第5話 レベルアップ
朝、両親が畑に出た後、槍(本番)を持ってこっそり家を出る。
「おにいちゃん!」
シャリに見つかった。
「どこ行くの?」
「いやちょっと散歩かな」
「槍持って?」
「ほら最近危ないから」
シャリがジト目で僕を見ているが、口元がにやりとしている。
「じゃあ、シャリがついていきます」
「いや、まじで危ないからほんと」
「ほらーやっぱり危ないことしようとしてる」
シャリはペタペタと歩いてくると背中にぴたっと抱きついてくる。
「おにいちゃんはシャリが守るから」
「ほら、シャリこないだまで村の中も歩けないぐらいだったし、村の外とか危ないよ。走って逃げることもあるんだから。もっと体力つけないと」
「むー」シャリがむくれる。かわいい。
「じゃあ、おにいちゃんと同い年になったら一緒に行くから。絶対だよ」
「うーん、まあじゃあそういうことで」とりあえず先延ばし。
それまでにレベル上げないと。シャリの。
◇
都合、三回目のゴブリン狩りだ。一回目はゴブリン狩りが目的だったわけじゃないけどね。
いつものゴブリンが出そうなところに来た。ついでだから薬草も探そう。
「…………」
ゴブリン、いそうな気もするんだが、探すといない。薬草しか見つからない。
「うーん」よく考えると、今までゴブリンは油断しているときしか出てきてないな。隠れて見ているのかもしれない。
ゴロン。転がってみる。10秒、20秒、30秒、いやこれ怖い。ゴブリンがいるかもしれないと思うと怖すぎる。やっぱやめ。
顔をあげる。ゴブリンがそーっと手を伸ばして僕の槍を掴もうとしている。
「うぁーーーー」
進歩がない。
起き上がりざまに槍を振り回す。槍の柄がゴブリンの頭にクリーンヒットする。転がるゴブリン。衝撃で手から離れて転がる槍。慌てる僕。槍を踏んづけて止め、掴みあげる。
「これで俺の手は完全になった……だっけな」
主人公っぽいせりふをつぶやき、フラフラと起き上がるゴブリンに槍を向ける。胸の真ん中を狙い、練習の通りに突く。ゴツっと骨に当たる感触。でも止まらない。そのままゴリゴリと押しながら捻る。槍がゴブリンを突き抜ける。
「えっと、どうしたらいいんだ」
槍が抜けない!
ちょっとパニックになって槍を振り回していたら、ゴブリンは黒い煙になって消えた。いや、これ複数いたら危ないぞ。練習では槍が刺さって抜けないとかなかったからな。ちょっと考えないと。
気になって槍の穂先を見てみる。ぐらつきはないな。うまくできてるみたいだ。そういえばレベルはどうなった!自分のレベルを見る。確か1.2だったはず。レベルは……
1.5には……届いてないぐらいかな。1.4かその辺。
前にゴブリンを絞め殺したときは1.5で、その後短剣ゴブリンを倒したらちょうど2.0ぐらいになったから0.5ぐらい上がった。今回のゴブリンは0.2ぐらい?ゴブリンの種類が違うのか、武器の違いか、そういえば今のゴブリンはこん棒だったな。となると今のならあと3匹か。
こん棒ゴブリンならそんなに強くないし、文明の利器を手にした今となっては倒せるとは思うんだけど、なにせ見つけるのが一苦労だ。もっと奥に入るべきだろうか。でも複数出てきたらどうしよう。うーん。
いったん退却しよう。僕は慎重なのだ。
◇
薬草のおばあちゃんのところに行く。さっき採った体を強くする薬草を渡す。
「おばあちゃん、これあげる」
「おお、フィンか。そういえばお前のところの妹、元気になったな」
「うん、おかげさまで。ところでおばあちゃん、ゴブリンを見つける方法ってない?」
「うーん、あれは妖精の一種だからな。なかなか人間から見つけることは難しいんじゃよ」
なかなかうまくはいかない。
「これ、薬草のお駄賃じゃよ」
「ありがとう!」
受けてもいなかった無理やりクエストのお駄賃をもらった僕は、リンゴを買って鍛冶屋に行く。
「これ、こないだのお礼!」リンゴを渡す。
「おや、ありがとう。ところで、その槍、こないだの短剣か?」
「そうだよ。自分で作ったんだ」
「よしちょっと見せてみろ。うん、なかなかうまいもんじゃな。よくできとる」
プロに褒められてしまった。うれしい。
「ところでこれ、刺さったら抜けないんだけどどうしたらいいかな」
「それは練習が足りないんだろ。うーん、まあちょっと貸してみ」
おじさんは端切れの厚い革で剣の鍔のようなものを作る。切れ込みを入れてそこに槍の穂先を差し込み、柄のあたりまで深く差す。
「こんな感じでどうじゃな」
「なんかよさそう。ありがとうおじさん!」
これでゴブリンと再戦だ!
◇
翌朝、槍(本番・改)を持って再び森に。シャリが心配そうな顔でこっちを見ていたが、レベルアップまであと一回か二回だ。ちょっと我慢してもらおう。大丈夫、文明の利器がついている。
森に入る。いつもよりちょっと深いところまで。なんか暗いな。大丈夫なのかこれ。戻れるのか?
