第9話 準備

「ところであかり」

「なあに、お兄ちゃん」

あかりは僕のことを「お兄ちゃん」と呼ぶ。ちなみにシャリは僕を「おにいちゃん」と呼んでいる。紛らわしいが声が違うからわかる。


「あかりの恩恵を教えてくれ」

「女の子にそんなこと聞くとかマナー違反よ」

「そうなの?」

「うーん、面と向かって聞かれたことないな」

まあセンシティブな個人情報だもんな。人に言えないような微妙な恩恵もあるだろうし。


「でもお兄ちゃんだから教えとくよ。鑑定、初級攻撃魔法、隠密、耐寒よ」


 そう、あかりはレベル4だったのだ。とはいえ「レベル4なの?」と聞いていいものかわからないのでいままで聞きそびれた。


「鑑定って、なにがわかるの?」

「人だったらレベルとか、転生者ならぼんやりと前世がわかる。あと魔物なら強さとか、モノなら本物かどうかかな」

「そのレベルってなに?」しらばっくれてみる

「レベルってのはその人の強さね。ゲームと一緒よ。まあ持ってる恩恵の個数だと思えばいいかな」

「そうなんだー。恩恵の内容はわからないの?」

「それはスキル鑑定というのが別にあるのよ」

「僕はレベルいくつ?」

「お兄ちゃんはレベル1よ」

なるほど。話を変えよう。


「そっかー。隠密と耐寒があったから、この寒い中あんな薄着で森の中で大丈夫だったんだな」

「うん。だから見つけられたのはびっくりした。隠れて寝てたはずなのに」

「あー、僕、気配察知あるから」

「へー、お兄ちゃんは空気読むキャラだったのね。私のお兄ちゃんとは思えないわ。それよりね」


 あかりはシャリのほうを向く。


「なんでシャリちゃん、レベル3もあるの?」

いきなり話を振られてシャリがびっくりする。

「えっと、シャリ、おにいちゃんと一緒に冒険してたから」

「それならお兄ちゃんも同じレベルになってないとおかしい」

ですよねー。


「まあいいわ」こっちに向き直ったあかりが、机の向こうから身を乗り出して来る。


 僕の目の前にあかりの顔がアップになる。緑色じみた色白の肌。大きな深い緑色の目。まつげが長い。それぞれのパーツの造形が秀逸だ。そしてトータルバランスがそれに輪をかけている。人とは思えない美形。なるほどこれがエルフか。


 整った顔の下、チュニックが胸に押し下げられ、胸元が開いている。白い肌と谷間。目が引き寄せられる。さっきも思ったけど下着つけてないよね。ということは……本能的に覗き込む誘惑を抑える。これは妹だ。いや、むしろ妹だからセーフでは。要審議だな。シャリの肘がわき腹に食い込む。見てないから。セーフだから。慌てて視線を上げる。セーフかな?見てないから!


 あかりはその美形に微笑みを浮かべている。微笑んでもその美は損なわれない。エルフすごいな。シャリの肘がもう一度わき腹に。あかりは微笑みを変えずに告げる。


「ダンジョン潜るんだからその前にレベル上げするわよ。お兄ちゃん」



 あかりが全員の装備を点検する。僕の腕はシャリがずっと抱きかかえて離さない。


「お兄ちゃんは、槍か。まあまあね」

手作りを褒められた。ちょっとにやにやする。シャリの左ひじがわき腹に当たる。


「シャリちゃんは、杖ね」

あーそれね。

「本当はメイスにしたいんだけど」

「鍛冶屋さんで頭を作ってもらえば?」

「お金がないんだ」

僕ら兄妹はお金というものを持っていない。たまにお駄賃をもらっても使い切っちゃうから。子供というのはそういうものだ。


「大丈夫!」

あかりは胸を張る。胸大きいなやっぱり。

「私に任せて!」

シャリが僕を睨んでいるのがわかるが、いや妹だからセーフだろ。


 あかりはお金を持っているらしい。さすがレベル4だ。鍛冶屋に注文してハンマーの頭みたいなのを作ってもらう。4方向にとげが生えているやつだね。明日にはできるとのこと。


 村の中でいろいろ買い物。ロープとか、バックパックとか、ベルトポーチとか。あと松明とか火打石とか火口とか発火しやすいオイルとか。バックパック以外は手に入った。バックパックは3つ注文する。


