第3話 恩恵

 夜。一家で四列に並んで眠る寝室。シャリの方を向いて横になる。妹は上を向いて寝息を立てている。流れる細い金髪に囲まれた寝顔は本当に天使のようだ。


 妹の寝顔を眺めながら、今後の方針を考える。


 シャリはもうじき13歳になる。この世界で13歳の子供は恩恵を得られないと死んでしまうようだ。これが第一のポイント。

 次に、恩恵を得るにはレベルを上げればいいみたいだ。これが第二のポイント。

 最後に、レベルを上げるには大猪を倒せばよい。そしてこれがハードルが高い。シャリを槍に括り付けて大猪の通り道に置いておく絵面を思い浮かべたが、これは無理だ。


『なにも大猪でなくてもいいんじゃないかな?』

この世界はゲームみたいなところがある。別にイノシシでなくてもゴブリンでもいいのではないか。だったら鶏はどうかな。


 考えてみるとシャリはときどきうちの鶏をさばいているけどレベル上がらないな。ある程度強い相手じゃないと駄目なのかもしれない。


 考えた案は二つ。一つはシャリを連れて森に行きゴブリンを倒す。もっともシャリも攻撃しないと駄目かもしれない。ひょっとしたらとどめを刺さないとダメな可能性もある。ゲームならパーティー登録すればいいんだがこの世界ではそういうのないし。


 そして二つ目の案は、森に行ってゴブリンを捕まえてきて、シャリにとどめを刺させる。問題はゴブリンを見ただけでびっくりして逃げ出したような僕が、ゴブリンを捕まえて生きたまま連れてくるなんてできるのか。

 それに捕まえたゴブリンでもレベル上がるのかという疑問もある。ゲームでいう経験点みたいなものだとすると、それなりに戦って経験を積まないと駄目な気もする。

 というか本当にゴブリンでもレベル上がるのかな。なんか空論が多すぎるな。


 ひとまず自分でゴブリンを倒してみることにしよう。話はそこからだ。それでレベルアップするようであれば次はなんとかしてゴブリンを捕まえる。まずは実験だな。


 シャリが寝返りを打って僕に抱きついてきた。いつもだったら背中に抱きついてくるので油断した。まあ今日はシャリを正面から抱きとめて寝ようか。目の前に妹の寝顔。そっと顔を触ってみる。柔らかくて透き通るような肌に指を滑らせる。静かに体を寄せる。


 細い体を抱きしめると、腕の中にすっぽりと納まる。

『おにいちゃんがなんとかするからな……』

「ん」寝ているはずのシャリが喉を鳴らす。僕はサラサラの金髪を撫でる。


 頑張るよ。シャリ。



 翌朝、両親が畑に出た後、こっそりと家を出る。村から離れて森に入る。怖いから奥までは入らない。こないだの薬草があったあたりまで。ナイフを握りしめ、木の下に座って静かに待つ…なかなかゴブリンは出てこない…眠い。


「グェ」

なんか音がした。ちょっとウトウトしてしまったらしい。昨日遅くまでいろいろ考えてたからな…

「グェグェ」

目をはっきりと開ける。目の前にそいつがいた。ゴブリンだ。

「うぁああああああああぁ」

進歩がない。


 前と同じゴブリンかよくわかんないけど、そいつもまた僕と同じぐらい僕の大声でびっくりしたらしく、手に持っていたこん棒?のようなものを取り落としている。それを見て僕はちょっと冷静になる。体高は1メートルぐらい。大型犬だと思うと怖いけど幼稚園児だと思うと怖くない。


『これは幼稚園児だから!』


 ナイフを握り、思いっきり立ち上がりながら突き刺す。と、怖がったのかゴブリンが尻餅をつく。ナイフはゴブリンの頭をかすめたが刺さらない。そのままバランスを崩してゴブリンの上にのしかかってしまう。ナイフが手から離れて転がる。

「ググェグェ」

体の下のゴブリンが抵抗する。手足をバタバタして引っ掻いてきた。必死でゴブリンを押さえつける。自由にするわけにはいかない。雑魚とはいえ大型犬ぐらいある魔物なのだ。僕はゴブリンの首に手をかける。

「死ね、死ね、死ね、死ね…」あちこちをゴブリンに引っかかれながらも首を絞め続ける。5秒、10秒、20秒…


 両手がふっと宙をつかむ。手の中のゴブリンが煙になって消えた。


「ふう」

立ち上がり、ナイフを拾う。前を向いたまま自分の頭の上を見ようと意識すると自分のレベルがバーとなって浮かぶ。期待したがレベル2になったりはしていないし、新しい恩恵を得た感じもない。

 考えてみる。ゴブリンは弱いし小数点以下なのかもしれない。今のレベルは1.5ぐらいだ。僕の元々のレベルはいくつだったっけな?シャリのレベルばかり見てて細かいところは覚えてなかった。いろいろと間抜けすぎる。


