第18話 霧
深夜の森の中を気配を立てずに歩く。あかりにとって森は庭のようなものだ。そして夜目が効くエルフにとって昼も夜も変わらない。
お兄ちゃんのお気に入りの場所まで来た。ぽっかりと月明かりに照らされた広場に、白い光がちらちらと瞬いている。いた!
敵意を見せないように静かに広場に入り、止まる。光がちらちらと瞬きながら近寄ってくる。手のひらほどの大きさの光でできた蝶の羽。しかし、その胴体は昆虫ではなく人の形をしている。キラキラとした光が鱗粉の様に広がり、消える。
「エルフだ」
「そうだよー」
ここの妖精は体長10cmぐらいで蝶の羽。あかりは妖精に話しかける。
「ねえねえ、バグベアって知ってる?」
バグベアはゴブリンの一種とされているが、ゴブリンと一緒に住んでいるわけではない。どこかに固まって生息しているはず。
既にレベル4となって久しく、ゴブリン程度では何百匹倒そうがレベルの上がらないあかりであったが、バグベアはレベル3相当の魔物である。数を倒せばレベルが上がるかもしれない。
◇
「二人とも、レベル上げするわよ!」
このところあかりは明るい。シャリのレベルが上がらなかったことが心の底からうれしかったようだ。とりあえず機嫌が直ってよかった。
「考えてみたらエルフの長老もレベル4より高かったわけだし、お兄ちゃんに頼らなくても私もまだぜんぜんチャンスあると思うのよ」
エルフの長老って日本でいうと鎌倉時代から生きてるよね。
「ていうか最近ゴブリンいなくない?」
「ゴブリンなんかじゃ駄目よ」
あかりはにっこり微笑む。
「バグベアを狩るのよ!」
有無を言わせない美しい微笑み。美人は得だなあ。
◇
兄妹三人で森を行く。今回は新品のバックパックを背負っている。ようやく使う時が来た。
「冒険って感じだよねおにいちゃん」
「うん。形から入るって大事だな」
「そろそろのはずなんだけど……」
あかりがぶつぶつと言っている。
いつのまにか森の中に霧が立ち込めていた。
「霧が出てきたわね」
『気配察知!』
なんの反応もない。森の生き物の気配も感じない。
「なんかテンプレっぽくない?」
霧がどんどん濃くなる。視界はいつの間にか1mもない。
右手の槍を握りしめる。
「迷子になるぞ!手を繋いで!」
左手を伸ばす。
妹の右手が僕を掴む。僕は妹の手をしっかりと握る。
◇(シャリ)
霧が晴れた時、目の前には城があった。いわゆるヨーロッパ中世の山城であるがシャリにはそういう知識はない。
「こんなところに城なんてあったかな」
石造りの武骨な建物を目にしておにいちゃんが不審そうな顔をする。シャリは右手のメイスを握りしめると辺りを見回す。
「おにいちゃん、あそこ!」
左手で指す。草の生えた空堀に跳ね橋が下りている。
「入れってことかな」
シャリはおにいちゃんと一緒に跳ね橋を渡り、城門をくぐる。
城に入るとホールになっていた。誰もいない。がらんとしている。それなのに壁に松明が燃えている。大きな城ではない。壁に沿って階段が上に登っている。ホールの奥、地下室に繋がる階段が見える。
「どうする?」
「おにいちゃんが決めて」
「じゃあ上かな」
◇(あかり)
霧が晴れた時、目の前には城があった。ヨーロッパの田舎にあるような中世の小さな城。左のほうに草が生い茂る空堀に木の跳ね橋がかかっていて、その向こうの城門は開いている。
「どう見ても怪しいけど入れるわよ」
お兄ちゃんの手を掴んだまま、あかりは空いた手で指さす。
「まあ、行くしかないか」
城のホールに入る。
「どうする?」
あかりはちょっと思案する。
「地下室でしょ」
「なんで?」
「こういうのは全部まわってフラグ立てないと」
◇(シャリ)
二階。ダイニングスペース。窓から日が差しているが、部屋の大きさに対して窓が小さい。
テーブルには燭台が置かれ、ろうそくが静かに燃えている。壁には暖炉。
人の気配はないが、人がいた形跡はある。テーブルクロスの上にはピカピカの皿が並んでいる。
シャリがぽつりと言う。
「やっぱりおにいちゃんは帰っちゃうの?」
「帰るってどこに?」
「えっと、日本?」
「馬鹿だなあ、シャリ」フィンはシャリを抱きしめる。
「僕はシャリを置いてどこにもいかないよ」
「もういいのよ、おにいちゃん」
「なにが?」
「シャリは親にも捨てられたし、昔から体が弱くて、大人になる前に死んじゃうのかなって思ってたの」
「もう元気になったじゃないか」
「ずっと、シャリの居場所はここではないんだろうって思ってたの」
シャリは目を合わさない。
「でもおにいちゃんに会えてよかった。シャリは今までこうしていただけで十分幸せだから」
「おにいちゃんもシャリといるだけで幸せだよ」
「じゃあおにいちゃん、どこにも行かない?」
「いかないよ」
「おにいちゃんの妹はずっとシャリ一人だよ」
「もちろん」
「あかりおねえちゃんと別れて」
「わかった」
「ずっと一緒だよ。おにいちゃん」
「ずっと一緒だよ。シャリ」
――
挿絵です「ねえねえ、バグベアって知ってる?」
https://kakuyomu.jp/users/yamamoriyamori/news/16817330652791712319
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます