第17話 大人

 早いもので今年も年末だ。今年はいろいろあったなあ。

「フィンもついに大人の仲間入りね」

テーブルにはごちそうが並べられている。


 正月で僕は14歳になる。この国では大人として扱われるようになる。具体的には人頭税の支払い義務が発生する。あと、結婚できる。


「それで、彼女さんとはいつ結婚するの?」

「え?」

「いつまでも彼女さんって呼び方じゃかわいそうだろ。ちゃんと家族として迎えてあげないと」

いや、妹なんですけど。家族なんですけど。

「それだわ!」

こないだからずっと俯いていたあかりが顔をあげた。なんか余計なことを思いついた顔でこっちをみている。



 正月明けの朝、あかりに連れられて静かな村の中を散策する。ひとけがないのであかりはフードを下していて、その整った顔を朝の光にさらしている。


「ほら、こないだ家族じゃないと駄目なのかもって話あったでしょ」

「何の話?」

「レベルをもらうやつ!」

この話をしたくてしょうがなかったみたいだ。僕のレベルはもらえる前提なんだね。

「あったね」

「思ったんだけど、結婚すれば家族じゃない!」

「その家族っていうのは血がつながった家族という意味でじゃないかな?」

「だってシャリちゃんだって本当の妹じゃないんでしょ?」

シャリは従妹の子だからえっとえっと、五親等かな。

っていうか、話の流れがよくないな。


「それよりなんでうちの両親はあかりのこと彼女さんって呼ぶんだろう?」

「それっていまの話より大事?」

「あかりのことはなんでも大事だよ」

「ほんと?」

「ほら、あかり、頑張ってるじゃん。僕はいつもあかりを見ているから」

「えへ」

ていうかこの妹、承認欲求強いな。


「やっぱり日本語の名前だと呼びにくいのかしら?」

「なにが?」

「いま言ってた話よ」

「あ、うん。そうかもね」

ごめん適当に流してた。


「じゃあ、私、呼びやすい名前考えるわ」

「”あかり”よりも呼びやすい名前?」

「そう、”あかり”から取って……”カトリーヌ”とかどうかな」

「長くなってるね」

「駄目かなぁ?」あかりが暗くなる。やばい。承認欲求が。

「”カトリーヌ”、いいんじゃない!。かわいいよ。”カトリーヌ”」

「そう?」

「カトリーヌはいつも努力しているよね。僕はいつもカトリーヌを見ているよ」

「えへ」


「君はカトリーヌという名だったのか。なんて素敵な名前だ!」

あ、焼肉の騎士の人だ!

「ウェンさん。あけましておめでとうございます」僕は子供っぽく挨拶する。

騎士はあかりに近寄ると、ひざまずいた。

「我が忠誠は主君のもの。だが我が命はカトリーヌ、君のものだ!」



『うーん、ちょっとおじさんとか苦手なのよね』

特にこういう体育会系は苦手なのよね。

 困ってお兄ちゃんをちらっと見る。お兄ちゃんの目が泳いでいる。

 この人、ウェンさんっていったっけ?目の前の騎士に”鑑定”をかける。

『ここにもレベル4が!』

愕然とした。なぜかレベル4がインフレしている。


 ひらめいた。ここで彼のレベルが上がるなら上限説も家族説も否定される。上がらなければ家族説が濃厚になる。何事も実験が大事だ。


 あかりは右手を差し出す。ウェンはひざまずいたまま手を取る。

「お願いがあるの」

「カトリーヌ様の願いであればなんでも」

「では……」

「はい」

「弟と新年のあいさつをしてほしいの。エルフ式の」

「それはどのようにすればよろしいですか」


・・


「お兄ちゃん!」

耳元であかりがささやく。

「この人のレベルを上げてみて」

「なんで?」

「ほら、欧米では挨拶みたいなもんだから」

「それよりいまナチュラルに弟って言わなかった?」

「待ってるでしょ早くしなさいよ」

「えー」


・・


 僕は、ひざまずいたままのウェンさんの前に立つ。ウェンさんの顔に両手のひらを当てる。なんかひげが濃いなあ。よいしょっと。顔を近づけてと。

「むちゅ」

レベル接続コンタクト…………しない!』


あかりの方を目で見みて、アイコンタクトで『駄目だった』と伝える。


「ありがとう。ウェン殿」

そう言って、あかり、じゃなくてカトリーヌは微笑んだ。その微笑みはどんな氷をも溶かすだろう。それは光だった。ウェンの心にしみわたる。まさに女神だった。


「そうそう」カトリーヌがなんか思いついた。

「この近くにダンジョンってあるかしら?」



「お兄ちゃん忘れてるかもしれないけど、もともとはダンジョン行くためにレベル上げするって話だでしょ」

「もともと?」


「ま、いいわ」

カトリーヌ?あかり?はくるっと回ってこっちを見る。いちいち美人だ。なんかずるい。


「シャリちゃんでも試してみましょう。シャリちゃんのレベルが5になるんなら、私たち結婚するわよ!」



「だからね、ちょっとぶちゅっとやってみて欲しいのよ」

「なんで自分の時だけ雰囲気出してたのあかりおねえちゃん」

「あなた子供なんだからいいでしょ」

「シャリもうおとなだもーん」

「そういうのは人頭税払ってから言いなさいよ」

「そういえばあかりって税金払ってるの?」

「エルフは免税なのよ」

まじ?


 裏庭でシャリと向き合う。改まるとなんかはずかしいなあ。こういうのは勢いが大事なんだよ。

「早くしなさいよ」

「だからそうやってまじまじ横で見てられても」

「シャリだって見てたじゃない」

「コケーコココココ」

もういいや。


「シャリ!」


 妹を抱き寄せる。小さな妹は腕の中で僕を見上げる。目を閉じて、小首をかしげる。口をちょっと突き出す。その口が半開きに。

「エロい」あかりが余計なことを言う。

僕はそっとシャリに唇を合わせる。


レベル接続コンタクト!』


 シャリのレベルは上がらなかった。あかりが小さくガッツポーズしている。



「ていうか、本当に家族とか関係あるのかな?」

「そうよね」

実際のところシャリは五親等離れている。家族というには遠すぎる。

「一緒に住んでたら家族かな?」

「定義がガバガバすぎじゃない?それなら私一緒に住んでるよね?」

あかりは妹だし一緒に住んでるし家族といってもいい気がする。


「だよね。これで結婚したからといって何か変わるのかな」

「結婚との違いか……じゃあ、お兄ちゃん、してみる?」

「結婚?」

「そうじゃなくて、ほら、あれ……」

あかりの顔が赤くなる

「あ、えっと」

僕の顔も赤くなる。

「そこのハニトラエルフ、雰囲気出さない!」

「子供は黙ってなさい」

「おにいちゃんもなに喜んでるのよ」

あ、やばい流れ。それ以上いけない。

 ていうか、シャリはああいう言葉をどこで覚えるんだろう。


「えっと、シャリの実験で家族説は否定されたのでは」


「まあそうね。普通に考えて、お兄ちゃんの恩恵が使えなくなったのかな」

その可能性は考えないようにしていたんだけどね。

「そうかもなあ」

「あるいは、レベル4までしか上がれないのか」

「そっちのほうがありそう」

「誰かのレベル上げてみる?」

「うーん、ここでまたレベル1になるのもなんだしちょっと様子を見よう」


――

あかりちゃん挿絵はこちら

https://kakuyomu.jp/users/yamamoriyamori/news/16817330652460419225

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