第6話 冒険

 レベル2になって以来シャリは超機嫌がいい。新しい恩恵のことは両親には秘密だそうだ。この歳で恩恵が二個あるというのもなんか謎だしね。恩恵の内容説明も難しいし。

「おにいちゃんと二人だけの秘密だよ」いちいちベタベタしてくる。なんかいちいちくっつき過ぎではと指摘してみたが「兄妹なんだからこのぐらい普通」と言われた。普通なのか?というか本当は兄妹じゃなくない?


 なお、両親には僕が恩恵を受けたことを説明した。どんな恩恵か聞かれたので「家の中にいても家の外に人がいることがわかる」と答える。なんか戸惑っていたが、まあ大事なのは恩恵を受けたことなので「そうかそうか」という感じでその日はお祝い。


 とりあえず両親の心配は解消され、これからは僕も大人の扱いだ。といっても今のところなにが変わるわけでもないんだけど。たまに農作業を手伝うぐらい。草取りとか。正式には正月から大人扱いになるらしい。具体的には人頭税とか。


 シャリはすっかり元気になった。というか僕より元気かもしれない。レベルってすごい。もう一緒に冒険に行く気満々みたいだが、その前に調べたいことがある。あと準備もしないとな。


 シャリに聞いたところ新しい恩恵はプロテクションだそうだ。白魔道士っぽくなってきたが神様とか関係なさそう。恩恵の名前は自分でつけたそうだが。

 どういう効果なのか聞いてみたが漠然と「守る」という回答。それしかわからないようだ。守るにもいろいろあるだろ。回避力が上がるとか、バリアみたいなものが発生するとか、硬くなるとか。


 とりあえずプロテクションをかけてもらう。ちょっとした違和感というかむず痒いというか冷え込んだ体で熱い風呂に入った感覚?この世界では風呂入ってないけど、そんな感じがする。なんか変わったのかな。どうなんだろう。よくわかんないな。

「どう?」と聞いてくるシャリ。

「よくわかんない」

「うーん、それだったら」とシャリ。料理用のナイフを持ってくる。

「ちょっと刺してみる?」

「守るんじゃなかったの?」

「治してあげるから大丈夫」それ、なんてマッチポンプ。


 とりあえず小石を10個ほど用意し、僕に向かって投げてもらう。もちろん家の中でだ。外だと変な兄妹だと思われる。

「どう、おにいちゃん?」

回避力が上がった気はしない。バリアも出ない。でも当たっても痛くない気はする。

「痛くないかも」


 シャリが寄ってきて僕の頬をムニムニと引っ張る。

「触った感じ変わらないなあ。じゃあ……」


 いきなりシャリが僕に抱きついてくる。全身から感じるぐにゃっとした感触の中に少しだけふわっとした感触がある。胸がちょっと当たってるんですけど。

「どう?」

「柔らかい……かな」


 シャリは一歩離れて自分にもプロテクションをかける。そしてまた抱きついてくる。

「どう?」

「えっと……柔らかい……かな」


 シャリは僕の右手を掴むと、自分の胸に押し当てる。

「どう?」

 指先がシャリの皮膚に当たる。皮下脂肪を感じない子供の体だ。それなのに手のひらの部分だけは別種の柔らかさがある。シャリが僕の右手を掴んでゆっくりと滑らせる。弾力を感じる。そして手のひらの真ん中にぽつっとした感触。

「えっと、柔らかいというか……許して」

シャリはフフッと笑う。わざとやってるだろ。


「まあ、体が硬くなるとかでもないみたいね」

シャリは小首をかしげて言う。ナイフを持っている。

「やっぱり刺してみよう」そうですか。やっぱりですか。


 いろいろ試した結果、どうやら、ある程度の勢いをつけた攻撃を受けると皮膚が硬くなるみたいだ。ちなみにゆっくり押し当てたナイフは普通に血が出た。シャリに治してもらう。


 問題はどれぐらい持つかだな。時間で切れるのか、あるいは受けたダメージで切れるのか。いきなり切れるのかだんだん弱くなるのか。異世界は全般的に説明が不親切すぎる。


 5分ごとに小石を投げ合った結果、二時間ぐらいでシャリにかかったプロテクションは切れたみたいだ。僕のはさらに二時間ぐらい持った。まあ時計がないので感覚値だけど。四時間持つなら鎧の代わりとして普通に冒険に使えそうだ。


 他に確認することとしては、一日何回使えるのかとかかな。癒しもだけど。聞いてみたらプロテクションは二回で癒しは四回。プロテクションを覚える前、つまりレベル1の時は癒しは一日二回だったそうだ。レベルによって回数増えるのかな。


 僕の恩恵はといえば、レベルを見る方は何回でも使えるっぽい。相手をじっと見る必要があるのでいつもやってるわけじゃないけど。レベルを渡すほうは最大でもレベル回数マイナス1だな。レベル0になったら死んじゃうかもしれない。



「おにいちゃん、冒険に行こうよ」

シャリのいう冒険というのは森に行くことのようだ。今までぜんぜん外に出られなかったしね。ゴブリンに備えてなんか武器を持たせよう。何かといっても杖ぐらいだけど。


 シャリの身長は135cmぐらい。樫の木の枝を1mぐらいナイフで削りだす。皮をむいて磨いてまあこんなもんかな。本当はメイスっぽく頭に重りを巻いてトゲを付けたいところだが僕にはそういう加工はできない。


