第28話 夢

 夜。就寝の時間。


『これを飲めば』

半量残った薬瓶の液体を飲み干す。味はしないがなにかふわっとした感覚。残りの半分はさっきおにいちゃんに飲ませた。


 おにいちゃんにくっついて寝る。いい夢を見られますように。



 ウェンはいつもの夢を見ていた。一人でダンジョンにいる。

 石でできた暗い通路が前後に伸びている。天井がふわっと発光しているので明かりをつけてはいない。松明やランタンを使うと片手がふさがってしまう。

 六人組のパーティーだったが、魔物に囲まれ、逃げられたのは三人。その三人も魔物に追い回されているうちに散り散りとなった。今は一人。


 前の方の暗がりに誰かいる。散り散りになった仲間か、魔物か。恋人の顔を思い出そうとするが、思い出せない。


 慎重に近づく。


 少女がいた。小さい。床に座り込んでいるので身長は分からないが、全体の大きさからすると立ったところで自分の胸の高さにも満たないかもしれない。

 子供だった。金髪で色白。すらっとしたワンピースを着て、首に黒いチョーカーがアクセントになっている。そして手に持ったメイスがミスマッチだ。いや、この場合、メイスこそがこの場にふさわしく、少女のほうが場違いだった。


 この少女はよく知っている。しかしこの夢は二十年も昔の出来事のはず。

『夢だからそういうものか』


 少女がこちらを見る。

「あれ、ウェンさん?」


 自分の姿を見る。二十年前に冒険していたときとは服装も装備も違う。チェーンメールに、剣、盾。騎士団の装い。顔を触って、ひげを引っ張る。二十年前は生やしていなかった。


『いつもより妙にリアルな夢だな』

ウェンはそう思った。



「この薬を半分飲ませ、残りを自分が飲めば相手の夢に入れる」

そういう話だったんだけど、どうしておにいちゃん出てこないんだろう。


「おにいちゃん見ませんでしたか?」

「フィンか?いや見ていないが……」


 ウェンが自分の首元に目を留める。

「その宝石、よく見たらこのあいだのものだな」

「うん、そうなの」

「ふむ。よく似合ってる」

「えへ」


 おにいちゃんの夢なのになんでおにいちゃん出てこないんだろう?周りを見回す。通路の先の暗がりになにか動きがある。


「あれ、おにいちゃんかな!」

ふむ。『気配察知!』


 ウェンは恩恵を使う。この気配は……オークだな。数は……八体。二十年前ならいざしらず、今なら雑魚にすぎない。そういえば気配察知は二十年前には使えなかったな。あの頃使えていれば彼女は……


「あれは魔物だ。雑魚だな」

ウェンは剣を抜いた。


・・


 オークは一撃だった。剣で蹴散らす。シャリも二体を倒した。魔物の死体が煙になってダンジョンに吸い込まれていく。


「おにいちゃん、どこ行ったんだろう?」

夢を見ている本人が夢に出てこないとかどうなのか。おにいちゃんはそういう無責任なところがある。こないだも結局おねえちゃんを選んじゃうし。


「シャリ、ちょっと探してきます!」

「いや、危ないぞ」


 シャリは先に進んでいる。ウェンは追いかける。ちょっとした広場に出た。もちろんダンジョンの中ではあるが。そしてなぜか見覚えがある。


 ドスン。


 足音がする。重量感のある音。一体ではないが、響いて方向がよくわからない。気配を感知する。周りに……四体。大きい。ウェンがいつも見ている夢が蘇る。この後は……


「オーガ……」

ウェンがかつて戦った相手。三メートルを超える巨体。手には人間ほどもある大きな棍棒を持つ。トロールよりも強敵であった。そしてこのダンジョンで俺たちはこいつに……


 オーガが巨大な棍棒をシャリに振り下ろす。シャリはとっさに下がる。地面が砕け、石礫が飛びシャリにバラバラと当たる。プロテクションはさっきかけてあったので痛くはない。ウェンのところまで下がる。


