第24話 リワインド

 大きく開いた脇から見える白くて柔らかそうなものがチュニックの中で変形するのを横目で見る。

「よし」

ぷるんと戻る。

「じゃあ、ちゃっちゃと行っちゃいましょうか」


・・


「だとすると、チーム分けね!」

「私はカトリーヌ様をお守りせねばなりません」

「シャリはおにいちゃんを守るから!」

「ちょっと待ってよ!」


 あかりが僕を捕まえてささやく。

「私をおじさんと一緒にするの?」

「でも……」

僕はレベル2だ。シャリはレベル5。あとの二人はレベル4。

「レベルバランス的にはこれがいいんじゃない?」

「そんなことないでしょ」


 あかりは僕の顔を見つめる。いつも思うけどきれいな顔だなー。


「お兄ちゃん以外みんな同じレベルでしょ」

「そうだっけ?」

僕は皆のレベルを見る。確かに僕以外はみんなレベル4だ。


「今度は私を選んでもらうわよ!」

「今度?」

昨日の夜の話かな?まあまた怒らせるのも面倒だ。


 僕は騎士に向かって叫ぶ。

「姉さんは僕とじゃないといやだといってます。妹をお願いできますか!」

「拝承!」



◇(シャリとウェン)


「カトリーヌ様って美しいですね」

ウェンが話題をひねり出す。シャリとはほとんど面識がないのだ。焼肉の時にちょっと会ったな。


 シャリはうなずく。

「おねえちゃんは私なんかと違ってきれいだし強いし色んなことよく知ってるし背も高いしおっぱいも大きいし……」

ウェンはなんかめんどくさそうな地雷を踏んだことを察知した。


「私なんかみんなに迷惑かけるばっかりで鈍臭いしモノも知らないし口減らしに出されちゃうし背も低いし胸も小さいしさっきもおにいちゃんはおねえちゃんを選んじゃうしもう死んだほうが」

「シャリさんもすぐに美しくなりますよ」

「そうかな」

「なんといってもカトリーヌ様の妹さんですから」

「おねえちゃんエルフなんだけど」

「確かにそうですね」

ウェンは振り返る。


「ですが」

シャリは次の言葉を待つ。


「種族の違いがなんだというのですか!」

『えっと』


「!」

ウェンが洞窟の奥のほうを向く。

「トロールが来たようです。そこに隠れていてください」

「拝承?」

 シャリはこっそりと攻撃力付与をウェンに掛ける。


「グゥォー」

トロールが一体飛び出してきた。ウェンが迎え撃ち、剣を一閃する。

 トロールが振り下した右腕が切断された。腕はそのまま飛んで壁に染みを作る。床に落ちた腕の指がぴくぴくと動いている。


『今日のトロールは弱いな』ウェンは思った。



◇(フィンとあかり)


「このへんに松明立てておいてね。それでお兄ちゃんはここで待ってて、トロールが来たら槍を構えて突っ込んでね」


 あかりは自分に隠密をかけると偵察に向かった。こうなると気配察知を使わない限りわからない。恩恵というのは基本的にそれぞれがチート能力なのだ。


・・


 洞窟の奥から咆哮が聞こえる。「グォォォォ」という音が岩壁に反響する。

奥のほうでマジックミサイルが煌めいた。あかりだ!


 軽やかな足音が走ってくる。そして重量感のある足音が響く。


 マジックミサイルを撃ち込まれて怒ったトロールが突っ込んできた。その前をあかりが走ってくる。トロールは鈍重に見えるが巨体であるためか意外と速い。

 トロールがあかりに追いつきそうになる。槍を構える。まだ距離がある。間に合うか。

いや、行こう!


