第2話 13歳
子供の頭の上に見えるバー、つまりレベルゲージはだいたい年齢に比例して長くなる。でもシャリみたいな例外もいる。うちの隣の区画で僕と同い年の少年も同じく例外だった。
「やあティップ、調子はどう?」少年の家の前で僕は話しかける
「今日はまあまあかな」ティップの頭の上のバーの長さは数字にすると0.1ぐらい。シャリよりも短い。
ティップは昔から体が弱かったみたいだ。僕は(というかフィンは)妹のシャリが同じような体調なので同い年の彼になんか親近感があって仲が良かった。僕はこの間の冒険の話をする。そう、薬草を取りに行ってゴブリンにびっくりってやつだ。ティップは目を輝かせて聞く。
「でもゴブリンに殺される人もいるんだからフィンも気を付けないと」
「そうだよね。いや、ほんとびっくりしたから。でも大声出したら逃げて行ったから森ではいつも大声出して歩けばいいのかな」
「それだと声に寄ってくる魔物もいるって話だから」
「そっかー。ティップは詳しいな」
「ほら騎士の人いるじゃない。あの中のウェンって人に前いろいろ聞いたんだよ。魔物の話とか外の町の話とか。なんでも王都にいたこともあるんだって」
初めて出てきた村の外の話である。なんでも王都という所があるらしい。ということは王国なんだなここは。せっかく転生したんだし、この世界を冒険してみたい。とはいえ子供だし勝手に出ていくわけにもいかない。お金もないし。それに妹も置いていけないしな。
「へー。いいな。僕も王都とか行ってみたいな。いろいろ冒険とかしたい」
「だったら強くならないと。剣士とか。フィンならなれるんじゃないか。ああ僕も強くなりたいなぁ」
「なれるよティップなら。じゃあ一緒に強くなろうな」
「今後ウェンさんに強くなる秘訣を聞いてみようよ」
「うん。わかった」
「よし。約束だからな」
ティップは手を握り親指を突き出す。僕も同じに応じる。
「僕は剣士の恩恵が欲しいな」ティップは空に向かってつぶやく。その姿には存在感がない。どことなく透き通るようだ。
「そうだな。ティップならなれるよ」
ティップが健康になったら一緒に剣術の稽古をしよう。その日から僕は体を鍛え始めた。騎士のウェンさんにもアドバイスをもらいに行こう。剣士になって冒険者になるんだ。
ティップは二カ月後に死んだ。
◇
ティップが死んで以来、シャリの頭の上のバーが気になる。前は0.2ぐらいあったような気がするんだけど短くなったんじゃないか。なんか縦横比が縦長になった気がする。0.1ぐらい?
「おにいちゃん、何見てるの」
「いや、えっと」挙動不審な僕。
シャリはしょうがないなーみたいな顔をするとつかつかと寄ってくる。椅子に座った僕の脇に来ると僕の頭を胸にぎゅっと抱きかかえた。僕の頭はやわらかさといい匂いにいきなり包まれる。いい気持過ぎて一瞬気が遠くなりそう。
「おにいちゃんはシャリのこと心配しないでいいんだよ」
年下なのに包容力ありすぎなのでは。それにやわらかい。僕の頭が微妙なふくらみに押し付けられてる。11歳なのになんかあれ?
「いきなりなんだよ!」
「ふふっ」シャリはちょっと微笑む。
僕の挙動不審が止まらない。話題を変えよう。
「そういえばシャリもあと2年で恩恵の歳だな」
「違うよ。あと三ヶ月でおにいちゃんと同い年の誕生日だよ!」
「え、そうだっけ?」
この世界、誕生日が割りと適当で自分の誕生日も覚えてない人もいるぐらいだ。年齢は正月に一個上がる。いわゆる数え年だ。ちなみに1歳からスタートする。だから13歳と言っても日本でいえば12歳だったり11歳だったりするわけで、恩恵を授かるのが”13歳のあたり”となんか雑なのはこれが原因な気もする。本当は誕生日なんじゃないか?
