが引っ張っていく。あかりの魔法であちこち焼け焦げているがなぜかマントだけきれい。


「おにいちゃん!」

シャリが猛スピードで走って来た。僕を陸地に引き上げる。

「お兄ちゃん!」「フィン、大丈夫?」

あかりとメイもやって来た。


「大丈夫だけど。こいつはどうやって飛んだんだろう」

「空飛ぶ恩恵は聞いたことないわね。アイテムとか?」


 その時、沼で大きな水音がした。巨大な水柱が立ち、その中から爬虫類の頭と長い首が現れる。その後ろには胴体か甲羅か。前に見た首長の巨大カメだ。


「おにいちゃん」

シャリが僕にしがみつく。どうする。


・・


 前に見た時はリザードマンには攻撃していなかったな。意外とおとなしいのかもしれない。刺激しないようにそーっと。


「みんな、ゆっくり下がるんだ」


 僕らはじわじわと沼から遠ざかる。首長カメの大きな頭は鎌首をもたげ、喉が膨れ上がって。なんかヤバそう。僕のほうは向いていない。向いている方向は。


「あかり!逃げて!」


 あかりが走り出した。首長カメが口を開く。なにかが間に合わない気がする。

『庇う!』

あかりの背後に瞬間的に移動した。そのままあかりに抱きついて。


『縮地!』

草地のほうに更に瞬間移動。


 振り返るとカメの口からロケット噴射ほどの蒸気が噴射された。ついさっきまで僕とあかりがいたあたりを蒸気が吹き荒れている。数十メートル離れてもむっとした熱が伝わってくるほど。高温のスチームブレスだ。


「あれはドラゴンだわ。えっと、タートルドラゴン」

そんなのいるのかよ。


 タートルドラゴンはブレスの後、また動き出した。僕らを見失って次の目標を探している。一番近くにいるのは。


「シャリ!逃げろ!」


 タートルドラゴンの喉が膨れ上がってきた。

『庇う!』

シャリの前に瞬間的に移動。振り返ると首長カメの巨大な頭がすぐそこに。喉が膨れて口を大きく開く。


 さっきのブレスだとすると耐熱があるから僕は生き残るかもだけどシャリは耐えられない。縮地はもうない。残り時間はあと数秒。


「シャリ!」

「おにいちゃん?」

「死ぬなよ」


『覚醒!』

ステータスを上昇させる。そこから力持ちの恩恵をフルに発動しさらに投擲を目いっぱい発動。シャリの体を掴む。


「てやーーーーー」

シャリをあかりのほうに思いっきりぶん投げた。次の瞬間ドラゴンノブレスが僕を包む。


 耐熱があるので熱のダメージはないが水と蒸気が僕の体に当たる。メイがアダマンタイトで作った小手と脛当てが砕ける。鎧がダメージに耐えきれなかったのだろう。


 蒸気に押され僕も地面を転がされる。やがて蒸気が収まってってきた。顔を上げる。


 そこには巨大なタートルドラゴンの頭。その口が僕を飲み込むように大きく開く。カメなのに歯があるんだな。すっぽんみたいだ。


 僕の体を食いちぎるように口が迫る。さっきのリザードマンの死体が水辺に落ちているのがちらっと見えて。そういえばあのリザードマンはどうやって飛んだんだっけな。えっと、たしか、マントが。それを忘れるな。

 巨大な口が僕の視界を覆いつくす。そして。


 タートルドラゴンの口が閉じた。

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