第21話 どうして私が怒ってるかわかる?

 ウェンは唐突に跳び起きた。まだ深夜である。また昔の夢を見た。

「ダンジョンか……」

思い出すのがつらい記憶だが、忘れることはできない。


 断片的に思い出す。ダンジョンの暗闇、石畳、迫る足音。周り中から襲い来る魔物。「逃げるぞ!」という声。そして、一人の女性。茶色い髪、白い肌。目は緑色で……どうしても顔が思い出せない。ディティールを頭に描こうとすると別の顔が浮かんでしまう。茶色い髪、白い肌、目は深い緑色で、そして美しかった。


 頭を振って、かつての恋人の顔を思い出そうとする。たしかもうちょっと優しそうだったはず。それともそうあって欲しいと思っているだけなのか。自分のことを恨んでいるはずだ。ダンジョンの暗闇に置き去りにしてきた自分のことを。


「カトリーヌ様……」

なぜあのエルフの少女は自分にダンジョンについて訊ねてきたのか。


 これは天が自分に与えた罰なのだろうか。あの時逃げられたのは半数に過ぎなかったが、それでも半数は逃げられたのだ。恋人を助けることはできたはずだ。


ウェンはもう眠ることができなかった。



「ほら、もう一回!」

抱きしめて、ちゅー。

「なにが足りないの!?」

人間力じゃないかな?


 納屋の干し草の上で、僕とあかりは何度も抱き合っている。そしてキス。

「どうもうまくいかないわね」

あかりは思案する。


「最初からから順番に再現するわよ!」


 あかりが左に横たわり、僕は頭の後ろに右手を添える。抱き上げて、ちゅー。一度唇を放すが、あかりのほうからのしかかってきて貪欲に僕の唇を求めてくる。唇を合わせたままさらに反転してあかりのうえにのしかかる。僕の舌があかりの唇を割り、上下の歯を押し開ける。舌が絡み、僕の唾液があかりの口の中に。そして


レベル接続コンタクト!……しないなあ』


「12歳の女の子にこんなキスとか事案じゃない?」

「やっちゃえばいいとか言ってなかった?」


「もっと再現度を上げる必要があるわ!」

なるほどですね。

「細かいところまで思い出して……その時と何が違う?」

僕は記憶をたどる。記憶にはっきり残っているのは……

「その服かな?」


・・


 ぴちっとしたフェルトのワンピースを着たあかりと向かい合う。シャリの身長は135cm、あかりは細身ではあるが身長は160cmある。伸縮性の高い服だったからなんとか入ったものの、その張り付き具合はもう服というよりも拘束具だ。


 あかりが干し草の上に仰向けに寝転ぶ。体の表面に布地があるものの、事実上なにも隠せていない。むしろ布があるだけ形状が浮き出てしまう。布の弾力で下方から強引に寄せられた胸は盛り上がり、自身の弾力を加味して凶悪なふくらみを形成する。

『自分で着たんだからセーフだよな』

 一方、ふくらみの下にはほっそりとした肋骨のディティールが布地に浮かんでいる。細い腹部を布地が締め付けているが、逆にすこしだけぽっこりしてしまったお腹のふくらみとヘソの凹みが生々しい。

 伸縮する布はエルフの小さなヒップまわりと下腹部の丸みにも追随しながら太ももまでを締め付けて拘束し、膝上20cmという高い位置で唐突に終わる。布の縁からは白い太ももがぷりっとはみ出している。もっとも元が細いので肉感はわずかであるが。

『太腿のうしろ側ならもっと肉感ありそう』

以前ガン見した後ろ姿を思い出す。いや、そうじゃなくて。


 抱き上げて、ちゅー。そして一連の手順。舌が絡み、僕の唾液があかりの口の中に。


レベル接続コンタクト!、しないなあ』


「なんでだめなのー!?」



「シャリ、レベルアップおめでとうー!」

「おにいちゃん、ありがとう」

「………………」


「今日は無礼講だよ」

「……」


「ここでレベル5になったシャリから一言おねがいします!」

「おにいちゃんはシャリのだから」

「上のレベルの人の言うことは絶対だからしょうがないねー」


「ところで、シャリ、新しい恩恵は?」

「よくわかんないけどご指導ご鞭撻をお願いします」


 ガタ!

 あかりが立ち上がった。


「レベルっていうのは努力して上がるから意味があるのよ。抱きしめてチューで上がるなんて私は認めないわ」


 あかりはそう言うと、出て行ってしまった。



 夜になってもあかりが帰ってこない。気配察知をすると、納屋の中にいる。

迎えに行く。


「みんな心配してるから帰ってきなよ」

「来ないで」

暗闇から声がする。構わず納屋に入っていく。

「私のこと笑いものにしてるんでしょ!」

「そんなことないって」

「どうせ性悪エルフですよ」

「そんなこと言ってないじゃん」

「人間力とか、馬鹿みたい」

「だって、エルフじゃん」

 かすかに「フフッ」っと鼻をならす音。そして暗闇で、後ろから抱きつかれる。背中に胸の当たる感触。


「お兄ちゃん……」

「あかり……」

「どうして私が怒ってるかわかる?」


・・


「ダンジョン行くためにレベル上げようって言ってたのに勝手に僕だけレベル下げてるから?」

「最初から正解言わないでよ」

「まじ?」

「そんなわけないでしょ」


・・


「シャリだけレベル5にしたから?」

「私そんな狭量じゃないわよ」


「納屋であかりにエロいことしまくったから?」

「私がやれって言ったんだからいいのよ」


「じゃあシャリにエロいことしたから?」

「子供なんだから手加減しなさいよ」


「僕のスキルの件ずっと黙ってたから?」

「そのことはもういいのよ」


「なんども誘われたのに手を出さなかったから?」

「いくじなしよね」


「問い詰められるとすぐ誤魔化すから?」

「そういうところあるわよね」


「寂しい思いをさせてごめん」

「それってシャリにも言ってなかった?」


 見当がつかない、というか、ひょっとしてすごい勘違いしてるとかない??ちょっと質問を変えよう。


「あかりが怒っている相手は人物?」

「そうね」


「それは男性ですか?」

「そうね」


「それは家族ですか?」

「まあ、そうかな」


よし。


「それは僕ですね」

「そんなの決まってるでしょ」


あれ?


 あかりが僕の耳元でささやく。

「私はあの時、お兄ちゃんに選ばれたと思ったの。それなのに選ばれたのはシャリだった」


『どっちも選んでないんですけど!』


 僕はうしろに手を伸ばし、あかりの頭を触る。振り返って、両手で頭の位置を確認する。あかりの頭をゆっくりと引き寄せ、同時につま先立ちをする。

 暗闇で、キス。


 あかりが口を離す。

「不正解」


 暗闇で、あかりに抱きしめられる。そしてあかりの口が僕の唇をむさぼる。僕はあかりの腰のあたりにそっと手を伸ばし、華奢な腰回りを抱きしめる。そのまましばらく。


「帰るわよ、お兄ちゃん」

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