シャリが言ってることが確かなら僕とシャリの年齢は五ヶ月しか違わない。兄妹としては誕生日が近すぎるが、シャリは本当は妹ではないからありうる。といっても、シャリは他人ではなくて従妹の子供、父の年上の兄の子供の子供だ。日本語でなんていうんだっけとか思うけど異世界ではネットがないので調べられない。
シャリの両親はシャリを養うことができず、小さいころにシャリはうちに引き取られてきた。その事は覚えているらしい。頭がいい子なのだ。
「シャリは本当はおにいちゃんと同い年なんだよ」
「え、なんで?」
「なんか税金の関係とか言ってたような」小首をかしげて考えるシャリ。
どうやら引き取られたときに年齢をごまかしたようだ。ある程度の年齢になると人頭税があるこの世界あるあるらしい。
「シャリは難しい言葉知ってるな」
シャリはえっへんという感じでどや顔をしているが、シャリが実は13歳かもしれないという事実が僕の頭をぐるぐるまわる。
◇
僕の(というかフィンの)父のレベルゲージは1本と8割ぐらい。つまり1.8だな。農家ではあるが”力持ち”の恩恵持ちだからか、よく村の狩りに連れていかれる。今日もそれで不在だ。
このところシャリの体調は若干持ち直した感じはあるが存在感の薄さは消えていない。レベルも0.1のままだ。最近料理を覚えたシャリは真剣な目で机の上で野菜を切っている。切るたびに口元がむにゅむにゅ動く。小動物っぽくてまじかわいい。
ジャガイモを切り終わった。ちなみにジャガイモを洗ったのは僕だ。
「おにいちゃん、お鍋取って」
スープにするんだろう。シャリがジャガイモとかぶを鍋に入れる。僕は鍋を抱えてかまどに置き、水差しの水を入れる。根菜のスープだ。
「おばさん、いつ帰るって?」
シャリが聞いてくる。
「母さんなら午前中に畑を終わらせて帰ってくるって」
「じゃあそれまでにスープ作っちゃうね」
シャリは母さんのことをおばさんと呼ぶ。小さい頃親戚として会った時からおばさんと呼んでるらしい。小さいころだったのによく覚えてるなと思ったけどよく考えたら同い年だったな。
そして僕のことはおにいちゃんと呼ぶ。僕にとっても妹みたいなもんだ。というかまじ妹。同い年らしいが見た目小さいし。それに本当にかわいい。守りたい。シャリに近寄る悪い虫はこの僕が許さない。
「おかえり母さん」
「おかえりなさいおばさん」
収穫したかぶが入ったかごを抱えて母さんが帰ってきた。「おばさん」と言われてなにか一瞬考えた感じがあるけど「ただいま、フィン、シャリ。スープ作ってくれたのねありがとう」と優しく返す。
母さんの水の恩恵でみんな手を洗ってご飯だ。いま取ってきたかぶの葉っぱを母さんが刻んでさっとシャリの作ったスープに混ぜ塩を少し入れる。ジャガイモとかぶのスープの完成だ。割と栄養がある。肉がないけど。
「お父さんが帰ってきたらお肉も食べられるね、母さん」
「そうね……」と母さん。なんか心配そう。
村の狩りはいつも数日続く。獲物はだいたい鹿、猪、そしてたまに大猪。大猪は重さ500キロを超えるらしい。もう軽自動車みたいなもんだ。それが走ってくるのを槍で仕留めるんだって。
◇
昼食を食べ終わりシャリはお昼寝。僕は家の前で筋トレを始める。木刀(というか木の枝)を自己流でぶんぶん振り回す。なんかよくわかんないな。やっぱり誰かに教わるべきなんだろうか。日本でも剣道も槍もやったことないしな。
「フィン、やってるな」
父さんの声がした。振り返ると父さんがいた。太い槍を肩にかけ、そこに大きな塊がぶら下がっている。狩りに行った村の一団が戻ってきた。
「おかえり父さん!それは大猪?」
父さんは大きくうなずく。誇らしそうな表情。駆け寄って間近で見る肉塊は足が一本付いているから四分の一頭だと思うけどそれでも百キロはありそう。父さんはそれを軽々と持っている。父さんの恩恵だ。父さんは畑を耕すのもトラクターみたいな勢いだったりする。なかなかのチートスキルだ。
父さんに頭をむしゃむしゃと撫でられながら、ふと父さんの頭上をみる。例のレベルゲージだ。二本目が上限に達して、三本目がちょっとある。2.2ぐらいになってる。出かけるときは1.8ぐらいだったはずだ。増えてる!
