第二部第三章 黒髪の少女
49 メイ
「お嬢様、逃げてください!」
叫び声は森の中に吸い込まれて響かない。黒髪の少女はへたり込んで目の前の惨状をただ見ている。
護衛に雇った冒険者二人は既に死んでいる。目の前の大きな化け物に叩き潰されたのだ。人よりも背が高く、幅は更にある。人というより熊だが、直立して、こん棒を持っている。
『私のために……』
元はと言えば彼女をダンジョンというところに連れていくために雇われた人たちだ。そして一人残ったのは実家の元番頭のダストンのみ。初老の男が剣を持って巨大な化け物に向き合っている。冒険者が勝てなかったものが勝てるとは思えない。
「お嬢様、立って!」
少女はぎくしゃくと立ち上がる。
「3つ数えたら後ろを向いて全速力で走ってください」
「できないよ、ダストン」
「メイちゃんならできますよ」優しい声がする。
「3」
「2」
「1」
「走って!」
少女は後ろを向くと全速力で走る。躓きながらも走る。
「バキッ」
後ろから何かの音がする。
後ろからもう声はしない。振り返らないで走った。
◇
「兄妹会議を開催します!」
兄妹が納屋に集合する。干し草の上にみんなで座り込む。議長はすっかりあかりの役。なんか偉そう。
「今日の議題はお兄ちゃんのレベリングについてよ」
ついに僕のレベルは自分のものじゃなくなったみたいだし。いや、前からかな。
僕は今レベル1だからね。うっかりすると道を歩いていても死にかねない。さっさとレベル上げたほうがいいとは思う。レベル4にするのはかなり大変だけど2から3なら可能な範囲だ。
「一応聞くけど、どこまで上げればいいの?」
「お兄ちゃんには早くレベル5になってもらわないと」
「どへー」
思わず声が出る。
「っていうか人類に可能なのそれ?」
「レベル4より全然少ないけどいるよ。うちの長老とかもっと上だったし」
あー、あの鎌倉時代から生きてる人ね。っていうかエルフじゃん。
「レベル5ねえ」
なんというか、小学生から頑張ってプロサッカー選手になるぐらいの確率かな。そりゃいるはいるだろうけど大変だ。僕は恩恵の数も多いし妹たちにレベリングしてもらえるからまだ楽なんだけど時間かかりそうだな。
うーん。僕は干し草の中に倒れ込んだ。
ぽよぽよん。あれ?
「なんかある」
妹二人が僕の顔を見る。
「ここに何かあるんだよ」
藁じゃなくてなにか柔らかくてしかも弾力のあるものが手に当たった。
揉んでみる。
ぽよよん。
「なんだろう?」
三人で干し草を掘ると、女の子が埋まっていた。
◇
触ると息がある。生きてる!
ひとまず寝室まで連れて行くことにした。僕じゃなくてあかりが背負うんだけどね。レベル6だし背も高いし。
寝かして、シャリがヒールを掛けた。身長は僕と同じぐらいかな。服装はチュニックにズボンだけど泥だらけ。旅人とか冒険者とかそういう感じ。真っ黒の髪に藁がからまっているのを取ってあげる。黒髪なんて珍しいな。少なくともこの村にはいない。
「黒髪っているんだね」
あかりに向かって聞く。
「まあ、いなくもないけど。それよりこの子、転生者だわ」
あかりの鑑定の恩恵は前世もある程度わかる。
「出身は……中国?。多分大学生くらいかな。今はレベルなしね」
僕も自分の恩恵で彼女のレベルを確認する。
『レベル0.3ぐらいかな』
ということは……
「子供か……」
まあ僕たちも子供みたいなもんだけどね。
『子供にしてはスタイルいいな』
さっき触った胸の感触を思い出す。シャリのようなスラっとした体型じゃなく、弾力性の高い感じだった。本当に子供なのかな。レベル0.3だとするとかなり若いはずだけどそうは見えない。
それに、スタイルはいいし珍しい黒髪の美少女なのに存在感がない。放っておくと消えてしまいそう。この感じ、前にも。
シャリのヒールが効いたのか、女の子が目を覚ました。
女の子の前でシャリが天使のように微笑んで訊ねる。
「ここがどこかわかる?」
「ひょっとして天国ですか?」
あーわかるその気持ち。
・・
ひとまずお茶を飲ませた。お腹がへっているようなのでタピオカティーにする。
「じゅじゅじゅじゅじゅ」
一瞬で吸い終わった。そんな急ぐとタピオカが喉詰まるよ。
「ありがとうございます!なんか懐かしい味がします」
「ところで名前は?」
「私はメイといいます」
こっちも自己紹介して、女の子になんで干し草に埋まってたのか話を聞く。
「森で化け物に襲われて、みんな多分死んじゃって、私は必死に逃げてきたんですけど、もう暗くていろいろわからないから、とりあえず明るくなるまで隠れてようと思ったんですけど……」
メイがたどたどしく話す。どこか育ちの良さを感じる話し方だ。
「みんなって誰?」
「えっと、元番頭のダストンさんと、あと護衛に雇った冒険者の人が二人で……」
メイの表情がどんどんと暗くなる。
「まあうちで休んでてよ。食べ物も持ってくるから」
「……ありがとうございます……」
僕はちょっと食べ物を買いに行く。最近は村の中でもいろいろ売ってるのだ。あかりに服を見繕ってもらう。シャリは留守番だ。お店もあるし。両親はもう春なので畑に行ってる。
・・
戻ってきたら、話し声がする。シャリと話をしてるのかと思ったけどシャリはお店だな。
「これ着替えよ」
ちょうどあかりが畳んだグレーの布を持ってきた。服を買ってきたのかな。うちの人はみんなサイズ違うしね。っていうか、あれ?
『ここにあかりがいるって事は?』
戸を開けるとメイの声がする。
「……そうだったんですね」
部屋を見る。メイしかいない。
「誰と話してるの?」
「そこの人ですよ」
誰もいない。ひょっとしてやばい子?
「何を話してたの?」
「シャリさんのことを聞いてたんです。昔は体が弱かったんですね」
なんでわかるの?
「私もそうなんです。ずっと体が弱くて」
えーっと、聞きたいことが幾つもあるんだけど、とりあえず一番重要そうなことを聞いてみる。
「メイって自分の誕生日わかる?」
「あと3日ですね。次のお正月で14歳です」
もう一度恩恵で確認してみる。やっぱり彼女のレベルは0.3しかない。
――
メイちゃん挿絵はこちら
https://kakuyomu.jp/users/yamamoriyamori/news/16817330652539205075
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます