第14話 焼肉

 ムールの村の近郊の森。鬱蒼とした森の一角を騎士たちが切り開いた。切り倒した樹木で簡易的なバリケードを築いてある。とはいえ戦という訳でもない。こんな森の真ん中に攻めてくる敵などいない。こんな場所に出るとしたら熊か、ゴブリンぐらいだ


 バリケードの中、盛大な焚火をして大量の鹿や猪を焼いた煙が立ち上っている。見た感じは大焼肉大会だ。


「食いたきゃ食っていいぞ」

「こんなに食えないですよ」

部下たちがつまみ食いをしているがとうていそんな量ではない。騎士団が何日もかけて獲物を狩って肉を集めたのだ。


「焦げてますよ」

「どうせ食いきれない。気にするな」

肉の脂肪が燃える煙が立ち込める。風が吹き、森の奥へと煙を流す。そのために風の恩恵使いまで連れてきたのだ。


「こんな匂いが流れてきたら冬眠中の熊でも起きちまいますね」

「熊ならどうってことないだろ」

騎士団には従卒であろうが熊に負けるようなものはいない。その程度ではこの隊では生き残れない。


『あれほどいたゴブリンがいないとかどういうことか。ゴブリンは冬眠しないはず。今は冬だ。食い物は少ない。そしてゴブリンはいつも空腹のはず。肉の匂いを森にまき散らせばノコノコ出てくるんじゃないか。あとは適当に戦って追い払い、逃げるゴブリンを追いかけて巣を見つければよい。従卒の中には猟師の恩恵を持つものがいるから追跡可能かもしれない』

 飲み屋の雑談で生まれた机上の空論だが、うまくいかなくても実害はないし訓練にもなるということで採用されたのだ。実行責任者はウェン。あと同僚の騎士が一人と従卒が5名。


『作戦というよりレクリエーションだな』ま、酒さえ入らなきゃ問題はないだろう。

 ウェンは森の気配を探るが、風の恩恵が気配察知の邪魔だな。そろそろいいか。


「よし、風はもういい。全員警戒体勢」



「森の中というのにずいぶん派手に焚火してるわね」

あかりのコンプラ意識に促されて僕たちは森の中に来ていた。シャリのプロテクションはかけたものの特に魔物の気配はない。それより。


「おにいちゃん、焼肉の匂いがする」

「そういえばまだバーベキューソースの開発できてないな」

「私ケチャップみたことあるよ」

え、まじですかあかりさん。


「マヨネーズは?」

「あるよ」

「ひょっとしてオセロも?」

「あるよ」

まあこの国だけで少なくとも1000人の転生者がいればそうなるか。


「なんでこの村にはないんだろう」

「田舎だからじゃない?」

あかりさん、前から思うけど田舎に対する評価厳しいね。


「私、ちょっと見てくる」

森の中にあかりの姿が消える。そのセリフ、フラグっぽいぞ。


「おにいちゃん」

シャリがピタッとくっついてくる。

「どした?」

「おにいちゃんはあかりおねえちゃんと話してるときいつも楽しそう」

「シャリと話してる時だって楽しいぞ」

シャリは僕の目を見る。

「おにいちゃん、あかりおねえちゃんと一緒に帰っちゃうの?」

思わず僕はシャリを抱きしめる。

「おにいちゃんは、ずっとシャリと一緒だよ」

右手をシャリの頭に回し、左手を背中から脇に回して抱く。よしよし。

 左手の指の腹で撫でると微かに肋骨を感じる。皮下脂肪を感じない薄い皮膚は猫みたいだな。シャリは惚けたような表情でゆっくりと顔を上げる。

 右手の指先で細い髪を漉く。サラサラとした金髪が指先からこぼれる。シャリはそっと目を閉じて微かに唇を突き出して。

「盛り上がってるところ悪いんですけど」

「!」

「なんか来てますよ」



 それは森からやってきた。

 最初は熊かと思った。幅広い横幅と毛もくじゃらの体。しかしそれは直立歩行している。背丈は人の1.5倍ほど。2mを超える。そしてその手には大きなこん棒が握られている。こん棒の頭は節くれだっていてむしろメイスと呼ぶべきかもしれない。ただしサイズは人間が使うそれの倍はある。一言で言って、化け物だ。