『縮地!』


 縮地はテレポートではない。高速移動だ。


 槍はトロールに突き刺さり、貫通する。トロールの胸に大きな穴が開き、トロールは自分の運動エネルギーで前のめりに倒れる。トロールの巨体に潰されそうになり慌てて避ける。巨体が地面に激突する。背中に槍が生えている。穂先が上。完全に貫通している。


「もう一体来る!」

あかりが叫ぶ。


 僕は槍を掴んでトロールの背中から引っこ抜く。洞窟の奥からドカドカという大きな足音がする。あかりのマジックミサイルが四発煌めいて飛んでいく。


「グォオオ!」


 トロールの絶叫が洞窟に響いた。松明のちらちらした光の中にトロールの巨大な姿が浮かび上がる。怒りの咆哮を上げ、こっちに向かってくる。いいぞ。そのまま。飛び込んでくる大きな姿に向け、槍を構える。今度は縮地を使わない。


 とびかかってくるトロールに槍を合わせる。石突を地面に置き、足で固定する。角度を合わせ、その突撃を受け止める。トロールが飛び込んでくる。


 トロールの頭が槍で串刺しになった。そのままゆっくりと倒れる。


「オイルを!」

準備してあったオイルをあかりがトロールにぶちまける。フィンもオイルを持ってきてぶちまける。そして燃え盛る松明を押し付ける。


 炎の中でトロールの腕が動く。自分に刺さった槍を掴み、放り投げる。なにかを掴もうとする。そしてそのまま倒れた。炎の中で泡立ち、消えていく。


「っていうか、あと一体いるじゃん!」


 さっき胸に大穴を開けたほうも慌てて燃やす。胸の穴は半分ぐらい再生してた。


 ・・


「さっきのって、いわゆるトレインだよね?」

「まあね」

「追いつかれちゃうんじゃないかと思ってひやひやしたよ」

「私が追い付かれるわけないでしょ。お兄ちゃん」

どうなんだろう。本気で走ってたのか、演技だったのか。僕だったらスタミナ切れで追いつかれてただろうけど。


 槍を拾い上げる。ちょっと焦げてるけど、大丈夫かな。


「トロールはあと何体いるかな?」

「二体かな」

縮地はあと一回だ。


「なんとかなるかな。一体はさっきみたいにやっつけて、残りは二人でタコ殴りすれば」

「あ、私さっき走ってて短剣落としちゃったみたい」

やっぱり焦ってたのでは。


 そういえば、さっきバックパックのオイルの残数を数えていた時、見たことがない短剣が出てきた。鞘は黒ずんでいるが、刀身はピカピカに輝いていて錆一つない。


「この短剣使ったら?」



◇(シャリとウェン)


「これで四体」

ウェンが火をつけ、トロールは泡立って消える。


「シャリさんのメイスの腕も大したものですな」

「大したことないです」

「それに……」

トロールとの戦いでウェンはあちこち傷付いたが、シャリに触れられると傷が癒えているのがわかった。


「いや、なんでもない」

気が付かなかったことにする。


「それより、宝探しをしましょう」

「宝探し?」シャリは目を輝かせる。

「トロールがなにか溜め込んでいるやもしれません」


 トロールは宝物をため込む性質がある。妖精に一般的な性質だ。もっともその宝物が人間にとっても宝とは限らないが。


 洞窟の奥にゴミのようなものがいろいろ落ちている。ウェンが床に並べていく。

「ほとんどはゴミだが……コインが少しと、あとこれはなんだろう」

金貨が数十枚、銀貨と思われる黒い硬貨が数十枚。そして2㎝ぐらいの縦長の宝石。松明の光では色は判然としない。端に小さな金具がついている。


・・


「宝探しもしましたし戻りましょうか。カトリーヌ様も待ってるでしょう」

「おねえちゃん大丈夫かな」

「カトリーヌ様は私より強いですよ。お兄さんの心配はしないのですか」

「おにいちゃんは、大丈夫」

『……私が生きているということは大丈夫……』



◇(フィンとあかり)


