第23話 洞窟

 僕の横であかりが大きく伸びをする。大きく開いた脇から見える白くて柔らかそうなものがチュニックの中で変形するのを横目で見る。

「よし」

ぷるんと戻る。

「じゃあ、ちゃっちゃと行っちゃいましょうか」


「カトリーヌ様、実はですね」

騎士が困ったように語る。


「この橋は二人ずつしか渡れないのですよ」

「シャリと僕は軽いからなんとかならないかな」

僕は口をはさむ。

「以前試してみたのですが、重さにかかわらず三人目が乗ると転倒してしまうのです」

うーむ。まあ妖精だしなあ。


「だとすると、チーム分けね!」

「私はカトリーヌ様をお守りせねばなりません」

「シャリはおにいちゃんを守るから!」

「ちょっと待ってよ!」


 あかりが僕を捕まえてささやく。

「私をおじさんと一緒にするの?」

「でも……」

僕はレベル2だ。シャリはレベル5。あとの二人はレベル4。

「レベルバランス的にはこれがいいんじゃない?」

「えー」


 僕は騎士に向かって叫ぶ。

「カトリーヌお姉さまをよろしくお願いします!」

「拝承!」

日立かな?



◇(フィンとシャリ)


 僕はシャリの手を引いてつり橋をわたる。つり橋はそのまま洞窟の入口に繋がっている。僕らは警戒しながら洞窟に入っていく。

 洞窟は薄暗い。奥に行く前に二人とも松明に火をつけて左手に持つ。

「冒険って感じだよねおにいちゃん」

「この会話ちょっとデジャブだな」


 二人を待つが全く来ない。つり橋のほうはもやっとした霧がかかっている。

「前に進むしかないか……」


 洞窟をしばらく歩く。狭いところは2mもないが広いところは松明の光が届かないほどの幅がある。


「お兄ちゃんはシャリでよかったの?」

「え、なんで?」

「前はあかりおねえちゃんを選んだじゃない」

「いや、選んだわけじゃなくてあれは偶然で……」

「ふふ……」

シャリの機嫌がいい。


 気配察知が何かをとらえた。大きな何かが、一体。右手の槍を構える。


 洞窟の奥から大きな影がゆっくりと現れた。3mに届くかもしれない体高、ぬめっとした皮膚。両腕は長く地面に届く、ぬめぬめした毛が無い巨大チンパンジーといった魔物だ。そしてその口から大きな牙がはみ出している。


 トロールだ!いかにもそんな感じ!


 橋を渡る前にプロテクションはかけてある。シャリは僕に攻撃力付与をかける。

「うりゃー」

僕は右手に槍をもって突っ込む。勢いの付いた槍はトロールの胴体に刺さる。硬くはない。槍をひねって傷口を広げ、一度引き抜く。

「グォー」トロールは叫び声をあげると両手を振り回す。頭を下げて躱す。僕の頭上をトロールの腕が通過すると空気を切る音がする。


 一歩下がり、槍を構えなおす。

「プフシュー」トロールの息が聞こえる。槍を抜いた傷跡が徐々にふさがっていく。

『まじですか!』


・・


 二対一ではあるがトロールに押されていた。僕のレベルが足りていない。何度か危ない瞬間がありシャリがカバーに入ってくれたが防戦一方だ。二人とも重傷はないがあちこち傷だらけになっている。そしてトロールの傷はふさがっていく。じり貧だ。

 シャリのメイスがトロールの向う脛をえぐった。トロールの動きが止まる。再生能力があっても痛いものは痛いのだろう。シャリのメイスはゴブリンであれば一撃で粉砕する攻撃力がある。


 僕は松明を床に落とすと槍を両手で構える。動きが止まったトロールの心臓に狙いをつける。体重をかけ、思いっきり突き刺す。そのまま捻る。

 トロールはそのまま床に崩れるように倒れた。


『やったか?』


 トロールの腕がゆっくりと地面を掻く。足がぴくぴくと動いている。再生している。


『フラグだったー!』


 あ、そうだ。来るとき道すがらウェンさんに聞いた攻略法を思い出す。

「トロールは火に弱い」

というか、やけど傷は再生できないらしい。タンパク質の熱変性ってやつかな。妖精がタンパク質でできてるのかは知らないけど。


 バックパックからあかりに言われて買ったオイルを取り出す。ランタン用の油とは違い、発火しやすく加工されたものだ。値段も高かったけど。

 オイルをトロールにぶっかけ、松明を押し付けて発火させる。火が回り、トロールが焼けていく。


トロールは泡立って消えた。そして、焼け跡に何か残っている。


『焼け残り?それとも……』

触るが熱くはない。焼け残りではなくドロップアイテムなのかもしれない。細長い。表面の煤を払う。


「短剣だ!」


 煤で黒ずんだ鞘を払う。刀身は錆一つなく輝いている。とりあえずバックパックに入れる。



◇(あかりとウェン)