「ダンジョンってずいぶん火が必要なんだね」

「暗いし、火が苦手な魔物もいるんだよ」

「火事にならないの?」

「森では使わないから」

そうだよね。エルフだもんね。



 夕方、あかりも一緒になってご飯を食べる。母さんはすっかりあかりと打ち解けて「彼女さんもいっぱい食べてー」とか言ってる。関係性を説明できないのでそのままにしておくが、エルフが彼女とかそういうのは違和感ないのかな。多様性への理解力高すぎ。

 父さんは僕の左隣に座るあかりの顔をちらちらと見て気にしているがそれが普通の反応だと思う。シャリは僕の右隣で澄ましてご飯を食べているが、机の下で左足を僕の右足に絡めてきた。行儀悪いのでは。


 夜、5人で並んで寝る。そういえば、僕はいつもシャリに後ろから抱きつかれて寝ている。シャリが何かに抱きついていないと寝られないのと、僕的にシャリを正面から抱いて寝るのがいろいろやばいからだ。いやまじやばいんだって。天使だから。当たるから。僕のが。


 そして今日は、目の前にあかりが寝ている。反対側にシャリが寝ているからだ。背中にシャリのちっちゃい柔らかいものが当たっている。なんか背中にすりすりされてるんですけど。あ、足が後ろから絡みついてきた。


 上半身を前に傾けて、背中に当たるやわらかいものから距離を採ろうとする。あかりの寝顔に近づいてしまう。月明かりに浮かぶエルフの美少女の横顔はこの世のものとも思われない。光を放っているんじゃないか。あ、あかりがこっちに寝返りをうった。整った顔が接近する。あと20cm、15cm、10cm。やばい。首をすくめて顔を下に向ける。


 目の前にあかりの胸がある。暗い谷間と、輝く二つの丘と。ぎりぎりで乳首は寝巻に隠れているからセーフだ。あれ、あかりが寄ってきたぞ。10cm、5cm、コンタクト!僕の顔は柔らかい地帯に埋まる。谷間がなかったら窒息して死んでしまうところだった。そのまま僕の頭にあかりの腕が巻きつく。ぎゅっと、抱きしめられる。顔が、埋まる。


 後ろからも僕の首に手が巻き付いてきた。背中に小さい柔らかい感触が再び。

 左右の妹に前後から抱きつかれており。いろいろなところがやばい。当てないように姿勢を制御する。寝にくい。


 でも妹だからセーフだよ。



 翌朝、シャリのメイスが出来上がった。長さはちょっと短くしてバランスをとる。シャリがブンブン振り回すとニヤっとする。ちょっと怖い。


 今日はダンジョンは行かないが軽く森を回ることになった。そういえば、あかりの武器は短剣だった。これで大丈夫なのか?と思ったけど、基本的には隠蔽でやり過ごして魔法で仕留めていたそうだ。どうやってレベル4になったんだろうと思ったら魔法で延々と長距離射撃でレベリングしたとのこと。スナイパー系なのかな。


 森に入る。

「エルフって、森の中で道に迷うの?」

「自分の森では迷わないな。なんで?」

「会った時、道に迷ったって言ってなかった」

「ああ、あれね。本当は通りかかる人を探してたんだよ」

「なんで?」

「だって、エルフが一人で村に入ってきたらなんか怪しくない?田舎の人って猜疑心が強いからいろいろ大変なのよ」

村の外にいても怪しかったけどね。

「結局、誰も通らないから寝てたんだけどね。おなか減ってたのは本当」

あかりさん、つよい。


 森に来たので3人でゴブリンを狩るのかと思ったら、あかりはしばらく隠れて見ているとのこと。ゴブリンではもうあかりのレベルは上がらないのでパーティーに入ると無駄だそうだ。わかりました頑張ります。


 気配察知があるのでゴブリンは見つけられるはずだ。とりあえず見つけ次第倒しながら進もう。朝の時点で僕のレベルは1.3ぐらいだったから、理論上はゴブリン7匹ぐらいでレベル上がるはず。

 それにしてもあかりの”隠密”はすごい。僕らの後ろをついてくるのだが気配察知がなかったらぜんぜんわからない。


 そうそう、シャリにプロテクションをかけてもらう。シャリにも自分にかけさせる。レベル3になって3回使える上に一回3時間(僕には6時間)ぐらい効くようになったのだ。これは使いでがある。


――

挿絵は「でも妹だからセーフだよ」

https://kakuyomu.jp/users/yamamoriyamori/news/16817330652924221193

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