 あかりが斥候から帰ってきた。

「やっぱりあと二体」

「出来たら別々におびき出したいな」

「そうなんだけど……」

そろそろトロールも用心しているかもしれない。


「それじゃあ、一体だったらさっきみたいに倒す。二体来ちゃったら……」

「来ちゃったら」

「一体に集中するしかないよ」

「そうよね」

「問題は再生能力なんだよな。一体を倒した時点で焼かないといけないから」

まあ、やるしかない。


・・


「うあー」あかりが走ってきた。松明とオイルは準備してある。

「グォォ」「グゥェェ」あかりの後から二体のトロールが走ってきた。


「こっちだぞー」

松明を持って、振る。トロールの注意を引き付ける。

 あかりとの距離が10mを切る。両手で槍を構える。トロールは二体いる。どっちにするか……


 あかりに近い方を狙う。

『縮地!』

 フィンは瞬間移動してトロールに激突した。


・・


「ドグガシャ!」

あかりのすぐ後ろで生っぽい衝突音が響いた。一瞬横に跳んで避けると、今まであかりが走っていた場所をトロールがゴロゴロと転がっていく。その胸に刺さった槍が折れて砕けているのが見える。そして、トロールに激突されたお兄ちゃんが吹き飛んでいく。


「お兄ちゃん!」

あかりの声を聞いて、無傷なほうのトロールが向きを変えた。


 トロールが近づいてくる。あかりは呼吸を整えて……


『マジックミサイル!』

初級攻撃魔法を唱える。威力はそれほどでもないが詠唱時間がほとんどないので常用している。四発の光の矢が煌めき、トロールに命中する。マジックミサイルは的を外すことはない。トロールは一瞬ひるむが、あかりに手を伸ばしてくる。


『マジックミサイル!』

四本の魔法の矢がさらにトロールに突き刺さる。最後の一連射だ。倒したか?


 トロールはあかりの前でがっくりと膝をつくが……傷が治っていく。


 横から石が飛んできてトロールにヒットした。人間が投げるような速度ではない。当たったところから破砕音がする。トロールは怒って石の飛んできた方を向き、あかりから目をそらした。


『隠密!』

洞窟の闇にあかりの姿が溶け込んで消える。


 あかりを見失ったトロールは投石の出所を見極め、ゆっくりとフィンに近寄っていく。フィンは投石を繰り返すがトロールに深手を負わすことはできない。トロールの再生能力は高い。


 トロールはフィンの前まで来ると、両手を床につき、頭を上げて吠えた。威嚇行動である。その喉に後ろから手が伸びるがトロールは気が付かない。その手には短剣が逆手に握られている。トロールの喉に短剣が突き刺さる。腕が横に動く。短剣はそのまま喉を切り裂く。トロールは前に崩れるように倒れる。


 トロールの背から、あかりが飛び降りた。


・・


 二人で二体のトロールを焼く。なんか焼き肉思い出すなーと思っていたら僕の体に力がみなぎってくる。レベルアップだ!っていうかこのタイミングで?

 どうやらトロールは倒した時ではなく最後に焼いたときにレベルが上がるみたいだ。再生能力があるから倒すだけなら無限に倒せるからね。


「よし、じゃあお兄ちゃん」

「ん?」

「宝探しの時間よ!」


 あかりがせっせと残留物を並べる。ゴミの山ができる。

「うーん、なんにもないわねえ」

いや、金貨あるじゃん!


「まあいいや。行くわよ。鑑定!」

お、チート発動。


 ゴミの山から木の棒が一本選別された。敗者復活戦みたいだな。


――

フィン:レベル3(up)(人間:転生者)

・恩恵:レベル判定、レベル移譲、気配察知、槍使い、投擲、格闘、縮地、精神耐性、スタミナ向上(new)


シャリ:レベル4(down)(人間)

・恩恵:癒し(フィンに効果2倍)、プロテクション(フィンに効果時間2倍)、攻撃力付与、メイス使い、リワインド


あかり:レベル4(エルフ:転生者)

・恩恵:鑑定、初級攻撃魔法、隠密、耐寒


――

次回より新章ダンジョンの定義を巡り。


――

トロールの挿絵です

https://kakuyomu.jp/users/yamamoriyamori/news/16817330652830648947

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