父さんのレベルゲージが増えたといってもそれは僕にしか見えないわけで、まさか「父さん、ひょっとしてレベル上がった?」と聞くわけにもいかない。何があったか聞きださないと。
母さんも家から出てきた。嬉しそうに父さんを迎える。父さんが出かけてから心配そうだった感じが吹き飛んでいた。にこにこしている。
・・
狩りの成果は一度村の広場に集められる。しばらくして肉の割り当てとさっきの大きな槍を持って父さんが帰ってきた。
「父さん、その槍持ってみていい?」
「重いぞ」父さんは笑いながら手渡してくる。本当に重い。十キロ以上あるんじゃないか。
「こんな重いもの振り回せるの?」
「これは振り回すんじゃなくて大猪の通り道で待ち受けるんだ」
なるほど。それにしても重すぎる。これは子供じゃなくても力持ちの恩恵がないと無理だろう。取り回しもできないし初撃が刺さらなかったらまずいんじゃないかという気がするなあ。
テーブルに肉を乗せ、当座で食べる肉を切り分け、残りを塩漬けにする。塩漬けの一部はあとで燻製にする。うちの肉割り当ては十キロぐらい。これで一か月以上分の肉が確保された。作業がひと段落ついたころ、肉を焼くにおいがしてきた。
今日はごちそうだ!大猪から切ったスペアリブがこんがり焼かれている。これに焼いたジャガイモとお昼のスープの残りを合わせる。
「いただきまーす」家族四人がそろうのは数日ぶり。うーん、うまい。イノシシは匂いが強いが噛み締めるといい味が出てくる。できたらバーベキューソースをつけたいところだし、それにはケチャップがほしい。これは頭の中のいつかリストに追加する。今日のところは塩とハーブでも十分いける。そういえばこの世界トマトあるんだろうか。
シャリが骨付きの肉を両手でつかんで口の周りをベタベタにしながらもぐもぐ食べているのがかわいい。手がベタベタだから頭は撫でないけど。ちなみに骨は明日のスープの出汁になる。
この辺で父さんに話を聞いておかないと。聞きたいのはレベルアップの話だ。
「この大猪、父さんが仕留めたの?」
「そうだよ。今回は父さんが槍当番だったからな。突っ込んでくるところにまっすぐに構えるのが大変なんだ」
車が突っ込んでくるところに槍で立ち向かうようなもんだ。そりゃ怖いだろう。
「僕もできるかなあ」
「フィンにはまだ無理だよ」
「父さんは危なくないの?」
「うーん、ちょっと怖かったな。大猪は頭の骨が固いから頭に槍を当てても上に跳ね飛ばされるんだ。だから狙って口に突っ込もうとした瞬間ジャンプしてな、一瞬慌てたけど空中の方が狙いやすいんだな。落ちてくるところに槍を合わせればいいから。まあ色々大変だったな。でも次はもう大丈夫」
いやいやいや、そんなの危ないだろ。絶対無理。的がでかいから簡単に当たるのかと思ったけど当たり判定小さいし外したら死んじゃうじゃん。
父さんはテンションが高くよく喋る。
「父さんは次からも槍当番を続けることになったんだよ」
「それって危なくないの?」と母さんが心配そう。
「それがな、今回の狩りで槍使いの恩恵を授かったんだ。だから次はもう大丈夫だよ。槍当番は肉の割り当ても二倍だしな」
思いがけず恩恵という言葉が出てきた。
「父さん、恩恵って増えるの?」
「そうだな。今回大猪を槍で仕留めた時、もっと槍をうまく使えるようになりたいと思ってたんだけど、そうしたら槍の恩恵を授かったんだ。次からは獲物が急に動いても合わせられる。槍も軽く感じるし大猪相手ならまあ外すことはないな」
やっぱりレベルアップと恩恵を受けるのは同時みたいだ。大猪を倒すとレベルが上がって恩恵を獲得できるのか。
解決の糸口が見えた気がする。
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