『攻撃力付与!』

シャリはウェンに恩恵を使う。動きの止まったシャリをオーガの棍棒が狙う。ウェンは剣で巨大な棍棒に切りつけ、払う。恩恵が発動した。ウェンはオーガと激しく接敵する。


 そしてあと三体のオーガが近づいてくる。


『おにいちゃん!どこにいるのよ!』



「おにいちゃん、どこにいるのよ!」

耳元で叫ばれて飛び起きた。


 目の前にシャリが抱きついて寝ていた。その顔は苦しそうな表情。うなされているのか。

「よしよし、お兄ちゃんがついてるからな」

「おにいちゃん、どこにいるのよ!」

もう一度聞こえた。


「ここだよ、シャリ!」なでなで。

「おにいちゃん、助けて……」

どこから聞こえるんだこの声?


「シャリ、起きろよー」

シャリを揺すって起こそうとするが、起きない。ぐったりと眠ったまま。

「どうしたの?」

あかりが起きてきた。


「えっと、シャリが助けてって、頭の中に声が」

シャリは寝ているがやはりうなされている。

「ナイトメアかな?いや違うわね」

あかりは考え込んだ。


「まあ、行って見てみましょう!」

あかりは鍵を取り出した。それ、例のフラグ!



「ダンジョンだわ!」

「それ、定義あるの?」

「そんなことより!」


 目の前に巨大な姿が3体。それからウェンさんと、シャリがいた!駆け寄る。


「シャリ!」

「おにいちゃん!」

抱き寄せたいがそんなことしている場合ではない。


「オーガだわ」

巨大な化け物はオーガらしい。ラノベでよく出てくるやつだな。

「マジックミサイル!」

あかりの放った五本の魔法の矢がシャリを狙っていたオーガに突き刺さる。そして続けてもう一連射。ダメージを受けたオーガが咆哮してあかりを威嚇する。

 その瞬間、僕はオーガの脇腹に新調したばかりの槍を突き刺した。捻って内臓に切れ込みを入れて抜く。回り込んでもう一撃を今度は下腹に。そこにマジックミサイルの三撃目が襲いかかる。オーガの巨体が倒れてくる。潰されないように避ける。

「トロールより強いな」


 オーガはあと二体。ウェンさんが一体のオーガと接敵し、僕とシャリが並んで一体を相手にする。


「次が来てるわ」

奥の方から大きな姿がゆっくりとやってくる。オーガだ。六体ぐらい。

 あかりが呪文の詠唱を開始した。

ᛁ ᛍᚮᛘᛘᛆᚿᛑ ᛑᛂᛋᛐᚱᚮᛦ ᛘᛦ ᛂᚿᛂᛘᛁᛂᛋ ᚥᛁᛐᚼ ᚵᚱᛂᛆᛐ ᛔᚮᚥᛂᚱ ᛒᛂᛐᚥᛂᛂᚿ ᛚᛁᚵᚼᛐ ᛆᚿᛑ ᛑᛆᚱᚴᚿᛂᛋᛋ.・・


 マジックミサイルより長い呪文の詠唱が終わり、あかりが手を上げる

「マジックストーム!」

洞窟の奥に光が散乱する。数多くのキラキラした光の刃が空間を飛び交い、その空間に包まれたオーガから血しぶきが飛ぶ。


 いや、見ている場合じゃない。眼の前の敵に集中しないと!シャリのメイスがオーガの足の甲にヒットする。痛そう。オーガの足が止まる。槍で突く。離れて、突く。ヒットアンドアウェイ。トロールより強いがオーガは再生しない。ダメージは累積される。


 何度目かの突きでオーガが倒れる。そのままオーガの首に槍を突き刺してとどめを刺す。ウェンさんもオーガを倒したようだ。


 そうしている間に、あかりが魔法の詠唱を再度完了した。洞窟を光の刃が飛び交い、オーガを切り刻む。今回は距離が近い!さすがに味方には当てないだろうけど、頭を下げて引き気味にする。吹き荒れる魔法が終わった時、そこにいたオーガは全て肉片になっていた。黒い煙が立ち、刻まれたオーガの山が消えていく。

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