第10話 ホブゴブリン

 あかりは森に入り込む兄妹の後ろを影のように進む。エルフはもともと種族的性質として森の中を静かに早く動くことができる。隠密の恩恵も持つあかりは森の中ではほぼ幽霊だ。


 不思議な兄妹だった。兄妹の両親の話も合わせると、妹のほうは癒しの恩恵を持っている。それにさっきかけていたプロテクションの恩恵。レベル3という鑑定は間違っていないはず。でもシャリは13歳の女の子だ。見た目はもっと小さい。とても高レベルには見えない。どうやってレベルを上げたんだろう。


 そしてお兄ちゃんだ。兄妹でゴブリン狩りをしていたのなら兄だけレベル1なのはおかしい。レベルは低いほど上がりやすいからだ。それに狩りの様子はどうみても兄のほうが手馴れている。まあでも色仕掛けには弱いからお兄ちゃんちょろいな。


 兄妹が立ち止まっている。戻ることにしたようだ。たしかに森の様子が変だ。生き物の気配がない。兄は妹の手を取って……前に走り出した。そっちは森の奥なんだけど!


 慌てて兄妹の後を追う。森が暗い。木漏れ日もなく、あたかも夜のよう。今は朝だし今日は晴れのはず。いくらなんでも暗すぎる。そして幾多のファンタジーに書かれているように、エルフは夜目が効く。森が暗く見えるとかおかしい。


「おにいちゃん!」

叫び声がする。前で兄妹が、地面に埋まった!地面に見えていたのは幻影だ。ポッカリと穴が空いている。


 森の異様な暗さが消え、本来の明るさに戻っている。

「グェ」「グェ」「グェ」…………

何匹ものゴブリンが穴の周りに集まってきた。手に岩を持って。



 僕はシャリと森の中を歩く。今日はゴブリンが見つからない。森の中をちょっとだけ深くまで入ってみることにした。小動物の気配もしないのでゴブリンいそうなんだけどなあ。


 気が付いたら暗い森の中だった。こんなところまで入る気はなかったんだけど……。立ち止まり、シャリに言う

「なんかおかしい。戻ろう」

「うん」

僕は後ろの方を振り返って叫ぶ。

「あかり、戻るぞ」

あかりはどこにいるのかわからない。見失ったか?戻らないと。


 焦ってだんだんと小走りになる。こんなところ通ったっけな。何回も通ったことのある森のはずなんだが。戻ろうとすればするほど奥に入ってる気もする。

「おにいちゃん!」

いきなりシャリが僕の手を引く。振り返るが、勢いがついた足はそのままあと一歩踏み出す。足が宙を踏んだ。体勢が崩れる。シャリが僕の体を掴むが、二人でそのまま落ちる。

「落とし穴だ!」


「グェ」「グェ」「グェ」「グェ」「グェ」「グェ」「グェ」…………

ゴブリンの音がする。



 あかりは思案する。この数のゴブリンなら攻撃魔法でなんとかなりそうだ。無属性の魔法の矢”マジックミサイル”を全弾打ち込めばいい。

『なんだけど……』

この世界のゴブリンは妖精である。それも悪い妖精。旅人を惑わせ、誘い込み、食べてしまう。とはいえ、ここにいるゴブリンは単なるいたずら妖精だ。こんな大それた罠を張るほどの知性はない。


 周りを見渡す。いた!

 全身に入れ墨を入れ、羽やら骨やらで飾り立てたゴブリンが木の陰に隠れていた。他のゴブリンよりも大きく、その手には大きな杖を持つ。あれは、森に幻覚を張り相手を誘い込む魔法使い、ゴブリンシャーマン。幻影術に優れ、その力はあかりにも劣らない。


 そしてゴブリンシャーマンの背後に立つ人間ほどの大きさの姿。皮鎧を着て、その手には剣を持っている。パッと見には人間だが、その顔はまぎれもないゴブリン。鑑定を働かせる。その強さは……レベル3ぐらいありそう。あれは、ホブゴブリンだ!