 それが八体。


 焼肉の煙る森に化け物の咆哮が響き渡る。


 騎士の二人は剣と盾を持ち、従卒は盾と槍を持つ。バリケードに沿って配置につく。

「話が違うな」

「いままで違わなかったことなんかないだろ」

「まあな」


 立てかけてあった五丁のクロスボウを従卒が構える。化け物の動きが早い。迫ってくる。

「3、2,1、撃て!」

弦の音、そして風を切って飛ぶ矢の音。

クロスボウを捨て槍を取る。騎士は剣を抜く。


「死ぬなよ!」

焼肉大会のために死ぬとか名誉も何もあったもんじゃない。



「なんだあれ」

「バグベアね」

「熊?」

「違う……大きなゴブリン?」

「ホブゴブリンより強い?」

「こいつは馬鹿だけど力が強いから……どうだろ」

要するに同レベルってことだな。


「勝てるかな……」

バグベア対騎士団。丸太のバリケードを挟んだ乱戦を見ている。騎士団といっても正騎士は二名みたいだが。今のところはどちらも倒れていないけど……

「もっといる」

「え?」

あかりが森の奥を指す。シャリが僕らに攻撃力付与をかける。


 騎士たちを迂回して森の奥へ移動する。

『気配察知!』

森の中に、数十体の気配。懐かしい感じ。これは……

 ベルトポーチから小石をゴロゴロと取り出す。「カチッ」と石の当たる音がしてしまう。ゴブリンがこっちを見た。そのまま初弾を投擲!

 人間には不可能な速さで投げられた小石がゴブリンの顔面にヒットし、めり込む。運動エネルギーに加味された恩恵がゴブリンの頭を粉砕する。

 第二弾、第三弾を続けて投擲。数十体のゴブリンがわらわらとこちらに寄ってくるのが気配察知でわかる。ゴブリンは木を陰にして進んでくる。賢い。

 接近戦の時間だ。僕は槍を握る。


「ゴュッ」

一番近くまで来ていたゴブリンの頭が破裂した。シャリのメイスを受けたのだ。頭のない胴体がばったりと倒れる。シャリと目が合う。

「シャリ、行け!」


 シャリがメイスを振り上げる。蹂躙が始まる。ゴブリンが砕けるたび、パーティを組む僕にレベルが加算されていく。

 僕は必死で妹の背中を追いかける。間に入るゴブリンを槍で貫き、振り払い、素早く引き抜く。槍を返し、別のゴブリンの首を切断する。後ろの気配を察知し、ノールックでターンしながら左手で裏拳を飛ばし、反転して右足で蹴りを入れるとゴブリンが吹っ飛ぶ。この間獲得した格闘の恩恵の力だ。

 その時、体に力がみなぎってきた。またもやレベル2だ。シャリにレベリングされている。振り返るがシャリとの距離は離れていた。根本的なレベルによるステータスの差がある。ゴブリンがシャリに群がってくる。追いつかないと。シャリは僕が守るのだ。一人になんかさせない!


 次の瞬間なぜかシャリのすぐ後ろにいた。瞬間移動能力である恩恵"縮地"を獲得したのだ。その場で槍を振り回し、なぎ倒す。ゴブリンが転がり、隣のゴブリンに衝突する。重なって倒れたところに槍を突き刺す。捻る。足をかけて抜く。シャリに近寄る悪い虫はこの僕が許さない!