 そもそもいまのゴブリンはちゃんと倒したのだろうか。ゴブリンが煙になるのとかも知らなかったし、よく考えたら何も知らなかった。準備不足過ぎる。これでも元大学生か。子供のテンションに考えが引きずられてるのかもしれない。もっと慎重に考えなければ。


 ここはやはり、日本人としては文明の利器を用意する必要がある。といっても武器はナイフしかない。そもそも武器の使い方わかんないし。頭の中で小説のパターンをいろいろ検討する。

「やっぱりこれだな」僕は落とし穴を掘ることにした。


 掘るといってもここにはスコップはない。というか家に戻ってもスコップなどというものはない。鍬ならあるけど父さんが畑に持って行っている。

 ナイフで太めの木の枝を切り取り、斜めに削り出す。体重をかけて地面に突き立て、倒す。土がポコッと掘れた。方向性としては間違っていないと思い、しばらくやってみることにする。



 三十分後。


『いや、これ無理だって!』


 ここまでで掘れたのは50㎝角で深さ20㎝。木の枝はもう二本折れた。仮にスコップがあったとしても子供一人では無理だ。森に死体を埋める殺人犯とか本当にやれるのかあれ。


 そもそも落とし穴を掘ったとして、ゴブリンがここに落ちるかどうかなんてわかんないじゃないか。餌とかあるなら別だけど。ゴブリンってなに食うんだ。僕?


「グェ」

穴から顔を上げるとそこにゴブリンがいた。


 さっき首を絞めたゴブリンとは違い、手に錆びた短剣を持っている。対する僕は手に穴掘りに使っていた折れた木の枝を持っている。ゴブリンのほうが文明的とは。


「グゥォ」

ゴブリンが飛びかかってくる。とっさに手に持った木の枝で払ってかわすが、短剣が僕の足をかすめる。危ない。いや、見たら血が出てる。危ないとかそういうんじゃなくてやばい。ゴブリンは臆病なんじゃなかったのかよ!


 僕は木の枝を振り回してゴブリンに立ち向かう。ゴブリンは短剣をブンブンと振って威嚇してくる。どうみてもゴブリンのほうが余裕があるんだけど。えーっとこういう時は…

 とっさにしゃがむと、土を掴んでゴブリンの顔に投げる。ゴブリンは左手で払いのけながら短剣を振ってきた。僕の右手に掠る。ちょっとした衝撃。痛くはない。でも血が流れてきた。痛さは後から来るのかもしれない。辛くなってきた。もう泣きそう。


「グゥォォォ」

ゴブリンがまた飛びかかってくる。短剣が僕の顔に向かってくる。躱してよけ……ようとしたところで僕の足が地面を踏み外す。足が宙を踏み、そのまま倒れてしまう。穴だ!誰だこんなところに穴を掘ったやつ!


 幸か不幸か倒れた拍子にゴブリンの短剣はかわすことができた。目の前にゴブリンの足がある。掴んで、思いっきりひっぱる。短剣を空振りしたゴブリンはバランスを崩し仰向けに倒れる。とっさに起き上がるとそのままゴブリンの腹に膝落としをかけた。


「グェ!」

ゴブリンから変な声が出て短剣が落ちる。左手を伸ばして短剣を掴むと、逆手にもって腹に突き立てる。全体重をかける。押し込む。短剣がゴブリンにめり込む。そのままぐるぐるっと回す。体重をかけて腹から胸に向けて押し込む。短剣が肉を切る感触。骨に当たる感触。そのままぐりぐりと押す。


 唐突にゴブリンは黒い煙になって消える。そして僕の中に熱い力が湧きあがる。さっきゴブリンを絞め殺した時とは違う感触。これがレベルアップか?どうしたらいいんだ?父さんが言ってたことを思い出す。

「シャリを、シャリのレベルを上げたいんだ」僕は自分の中に渦巻いている熱に焼かれながら強く念じる。耳にキーンという音がする。体が分解するような感覚。そして……唐突に世界は元に戻った。


 自分のレベルを確認する。二本目のバーが上限に到達していた。そして僕は新しい恩恵を感じている。


 立ち上がる。あちこち怪我はしているものの体が軽い。体が全般的にチューンナップされた感じがあり、高揚感を感じてきた。父さんのテンションが高かったのがわかる。これがレベル2か。


 周りを見渡してもうゴブリンがいないことを確認する。足元にゴブリンの短剣が落ちている。ドロップアイテムってやつかな。貴重な武器だ。持って帰る。さあシャリのところに帰ろう。



