第32話 穴
「おにいちゃん、大丈夫?」
うーん。
目を覚ますとシャリは心配そうに見ている。僕の手を握っている。
「ここは?」
「わかんないけど穴の中」
薄明るいので周りは見てとれる。岩壁、石の床、天井はぼんやり光っている。どこから落ちてきたんだろう。
「あかりは?」
あたりを見回す。あかりは見当たらない。
「あかりって誰?」
「え?」
「冗談よ」
「びっくりした!」いや、いろんな展開を予想しちゃったじゃないか。
「でもおねえちゃん見当たらないね」
「えっと、どうしよう」
僕はびっくりして立ち上がった。
「その前に!」
シャリが僕の前に立つ。
「おにいちゃんは、本物?」
そういえば、前もこんな展開あったな。その時はあかりだったけど。
「うーん、どうしたらいいかな」
「お兄ちゃんしか分からない質問をしますから答えてください」
「なるほど」
シャリが僕に立ったまま抱きついてきた。僕の体に腕を回してくる。僕もシャリの腕の上から抱き抱える。
「第一問!」シャリが僕の胸に顔を当てたまま声を出す。
「シャリはおにいちゃんの妹なの?」
シャリが僕を見上げる。僕は下を向いて屈み、そっと口づけをする。
シャリが右手で僕の尻を一回揉む。正解のようだ。
唇を放すと、シャリは僕の顔を見て微笑んでいる。かわいい。なごむ。でも心の中に別の心配が。あかりはどこにいるんだろう。
「あかりが寂しがってるころだから、探しに行こう!」
シャリは一瞬目を閉じて、開く。
「わかった、おにいちゃん」
『ロケート!』
恩恵を発動する。対象はあかりの持っている短剣。
方向は壁の向こうだった。
「とりあえずあっちかな」
仕方ないので通路を移動する。通じている道を探そう。
◇
「不覚だわ!」
レベル5なのに落とし穴に引っかかるなんて。
『お兄ちゃんも、シャリもどこ行ったんだろう?』
落ちてきたのに天井に穴がないのも不可解だった。床も壁も石造り。天井はぼんやりと光る。明らかに天然の洞窟ではない。
『ここは、ダンジョンみたいね』
あれほど行きたがっていたダンジョンなのに、一人だと不安だ。
「あかりちゃん、行くわよ!」
自分に声をかけてみるが、森の中と違って全能感は出ない。
・・
細い通路の先が小部屋に通じている。扉はない。そこには大きな人の像。黒光りする鉄でできている。隠密で近寄ってみる。
ガッ!
動き出した。慌てて部屋から出て通路に戻る。
鋼鉄の巨人、アイアンゴーレムだ。ゴーレムに隠密は効かないのだ。もっともガーディアンであるゴーレムはその場を動くことはほぼない。
あの小部屋にはゴーレムの搬入口があるはずだ。壁のどこかが開くのかもしれない。そして未だ他に出口が見つかっていない。
あかりの魔法であればアイアンゴーレムを倒すことは難しくない。たぶんマジックボムを何発か打ち込めば倒せる。ただし、マジックボムは威力過剰だった。そもそも狭いダンジョンで使うような魔法ではない。自分まで巻き込んで自爆攻撃になってしまうし下手すると壁が崩れる。かといってマジックミサイルでは倒せない。
「うーん、どうしよう」ここを通らないと先に行けない。
(・・きこえますか・・)
(・・今、おねえちゃんの心の中に直接話しかけています・・)
シャリから定期的に連絡が入るのだが、それがさっきからあかりをイラつかせる内容だった。
◇
「おねえちゃん大丈夫かなあ」
「心配は心配だけど僕らよりよっぽど強いんじゃない?」
「それはそうなんだけど」
「シャリは心配しないで大丈夫だよ」
(・・おねえちゃんのことは心配しないでも大丈夫だとおにいちゃんが言ってます・・)
・・
ここはどうやらダンジョンみたいだ。ゴブリンがわらわら出てくる。普通のゴブリンなら何十匹いても問題ないが、ホブゴブリンの戦士はあなどれない。
「おねえちゃんが居てくれたらなあ」
「そんなこと言ってもしょうがないだろ」
(・・おねえちゃんがいなくってもしょうがないって・・)
・・
ホブゴブリン戦士の集団をなんとか倒した。前回新調した槍は調子がいい。あとシャリの新しいメイスも大活躍で、打たれた相手は一定確率で麻痺するようだ。いわゆる魔法の武器だ。