 ゴブリンシャーマンもホブゴブリンも強敵だ。一体ならまだしも二体同時に相手をするのは荷が重い。その両者に加えて10匹のゴブリンがいる。通常であればこれは逃げの一手だ。あかりの技量であれば森の中では完全に逃げ切ることができる。しかし。


 お兄ちゃん大丈夫かな……


 考える。兄妹にはプロテクションの恩恵がかかっている。ゴブリンたちが岩を投げ込んだとして、それさえ耐えられればあとはゴブリンとの肉弾戦だ。二人ならなんとかなるかもしれない。しかし、シャーマンとホブは強敵だ。自分が何とかしないと無理だ。


『お兄ちゃんは任せた!』


 あの妹はレベル3なんだから何とかしてくれるだろう。こっちは魔法使いから倒すのが定石だ。あかりはシャーマンに集中してマジックミサイルを撃ち込む。



「落とし穴だ!」

よく考えたらゴブリンのほうが僕よりよっぽど文明的なのでは。いや、いまはそんなことを考えている場合ではない。

 槍は手元にない。穴の外に落ちているようだ。落とし穴の深さは1.5mほど。ちょっとジャンプすれば周りは見える。ジャンプ。


 周り中からゴブリンが近づいていた。どれも自分の頭ほどもある岩を抱えている。

 そして、岩が降ってきた。シャリを抱えて守る。


・・


 ゴブリンたちは岩を穴に投げ込んだ後、そうっと穴の中を覗き込んできた。穴の縁に張り付いて下から手を伸ばす。気配察知でゴブリンの位置を探っていた僕は。頭を覗かせたゴブリンを二匹、穴の中に引きずり込む。


『攻撃力付与!』


 シャリがレベルにものを言わしてゴブリンを押さえつけたところを、攻撃力を付与された僕は岩でゴブリンの頭を潰す。兄妹の息のあったコンビネーションだ。「ゴキッ」と骨の砕ける音が二つ。

 間髪入れず次のゴブリン二匹も穴の中に引きずり込む。穴から黒い煙が立ち昇る。


 残りのゴブリンは恐れをなしたか首を引っ込めてしまった。


 気配察知でゴブリンの位置を探ると、奴らは逃げていなかった。すぐ近くで様子をうかがっている。どうしようか。

 穴の深さは僕の身長と同じぐらい。そのままではゴブリンは見えないが……


 掴んだ岩を構える。大きさはゴブリンの頭程度。ちょうどハンドボールサイズだ。振りかぶって構える。気配察知を頼りに、オーバースローで、シュート!

「ガッ!」

ヒットした。『気配察知!』一匹減ったな。


 シャリが次の岩を渡してくれる。おにいちゃん頑張るからね。ゴブリンの気配に向けてぶん投げる。今度は外れた。避けられたみたいだ。まあいい、岩はいっぱいある。攻撃力付与がある以上当たりさえすればダメージは入る。


 合わせて七匹目のゴブリンを倒したとき、僕の体の奥から熱が沸き上がってきた。体に力がみなぎってくる。レベル2だ!気持ちが昂る。


 穴のふちに手をかける。シャリに押してもらい、一気に穴から上がる。シャリがメイスをこっちに伸ばしてきた。掴んでシャリごと引き上げる。周りを見渡し……「あった!」僕の槍だ!手に取る。込み上げる無双感。


「グェ?」

三匹のゴブリンがこっちを見ている。武器を持っていない。ゴミだな。

 槍を一閃する。槍の刃でゴブリンの首を切断すると。そのまま次のゴブリンを突き刺し、捻る。二匹のゴブリンは黒い煙になって消える。やっぱりレベル2になると体の切れが違う。


「グェ」最後の一匹のゴブリンがシャリにとびかかるが、カウンターでシャリがメイスを振るう。シャリは自分にも攻撃力付与をかけている。メイスが直撃したゴブリンの頭が砕ける。


・・


「グモォォォぉぉぉぉ」


 ゴブリンを一掃したかと思ったら、木の陰から大きな姿がのしのしと歩いてきた。人間の大人ぐらいのサイズがある。皮鎧を着て、剣を持っている。人かと思ったが顔はゴブリンだ。