「ほらできた」

シャリはにこにこして受け取る。うれしそうだ。

「じゃあちょっと行ってみるか」軽く近所を散歩してみよう。


 村を出るとなだらかな丘に畑が広がる。季節はもう秋だけど日が出ている分には暖かい。のどかな風景だ。気配察知を働かせてみる……ウサギと、ヒバリかなこれは。数十メートルにいる生き物の気配がわかる。見えるわけではなくなんというか「聞こえる」に近い感覚だ。


 畑の少し先に森が見える。森といっても村の近くは薪を採ったりするので人が入り込んでいる。木も疎らで明るいしゴブリンも出ない。多分。


『ゴブリンいないよね……?』

僕は気配察知を使ってみる。森の中はなにかわさわさと動くものの気配を感じる。どれも小動物かな。


「おにいちゃん、外っていいね」

シャリはいままで外に出られなかった。見るものすべてが素晴らしいんだろう。僕はシャリの手を握って森を散策する。


 ドングリを拾ったり、キノコを採ったりしていたらちょっと気配が変わっている。小動物の気配がない。森の奥まで入りすぎてしまったみたいだ。僕はシャリの手を握ると「しっ」と口を閉じさせ二人で木の陰に隠れる。気配察知を使う。


『いる』この先の木の陰からこっちを見ている。ゴブリンだ。目が合う。ゆっくりと槍を構えて。


「わーーー」

大声を出して突っ込む。ゴブリンは動きが止まっている。そのまま槍を突き刺す。槍はゴブリンに刺さると今回は突き抜けることはなかった。踏ん張って素早く槍を引いてもう一度突き刺す。捻る。


 ゴブリンは黒い煙になって消える。


「おにいちゃん、プロテクション掛けさせてよ」

「ごめんつい」


 今日は慣らしのつもりだったのにちょっと森の奥に入りすぎたみたいだ。もう帰ろう。

「プロテクション!」

シャリがどや顔で恩恵を発動する。例のちょっとむず痒い感じが体に広がる。いまさらだがまあ家に帰るまでが冒険だしな。


 ちなみにレベルだけど、いまのゴブリンを倒して僕には0.1ぐらいのレベルが入った。シャリはもう増えてるのかどうかもよくわからない。

 入るレベルの差は、僕がとどめを刺したからか、あるいはシャリのレベルが僕より高いからか。条件はもっと検証してみよう。



 この日から、毎日とはいかないが週に二日ぐらい、キノコ採りと称して僕とシャリは森に入った。森の奥に入る前にシャリは僕にプロテクションをかける。


 出会った魔物はゴブリンだけ。大猪とか出ても困るからいいんだけど。僕が倒すことが多かったが、たまに倒しきれずシャリがとどめを刺すこともあった。シャリはうれしそうに杖を振り回してゴブリンをぶん殴る。ちょっと怖い。


 一カ月ぐらいゴブリンを倒しまくって分かってきたこと。


 魔物を倒したときのレベルはパーティーで分割される。

とどめを刺した人以外は半分しか入らない。

レベル2の人にはレベル1の人の1/4しか入らない。


 つまり、僕がゴブリンにとどめを刺して0.1入る時、シャリにはそのさらに1/8しか入らない計算になる。あんまり小さい数字はよくわかんないけどそんな感じ。


 ということで、ゴブリンを倒しまくって僕がレベル2になった時、シャリは2.1ちょっとぐらい。

「久々のレベル2だ。僕は帰ってきた」ちょっと興奮する。

そして今度こそ僕は槍の恩恵を手に入れた。まあここまでは予定通り。


 問題はその後だ。レベル2になると体はよく動くようになり前よりも楽にゴブリンを倒せるようになった。ただ、レベルが全然上がらない。10匹倒したが0.25ぐらい?つまり”レベル2の人にはレベル1の人の1/4しか入らない”が適用されている。


 ここで、僕がシャリにレベル譲渡トランスファーしたらどうなるんだろう?シャリはレベル3になる?それとも1/4しか入らない?そもそも僕のレベルより上にはならない可能性もあるな。まあなんか失敗したとしても一ヵ月の損だ。


「シャリ、次の恩恵はなにがいい?」

「もちろん」シャリは鼻をならしてどや顔だ

「おにいちゃんを助ける!」


 僕はシャリを抱きしめる。目を見つめる。なんかこういうのってタイミングが合わないと無茶恥ずかしいよな。どうしよう。

 シャリはふっと微笑んで目を閉じてくれた。口をちょっと開いて突き出している。その口を覆うように唇を合わせる。シャリの唇がムニュムニュと動いてくる。その唇の間に舌をちょっと入れてみると、薄い舌が僕の舌に絡んできた。合わさった口の中で、二人で互いの舌を舐め合う。


レベル接続コンタクト!』


 シャリが僕を受け入れ、レベル回路が形成される。


レベル譲渡トランスファー!』


 僕はシャリから唇を放す。よだれが糸を引く。

 はあはあという二人の息だけが聞こえる。レベルを確認する……


 シャリのレベルが3になっている。


 いやこれちょっとやばいのでは。


――

フィン:レベル1

・恩恵:レベル判定、レベル移譲、気配察知、槍使い(new)


シャリ:レベル3(up)

・恩恵:癒し(フィンに効果2倍)、プロテクション(フィンに効果時間2倍)、攻撃力付与(new)


――

シャリちゃん初めて森に入った時の挿絵はこちら

https://kakuyomu.jp/users/yamamoriyamori/news/16817330652663244231

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