 あかりは右手に短剣を持ち洞窟を歩いていく。一歩後ろを左手に松明を持ったウェンが警戒しながら付き従う。右手には剣を抜いている。


 松明がちらちらしているのでエルフの夜目が効かない。

「松明よりはランタンのほうがいいんだけど」

「トロールは焼かないと死にませぬゆえ」

まあいい。


「私、ちょっと先を見てくるからここで待ってて」

あかりは隠密をかける。その姿が洞窟の暗闇に溶け込む。


・・


『やっぱり強力な魔法がないといろいろ厳しいな』

あかりが洞窟を偵察したところでは四体のトロールがいた。


「四体いた」

「うーむ」


 ウェンは考える。分断して各個撃破すれば楽勝であろう。囲まれて戦うとなると厳しい。

「おびき寄せましょうカトリーヌ様」


・・


 一体だけおびき寄せたかったのだが、二体来てしまった。

「一人一体だからね」

ウェンがうなずく。

「私の分はとっちゃだめよ」

「拝承!」


 トロールが向かってくる。大きい。一体はあかりに向かってくる。マジックミサイルの一連射を打ち込む。そしてさらに一連射。そして短剣を何度も刺してとどめ。再生しないように心臓をグリグリえぐる。それでもぴくぴくと動いている。


 バックパックからオイルを出してトロールにかける。ウェンの方はすでに一体にオイルをかけて焼き始めていた。火をもらって、焼く。


「あと2体ね」



◇(フィンとシャリ)


 洞窟の先でもう一体のトロールと遭遇した。


「シャリ、攻撃力付与はできる?」

「シャリはうなずいた」

「癒しは?」

「あと半分かな」

「それじゃあ……」


 トロールを見たままシャリに話しかける。

「攻撃力付与を頼む。こいつはノーダメージで倒そう」

シャリの恩恵が僕に伝わってくる。


・・


 両手で槍が持てないのでダメージが出ない。かといって松明を床に置いたままで消えてしまったら暗闇になってしまう。


 それでも僕とシャリでトロールを挟み込み、交互に攻撃する。トロールの攻撃を避け、パリィする。ダメージを受けないように、慎重に……


『!』

気配察知になにか引っかかった。奥から二体やってくる。


 対峙するトロールを挟んでシャリまでの距離は10mほど。その更に向こう、シャリが左手に持つ松明の光がぎりぎり届くあたりに二体の姿が現れる。


 体高は3mほど。腕は長く、こぶしが地面に届く。ぬるっとした質感。

 新たな二体のトロールがシャリの背後から近づいてくる。


『縮地!』


 シャリの前に瞬間移動する。縮地は一瞬の高速移動だ。テレポートではないので壁は抜けられないが、目の前の敵を躱すぐらいのことはできる。

 シャリの手を掴む。逃げないと。


 さっきまで戦っていたトロールが前からやってくる。そして後ろからは二体のトロールが近づいてくる。囲まれている。


 引き付けて……

『縮地!』


 僕はシャリの手を取り、前からやってくるトロールをすり抜ける。そのまま出口へと走る。僕のレベルは2なので縮地は今日はもう使えない。


『?!』


 洞窟が二股に分かれている。こんなのあったっけ?どっちから来た?困ったときは左!シャリの手を引いて走る。


 前になにかいる。立ち止まる。

『気配察知!』

二体のトロールだった。


「戻ろう!」

後ろからも気配がした。

「グゥオ」

トロールだ。体の表面に血の跡がある。さっき戦っていたやつだ。傷はもう再生で消えている。


「グルルル」「グォグォ」

前からも呼応してトロールがやってくる。挟まれた!


 後ろのトロールに向かい、槍を構える。トロールは長い腕を振る。躱す。突き刺す。傷はつくがそれは塞がってしまう。


「ガ!」

後ろから衝撃音がした。そして柔らかいものが岩にぶつかる音。ちらっと目をやる。シャリが岩壁にたたきつけられている。やばい。


「シャリ!」

駆け寄ろうとする。シャリの頭が動く。生きているみたいだ。シャリがこっちを向いて何かを叫ぼうとしている。


「シャリ!自分を治せ!」

「おにいちゃん、後ろ!」

 トロールが振り回した腕が僕の頭に直撃する。ガッという衝撃。そして牙が僕の腕を噛みちぎる感触。その後、トロールが頭に噛みつく音が頭蓋骨に響く。


 シャリの悲鳴が聞こえたがすぐに聞こえなくなって……

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