 そいつは僕に向かって剣を振りかぶる。とっさに槍で躱す。剣が槍をとらえ、僕の槍が折れた!無双感終了。

 手に残った槍の柄をそいつの顔に向けてぶん投げ、剣を躱す。


「おにいちゃん!」

シャリが割り込んできた。メイスで剣を受ける。そのままメイスと剣の近接戦となる。武器のない僕は手を出せない。

 圧倒的不利ではないが身長差と対人戦の慣れでシャリが押されている。大ゴブリンは剣で攻撃と見せかけて足を使った。まともに蹴りを食らったシャリが吹き飛んで転がるが、追撃はない。


「グゥォ?」

いつのまにか大ゴブリンの背中にあかりが回り込んで短刀を突き立てていた。大ゴブリンがあかりの方を向く。


 僕は倒れている妹に駆け寄って抱え上げる。

「シャリ、大丈夫か?」

「おにいちゃん、あれを……もう一度……」

シャリは口を半開きにして目を閉じた。

 シャリを抱きしめ、ワンアクションで唇全体を僕の口で塞ぐ。シャリが大きく目を見開く。乱暴でごめん。歯が当たらないようにしながら舌で位置を調整する。

 思いっきり口の中に舌を入れてしまったが、シャリはそれを迎え入れて吸いついてくる。シャリの舌と僕の舌が絡む。えっと何してたんだっけ、そうだ。


レベル接続コンタクト!』


 シャリと僕の間でレベル回路が形成される。


レベル譲渡トランスファー!』


 僕の腕の中でシャリが身もだえし、流れ込む力を目をつぶって耐える。そしてシャリは目を開け「メイスを」とつぶやいた。満足げな表情。



 大ゴブリンとあかりの戦闘は続いている。あかりはうまく攻撃をいなしているが短剣では剣にリーチが敵わない。防戦一方だ。そこに。


 シャリが殴り込んだ。メイスが軸足をとらえる。大ゴブリンがよろめく。フルスイングのメイスがわき腹をとらえる。大ゴブリンは転倒する。シャリはメイスを地面に叩きつける。


 メイスと地面との間にあった大ゴブリンの頭が砕けた。勝った!


「これはホブゴブリンよ」

息を整えながらあかりが言う。あーこれか。たしかにゴブリンよりでかいな。ホブゴブってラノベだと初級の中ボスクラスだよな。


「元々D&Dのホブゴブリンはゴブリンよりちょっと強いぐらいだったんだけど今回のはかなり強かったわね。やっぱりこの世界はD&D的世界観がベースとなっているもののラノベの影響が」

「ストップ」


 ホブゴブリンが黒い煙になって消える。煙の後にホブゴブリンの剣は残った。ドロップアイテムかな。



 あかりの解説によると、僕らはゴブリンシャーマンの幻影魔法の中に入り込んでしまっていたらしい。

「それでー、ゴブリンシャーマンはなんとか倒したんだけどその後ホブゴブリンに追い掛け回されてぐるっと一周して帰ってきたらあんな感じで」

「ありがとう!あかり!」

「で、なんで戦闘中に兄妹で抱き合ってたの?」

「いや、あれは……」


 あかりはにやにやして言う。

「私にもしていいのよ、お兄ちゃん!」


 ホブゴブリンの剣はその後鍛冶屋に売ってあかりにお金を返した。残りはパーティーの貯金にする。


――

フィン:レベル1(人間:転生者)

・恩恵:レベル判定、レベル移譲、気配察知、槍使い、投擲(new)


シャリ:レベル4(人間)(up)

・恩恵:癒し(フィンに効果2倍)、プロテクション(フィンに効果時間2倍)、攻撃力付与、メイス使い(new)


あかり:レベル4(エルフ:転生者)

・恩恵:鑑定、初級攻撃魔法、隠密、耐寒


――

次回より新章 バグベア編


シャリちゃんの挿絵はこちら

https://kakuyomu.jp/users/yamamoriyamori/news/16817330652670141789

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