心配になってきたので戻ることにする。僕は慎重なのだ。
「グェ」
振り返る。ゴブリンだ!チャンス!槍を構える。
「グェ」
後ろからゴブリンの声がする。え?振り返る、そこにもゴブリン。やばい、挟まれた!ゴブリンのくせにパーティプレイかよ。
「グェグェグェ」
前のゴブリンが走ってくる音がする。前のゴブリンまであと5mもない。
槍を構えて前進。とにかく体の真ん中を狙う。当たる瞬間、槍をひねる。ぐりぐりと肉を切る感触。そのまま走り込みゴブリンに蹴りを入れる。倒れたゴブリンに足をかけて槍を抜く。足の下でゴブリンが消える感触。ちょっとたたらを踏んだが足を踏ん張って振り返る。
後ろにいたゴブリンと目が合った。短剣を持っている。
「よう。ひさびさだな」
まあ前とは違うやつだと思うんだけどね。前のやつは倒したし。でも見分け付かないからな。
槍を構える。今回は、文明の利器で勝つ!
◇
結果を言うと、短剣ゴブリンには勝った。辛勝だった。
間合い的には槍が圧倒的有利なのだが、森の中では槍を振り回しにくいのだ。互いに血だらけの泥仕合となり、最後はタックルでゴブリンを倒した上に首を絞めて殺すという全然文明的でない勝ち方だった。まあ勝ちは勝ちだ。なにせ負けたら死んでしまうのだ。手段は選べない。
そして、レベルは上がった。やっぱり短剣ゴブリンは0.5レベルぐらい入るようだ。
ところで、恩恵なんだけどね。
元々は、「槍の恩恵が欲しい」と思っていた。でも短剣ゴブリンとの格闘で「ここでは槍は使えないな」と思った。そのためか、槍の恩恵は手に入らなかった。その代わり……
「気配察知能力?」
どうやらゴブリンを見つけたいという思いが大きかったみたいだ。また説明しにくい恩恵を手に入れてしまった。
なお、今回は短剣はドロップしなかった。
◇
森を抜け、村に近づく。村の入り口に少女が立っている。こっちに近づいてくる。シャリだ。
「ほら、やっぱり危ないことしてた」
ごめん。
「おにいちゃん」
シャリが抱きついてくる。また服が汚れるじゃないかと思うが口にはしない。というか気力が抜けてしまったのだ。危なかった。死ぬかと思った。シャリに支えてもらわないと倒れちゃうかも。
「ヒール」
昼の太陽の下では癒しの光は見えないが、僕の体にシャリの体から暖かさが流れ込んでくる。傷の痛みが引いていく。
「ありがとう、シャリ」
「しょうがないなー。おにいちゃんだからだよ」
シャリの頭をなでる。金髪が日光にキラキラと輝く。
「シャリ、それでなんだけど」
「なに、おにいちゃん」
「もうひとつ恩恵が貰えるとしたら何が欲しい?」
シャリは抱きしめた僕の体からちょっと手を放して僕の顔を見る。
「シャリは、おにいちゃんを守りたいの」
「わかった」
シャリは再び抱きついてきた。僕は抱きつく妹をすっぽりとその上から抱きしめる。流れる金髪をそっと指で漉く。シャリは僕に抱きついたまま顔を上げる。頭の後ろに手を添える。
僕らは顔を見合わせる。期待に満ちた目が僕を見上げている。なんか恥ずかしい。何で目を閉じないの?しょうがない。覚悟を決めて、唇を合わせる。僕の唇でシャリの唇をまさぐると薄い舌を感じた。ちょっと吸って唇で挟むと僕の舌に当たる。この辺でいいかな。
『
僕は念じる。僕の口からシャリの口を通じてレベル回路が形成される。シャリが僕を受け入れる。僕の体から力が流れ出そうとする。発動。
『
シャリの頭の上のレベルバーが伸びる、1.1、1.2、1.3……
「ん、ぁ、ぁ、ぁ、ぁ、ん、ん、ぁ」
レベルはそのまま上昇を続ける。1.8、1.9。そして2本目が点滅して、2.0に達したところで止まる。
「ん、ん、んにい……ちゃん……」
唇を離すがシャリは僕に抱きついたまま。その唇から唾液が僕の口まで陽の光の中白い糸を引いている。僕の方も力が抜けてしまいシャリに抱きついていないと倒れそう。しばらく立ったまま抱き合う。太陽が暖かい。
「シャリ、ここ、人が通るよ」
「おにいちゃんが悪い」
シャリはちょっと離れて、頬を膨らませる。
「でも、ありがとう。おにいちゃん」
次からはシャリとパーティ組めるかな。僕のほうがレベル1だから足を引っ張らないようにしないと。
――
フィン:レベル1
・恩恵:レベル判定、レベル移譲、気配察知(new)
シャリ:レベル2(up)
・恩恵:癒し(フィンに効果2倍)、プロテクション(フィンに効果時間2倍)(new)
――
シャリちゃんが待ってる挿絵はこちら
https://kakuyomu.jp/users/yamamoriyamori/news/16817330652433713239
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