 こっそり家に入ると両親はまだ畑みたいだ。台所のシャリがこっちを振り返った。


「おにいちゃんどこ行ってたの。それに血だらけ!どうしたの」

びっくりした顔で立ちすくむ妹のところに駆け寄り、小さい体を抱きしめる。

「シャリ」

「おにいちゃん、大丈夫?、おにいちゃん…」


 血だらけ泥だらけぼろぼろな僕を見てシャリは驚いている。シャリの服を汚しちゃうけど、僕は妹を抱く力を強くして、ぎゅっと抱きしめる。やり方は頭の中でわかっていた。


 抱きしめた妹の、そのかわいい顔を上から覗き込む。シャリがちょっと顔をあげると細い金髪がサラサラと流れる。その頭の後ろ側に右手を当て、ゆっくりと顔を近づける。シャリは口を突き出して目をつぶった。


 唇を合わせる。恩恵を発動させる。念じる。


レベル接続コンタクト!』


 シャリが僕を受け入れる。シャリと僕との間にレベル回路が形成される。


レベル譲渡トランスファー!』


 僕の体から力が抜ける。その力は妹の体に流れ込む。

「ん、んん、ん」

シャリがびっくりして目を開けるが僕らは唇を離さない。

「ん、ん、あん、ぁ、ぁ、ぁ」

顔が真っ赤だ。目がとろんとしている。なんか色っぽい。妹でなかったらちょっとやばい。


 抱きしめた妹の頭の上のバーが伸びる。0.1から、0.2、0.3、どんどんと伸びる。0.8、0.9ぐらい、まだ伸びる。僕の体から力が抜けきった時、シャリの頭の上のバーが上限に達した。バーが一瞬光る。一段目をぶち抜いたところでバーの伸びは止まる。


 脱力感のあまり目を閉じる。シャリの息遣いがハアハアと聞こえる。僕は力が抜けてシャリによりかかりそうになるが、僕の腕の中で妹はしっかりと立っている。つぶやきが聞こえる。

「恩恵……恩恵を授かったの……おにいちゃんの傷を治さないと」


 その言葉に僕は目を開ける。シャリの荒かった息遣いが静かになっている。力の抜けた僕をシャリが優しく抱き抱えてくる。ゆっくり視線が合う。挑戦的なまなざし。満足そうな微笑み。ちょっとどや顔だ。口元が開く。息を吸って、温かみのある力の言葉がその口から流れ出す。


「ヒール!」


 あたりは一瞬やわらかい光に照らされる。



 血と泥で汚れた服を洗って着替えた。といっても田舎の農家の服は草木染なのでもともと茶色だから目立たない。シャリの服も泥がついちゃったから寝巻に着替えさせて洗う。

 シャリがカップに水を注いでくれる。立ったまま一息に飲み干して腰を下ろす。


「で、どうしたのおにいちゃん」


 そうだよね。ちょっといろいろ話を整理しないと。


 まずシャリはレベル1になっている。消えそうだった存在感がはっきりしている。その目は力強い。挑戦的に僕をじっと見ている。


 そして僕だ。

 自分のレベルを確認する。レベルは1の最初まで下がってしまった。自分の中の恩恵を確認する。レベルは見れる。それからレベル譲渡も……なんか使えそうだ。でも今使ったらレベル0になってうっかり死んだらやだから封印だなこれは。


 そして気が付く。そうか、レベルが下がっても恩恵は消えないのか。


 レベル1に戻ってしまったが、レベル2になったときの恩恵は消えていない。またレベル2になったらどうなるんだ。これは実験するしかないな。


「おにいちゃん、よくないこと考えてるでしょ」

「いゃゃゃ、そんなことないよ」

「なんかきょどってるけど……まあでも……」


 シャリは僕の目の前に来た。座った正面から抱きしめられる。

「おにいちゃんは私が守るから」

僕の頭を抱きしめるシャリの腕は、前と違って力強い。頭に押しつけられている柔らかい部分が気持ちいいんだけどソワソワする。

 なぜか恥ずかしくなってきたので離れようとするが離してくれない。僕はシャリの背中に手を回してみる。子供のぐにゃっとした体。女性っぽさを感じない細い腰回り。でもその足はしっかりと立っている。


「あらあら、仲いいわね」

妹に抱きしめられてるときに両親が畑から帰ってきた。回した素早く手を戻す。気まずい。


 シャリは両親に向き直る。

「おとうさん、おかあさん!」その声は力強い。

「シャリは、恩恵を得ました。おにいちゃんはシャリが守ります!」


 どや顔のシャリ。びっくりした目でシャリを見つめる両親。


 なんで僕、守られる側なの?


――

フィン:レベル1

・恩恵:レベル判定、レベル移譲(new)


シャリ:レベル1(up)

・恩恵:癒し(フィンに効果2倍)(new)


父:レベル2(up)

・恩恵:力持ち、槍使い(new)


母:レベル1

・恩恵:水


――

シャリの挿絵はこちら

https://kakuyomu.jp/users/yamamoriyamori/news/16817330652624063019

――

🔖は右上↗︎目次メニュー内の「+フォロー」からどうぞ

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る