「よいしょっと!」

倒れたゴブリンシャーマンの背中からあかりは短剣を抜き取った。

 バグベアはゴブリンと協調するほどの知性はない。連れてきたやつがいるはずと見ていた。兄妹が蹂躙するゴブリンの群れから逃げていくゴブリンシャーマンの姿を発見した。追跡しながらマジックミサイルを浴びせかける。パニックになったゴブリンシャーマンの後ろに忍び寄り、短剣で仕留めた。

 辺りを確認する。ゴブリンの蹂躙は掃討戦に移行しつつある。自分の中で気になったことがある。

『私いま「よいしょ!」って言った?』



 化け物を二体倒したものの、すでに従卒が二人倒れている。相手は6。こちらは5。

じり貧ではあるが、騎士は二人とも残っている。ウェンは素早く考える。戦力比的には互角だ。ただ、手数が足りない。押し込まれている。ちょっとでいい、隙を作れないか。


 その時、白い光が幾筋も視界を横切った。四本の光の矢が化け物どもの背に次々と突き刺さる。目の前の化け物が咆哮を上げてのけぞった瞬間、化け物の膨れた毛もくじゃらな腹の上部、横隔膜のあたりに剣を突き立て、押し込む。テコの原理で剣先が胸を内部から切断する。引き抜く。


 ぐらっと化け物が倒れてくるのを避ける。光が飛んできた方向、森の中からフードを被った人物が出てきたのが見えた。伸びる足が白い。女だ。女は頭を振りあげる。フードが外れ、茶色の髪が流れる。色白で、整った顔立ち。長い耳。緑の瞳。エルフの少女がそこにいた。冬の日差しを受けて、その姿は美しかった。


『女神なのか?』

一瞬抜けた気をウェンは慌てて立て直す。化け物はまだ残っている。



 ばら撒いたマジックミサイルで一体のバグベアが倒れた。既に深手を負っていたのだろう。そして騎士が一体のバグベアを倒した。残りは四体だ。


 騎士が一体ずつのバグベアに接敵し、従卒は固まって一体を相手にしている。華奢なあかりの姿を見て与しやすいと考えたのか、一体のバグベアが目の前に飛び込んできた。

「わたし接近戦のキャラビルドじゃないんだけどなー」

 短剣で巨大な棍棒を弾くが、その力では弾ききれない。腕に掠る。弾き飛ばされそうになるが……

『痛くないな』

プロテクションの効果だ。掠ったぐらいではダメージは受けない。


『あかりちゃん、もうちょっと頑張りますか!』

レベル上がらないかなー。


・・


「我が命はあなたのものです」

「そういうのいいから!」

騎士に跪かれて手の甲にキスされそうになり、慌てて飛びのく。

おじさんとかちょっと無理なんですけど!



 バグベアとの戦いは終わっているようだ。騎士達のところに行ってみる。あかりが立っていて足元に騎士が跪いている。なにをしてるんだろう。


「どうしたのあかり?」


 あかりは僕の顔を見ると早口で喋りかけてきた。


「バグベアってD&Dではメジャーなんだけどラノベではあんまり出てこないからちょっとびっくりしちゃったけど、もともとバグベアは伝承的には妖精の一種だからゴブリンの近縁種というか」

「あかりストップ」


・・


「いい天気ですねー」

ウェンさんとあたりさわりのない会話を交わす。二人の怪我人はシャリがこっそり治した。見られてないよね?


 ウェンさんに「食うか?」と聞かれた。イノシシは焼きすぎだったが、鹿は結構よかった。塩味が足りなかったけど。お土産も包んでくれた。いい人かもしれない。


「じゃあそういうことで。焼き肉ありがとう!」

早く帰らないと。レベル2になったのだ。今度はあかりのレベルを上げないとな。


――

フィン:レベル2(up)(人間:転生者)

・恩恵:レベル判定、レベル移譲、気配察知、槍使い、投擲、格闘、縮地(new)


シャリ:レベル4(人間)

・恩恵:癒し(フィンに効果2倍)、プロテクション(フィンに効果時間2倍)、攻撃力付与、メイス使い


あかり:レベル4(エルフ:転生者)

・恩恵:鑑定、初級攻撃魔法、隠密、耐寒


――


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