「いやー、大変だった」
「シャリもう疲れた」
「よく頑張ったな」
「えへ」
(・・おにいちゃんがよく頑張ったなって褒めてくれた・・)
「おにいちゃん、シャリのこと好き?」
「なんだよ唐突に」
「好きって言ってくれないともう歩けない」
「シャリのこと大好きだよ」
「一番好き?」
「一番好きだよ」
「元気になった!」
(・・おにいちゃんがシャリのことが一番だって・・)
・・
『ロケート』の恩恵を使って方向を計測すると、二点から測っての交点があかりの位置になる。直線距離は近いのだが通路がない。
「この壁のちょっと向こうぐらいなんだけどな」
「シャリもう疲れました」
「さっき元気になったのに」
「もう一回言ってくれないと動けない」
「シャリが一番好きだよ」
シャリが僕に抱きついてきた。上目遣いに僕の顔を見上げる。
「シャリ、頑張ってるよね」
「頑張ってるよ」
「あかりおねえちゃんより?」
「そうだな」
(・・おにいちゃんが、シャリはあかりおねえちゃんより頑張ってるって・・)
ドカーン
地面が揺れた。爆発音とガラガラと何かが崩れる音。
ドガーン
地面が揺れた。さっきより爆発音が大きい。
ボガーン
ダンジョンの壁が崩れた。
埃と煙の中から、あかりが出てきた。あちこち焦げて煤けている。
「なんでわたしのことのけ者にするのよ!」
あかりは泣いていた。
◇
「のけ者になんてしてないよ!」
「嘘じゃないでしょうね」
「嘘じゃないよ!」
「じゃあシャリが嘘言ったの?」
「シャリは嘘は申しません」
純真な感じの目でシャリはあかりの目を見る。
あかりは僕とシャリを交互に見て、宣言した。
「兄妹会議を開催します!」
・・
あかりがシャリから聞いたメッセージを説明する。
「確かに言ったことは言ったけど」
「ほらシャリは嘘言ってないでしょ」
「やっぱり私のけ者じゃない」
「ところであかりおねえちゃん……」
シャリはあかりに言う。
「おにいちゃんをシャリに譲るって言いましたよね」
シャリはメイスをあかりにかざす。
「パラライズ!」
シャリのメイスから紫色っぽいオーラが出てあかりを包む。麻痺攻撃だ。
「おにいちゃん♡」
シャリは僕を見る。近寄ってくる。
「邪魔なエルフはいなくなったわ」
僕はシャリを抱きしめた。小さい体。いつもならグニャっとする柔らかく軽い体が今日は石のように固く、重い。
どうしたらいいんだろう。こういうときは。あかりは何て言ってたっけ。
「シャリ!」
シャリの顔を無理やり上に向かせ、その小さな唇に口づけをする。するとシャリが口を開いて思いっきり口づけを返してくる。僕の口にシャリの舌が入ってくるが、その薄い舌を僕の舌で舐めとる。
シャリの小さな顔を両掌で挟むと、僕は反撃を開始する。シャリの舌を僕の舌で押し戻し、その口に僕の舌をゆっくりと入れる。歯の隙間をこじ開け、シャリの舌の下側をそして上側を舐める。僕の唾液がシャリの口の中に流れ込む。シャリが僕を迎え入れる。
体の奥からこみあげてくる。
『
シャリと僕との間にレベル回路が形成される。
『
あれ?
・・
「あれ、おにいちゃん、ここはどこ」
――
フィン:レベル2(down)(人間:転生者)
・恩恵:レベル判定、レベル移譲、気配察知、槍使い、投擲、格闘、縮地、精神耐性、スタミナ向上、ロケート
シャリ:レベル5(up)(人間)
・恩恵:癒し(フィンに効果2倍)、プロテクション(フィンに効果時間2倍)、攻撃力付与、メイス使い、リワインド、状態異常耐性(new)
あかり:レベル5(エルフ:転生者)
・恩恵:鑑定、初級攻撃魔法、中級攻撃魔法、隠密、耐寒
――
あかりちゃん怒ってダンジョンの壁突き破ってきた挿絵はこちら
https://kakuyomu.jp/users/yamamoriyamori/news/16817330652747275080
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます