76 ケイト
「同じだとすると、この先はボス部屋でオーガが六体とオーガメージにオーガロードだったわね」
「僕の縮地は一回」
「私は大技はあと三回」
「あかりが魔法を連射したら倒せないかな?」
「同じ系統の魔法はクールタイムがいるから詠唱破棄しても連射はできないのよ」
そうなんだ。
考えてみる。さっきのオーガ戦の傷を回復したのでシャリの回復も多くはない。取り巻きだけならなんとかなりそうだけどボスが読めない。
「今日はこの辺で戻ろうか」
・・
「僕たち、同じところ歩いてない?」
出口に向かって歩いているのだが一向にたどり着かない。こんなに遠かったっけ。
「出口がない」
マッピングの恩恵を持ったあかりが困惑して言う。
一旦休憩をとることにした。今日は日帰りの予定だったのであまり食料を持っていない。これは裏山で遭難のパターンかも。映画にあったな。ブラックホークダウンだっけ。
「閉じ込められたかな」
「誰にですか?」
独り言をメイに拾われた。
「えっと、ダンジョン?」
「ダンジョンに意思があるんですか?」
「ラノベだとね」
「そんなのファンタジーよ」
あかりが口をはさんできた。エルフが言うと説得力ない。
「ともかく、戻れないなら前に行くしかないか」
・・
さっきの広間まで来た。オーガがリポップしてないといいんだけど。
そっと進むが物音一つしない。オーガはいないようだ。気は焦るがここは慎重に。でもつい早足になる。
「ヒェィ」
誰かから空気の抜けるような声。誰かと思ったらあかりだった。珍しいな。
「どうしたのあかり?」
あかりは前を指さしている。何かいる?よく見る。
「なんだあれ?」
薄暗いダンジョンにぼんやりとした姿。陰というか光というか白っぽく透き通った何か。人の形はしているがはっきりしない。何体もの姿がすーっと近づいてくる。
「出た……」
「なに?」
魔物かな。今までに出てきたのとは違う感じだけど。あかりが慌てているということは敵なんだろうか。ひょっとしてこれが幽霊?
「マジックボム!」
いきなりあかりが詠唱破棄で魔法を唱えた。目の前に白い光の塊が発生、純粋なエネルギーが広がる。いや、近すぎだって。
僕らの至近距離であかりの魔法が炸裂した。
◇
「大丈夫?」
女の人の声がした。
薄暗いダンジョンの天井が見える。その手前に僕を覗き込む人の顔。髪が長い。さっきの声の女性だろうか。頭の下は何か柔らかい感触。
『え!?』
膝枕で寝ている。起き上がろうとするが頭をそっと押さえつけられる。
「無理しちゃだめよ」
女性の声を聴きながら記憶を整理する。確か、透き通った何かが出てあかりが魔法を使って爆発して……
思い出した。がばっと起き上がる。
「シャリ!あかり!メイ!」
「誰か見ませんでしたか?」
僕を膝枕していた女性に聞く。金属で補強した皮鎧を着けて剣を下げている。兵士ではない。冒険者かな。僕らほどではないがかなり若い。彼女は困った目で僕を見ている。
「すいません。僕はフィンと言います。僕の仲間はここに居ませんでしたか?」
「私が見つけたのはあなただけよ」
女性が答える。
「私はケイト。私もパーティとはぐれて一人なの」
「そうですか」
ケイトは六人パーティだったそうだ。オーガの集団から逃げているうちに一人になってしまったとのこと。
ともかくは一緒に仲間を探すことになった。
ちらっとケイトさんのレベルを確認したところ2だった。オークよりは強いがオーガには勝てなそう。
・・
そういえば僕にはロケートの恩恵がある。シャリのチョーカーの宝石、あかりの短剣、メイのチャクラムを順番に思い浮かべるが。
『反応なしか』
このフロアにいないのか。遠すぎるのか。
しかしダンジョン、かなり広くてすぐ道に迷いそうになる。いつもはあかりがいるから気にしてなかったんだよな。
「誰にも会わないわね」
「そうですね」
もっとも何もいないわけではない。敵は出てくるんだけど。
『オークばっかりだな』
いや、オーガに出られても困るんだけどね。幽霊も。
「君、結構強いね」
「ケイトさんもなかなかじゃないですか」
ちょっと打ち解けてきた気がする。ケイトさんは10代後半ぐらいかな。疲れてるけど優しい顔をしている。こんなところで一人でよく大丈夫だったな。
しかし、ここにいるオークは何食べてるんだろう。この辺があかりの言うダンジョンの不自然な生態系ってやつなのかな。
それから、やはり僕の記憶とは構造が違う。二階に行く出口もボス部屋も見あたらない。同じような通路や部屋が繰り返し繰り返し出てくるのだ。やはりまだ閉じ込められているのかもしれない。
・・
仲間を探してずっと歩いた奥の方、壁面が切り出した岩壁から洞窟っぽく変わってきた。この辺はオークが来てないようでさっきから静かだ。安全そうだしちょっと休みたいところ。
洞窟に水場を見つけた。1mほどの水たまり。濁っているけど。僕の出番だ。
『クリーン!』
水以外はゴミだと強く念じると、うまくいった。深さ50cmくらいの水たまりは澄んだ水に変わる。飲んでみると味がない。純粋な水になっちゃったみたいだけどまあいいか。
「この水は大丈夫です」
とりあえず水は飲んで水袋にも入れて一息ついた。ケイトさんがぼそっと言う。
「これでお風呂に入れたらもう思い残すことはないんだけどなー」
お風呂か。理屈の上では可能かな。何かで読んだことがある。
「ちょっと待っててください」
・・
岩を集めてきた。並べて炎の恩恵で加熱する。ケイトさんはちょっとびっくりして見ている。焼けた岩を水の中に入れると水蒸気のあがるジュッという音。焼け石を手で次々と入れてみる。耐熱の恩恵があるから手で持てるのだ。お湯の温度はいい感じかな。
「お湯が湧きましたのでどうぞ」
僕はくるっと背を向ける。
「それじゃ失礼して」
装備を外すカチャカチャいう音。布の落ちる音。そして水に入る音。チャプチャプという水音。
「フィン君も一緒に入ろうよ」
「僕は見張ってないといけないので」
背を向けたまま答える。くすっと笑い声。
「ダンジョンでお風呂入れるなんて思わなかった」
僕も思わなかったですよ。
・・
「いいお湯だったわよ」
ケイトさんが僕の横に来た。濡れた茶色の髪の毛が艶っぽい。僕に優しい笑顔で微笑みかける。緑の目。ちょっとあかりに似てるな。
「みんなどこにいるんだろう」
「帰っちゃったのかもしれないわね」
「それならいいんだけど」
ケイトさんが黙り込む。
「恋人がいたの」
「え?」
「パーティに恋人がいたのよ」
「そうなんですか。心配ですね」
「うん。戻っててくれればいいんだけど」
「きっと探してますよ」
「もうかなり経っちゃったから」
ケイトさんはしばらく口を開かない。
「さっきはもう思い残すことはないって言っちゃったけどもう一つあるんだ」
「なんですか?」
「恋人が私のことをずっと気に病んでるんじゃないかって」
「そりゃそうでしょう」
「罪悪感を持ってるんじゃないかって」
「はぐれたんでしょ?」
「責任感が強い人なのよ」
「それじゃ早く戻らないと」
「そうね」
――
ケイトの挿絵「フィン君も一緒に入ろうよ」
https://kakuyomu.jp/users/yamamoriyamori/news/16817330652704816755
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