二話 十八歳は泣かない生き物なんだ
——あれから一年が経った。
「びゃあああああ!」
一年も経つと異世界の事情にも慣れてきたし、魔法もガンガン使えるようになっているし、最強になっちゃって快適な暮らしだ!
……ということは全く無く、この一年でやったことと言えば夜泣きをガンガンしたくらいだった。
俺がこのアズモの身体に憑依した時、アズモはまだ一歳になったばかりだったらしく、身体が精神に引っ張られるように乳児特有の行動を気の赴くままにしていたと思う。
要は、朝は泣いて、昼も泣いて、夜も泣く。
ご飯を食べて、眠くなったら寝て、泣きたくなったら泣く。
一年が経ち、十八歳となった精神を持ちながらで赤子の行動を取り続けてしまうのはしんどかった。
「うえっ、うえっ……」
今も泣くのを止められない。
赤ちゃんってこんなに大変だったんだな。
話は変わるが、俺は何があってこの身体に憑依したのかを覚えていない。
何かがあったから、異世界に来てアズモの身体にお邪魔しているのは確かなんだろう。
もしかしたら、ここに来る前の日本に居た俺は死んだのかもしれない。
そんな事しか考えられないくらい何があったのかを覚えていない。
何かに蓋をされているかのようにこの世界に来た理由が思い出せないのだ。
ただ、それ以外の事はちゃんと覚えている。
「うぅ……ああああ!」
沢畑耕司。それが俺の名前。
日本に居たら今頃は、高校三年生だ。
受験の事を考えだし、嫌な気持ちになっていた所であろう。
学校の授業は楽しいわけでは無かったが、テストで順位が張り出される学校だったため、恥ずかしくない順位を取れるくらいには真面目にやっていた。
知り合いは多いが、友達は少数精鋭。
バイトでお金を貯めて友達と県内で小旅行に行ってみたり、家でオンラインゲームを夜遅くまでやったりと、それなりに充実した生活をしていたと思う。
誰にも言えない秘密があったり、何かしがらみに囚われていたりとすることも無く、所謂普通の学生だったと思う。
「ああぁ……あああああ!」
最後に覚えている記憶は、バイトが終わって夜道を歩いている記憶。
家の近くまで来ていたと思う。でもそこで何があったのかを思い出せない。
トラックにでも引かれたのか、派手に転んだのか、通り魔にでもやられたのか。
『夜泣きをしながら考え事をするなんて変な奴だな、コウジ』
ははは、何を言っているんだアズモさんは。
泣いているのが俺?
馬鹿を言うんじゃないよ。
泣いているのは、俺じゃない。
アズモだ。
『ふふふ、面白い冗談を言う奴だなコウジは。私が泣く訳無いだろう』
おやおや、じゃあ今度の夜泣きは俺が原因だって言いたいのかい?
アズモさん冗談がキツイですよ?
俺はなあ、前世含めると精神年齢十八歳だぜ?
最近、肉体・精神共に2歳になったばかりのアズモは知らないだろうが、十八歳は泣かない生き物なんだ。
となると、泣いているのは俺じゃない。
後はもう分かるよな?
賢い二歳児のアズモさんや。
『父上の顔を見て、あまりの怖さに気絶したやつがよく言う』
その言葉はいけない。
あの顔は18歳でも耐えられる厳つさじゃなかったんだって。
『それもそうだな』
『……アズモ、コウジ。どっちが原因でも良いからいい加減泣き止め。我が睡眠を必要としない超生物だとしても、連日の夜泣きは流石に堪える』
アズモの親父さんいつの間に!?
『相変わらず神出鬼没の父上だ。気づいたらもう私はまた父上の腕の中か』
『もう面倒だから睡眠魔法使うぞ。また朝になったら会おう』
またこのパターンか——。
—————
聞いて驚いたんだが、アズモの親父さんはどうやら竜王とかってやつらしい。
竜王って言ったら、竜の王だ。
詳しい事はよく分からないけど、ドラゴンの中のドラゴンって事なんだろう。
人間とは思えない程にとても悍ましい顔をしていると思っていたので、初めてそう言われた時は妙に納得したのを覚えている。
人間が出来る顔面じゃねえな?
そう思っていたら、本当に人間では無かったというオチだ。
そんな俺(とアズモ)に対して『はは、コイツ~』という軽いノリで毒魔法を使って来たので堅気でもない事は確かだと思う。
あの時は死ぬかと思った。
日本で我が子に毒を盛る親がいたら一発逮捕で、連日朝のニュースを盛り上げるだろう。
この世界の倫理観がどうなっているかなど分からないが、あれは普通に笑い話で済む話なのだろうか。
思えば、精神安定魔法から始まり、毒魔法、睡眠魔法と、魔法を多用されて来た。
毒魔法だけは少々思う所があるが、この世界では育児に魔法を使うのが常識なんだろうか。
いやでも、我が子に睡眠導入剤打ってくるって考えたらやばいよな。
あまりにも子育てがハートフル過ぎるので、アズモの親父さんは育児の「い」の字も知らない第一子にがむしゃらで臨むパッションお父さんってやつなんだろうか、と思ったことがある。
が、話を聞いてみるとどうやらアズモの上に65人の兄弟がいるらしい。
アズモを含めたら66人兄弟だ。
異世界スゲー!
竜王スゲー!
そんな感想が出て来るよりも先に、「え、そんなに育児の経験あるのに子供に毒を盛っちゃうの?」と驚愕した。
『朝から父上に辛辣なやつだな、コウジは……』
これは考察しているだけだから。
当たり前のように魔法使われてイライラとか全くしていないから。
『コウジは魔法を使われることに酷く反応するのだな』
だって、だって…………俺だって魔法が使いたい!
知っているか?
アズモの親父さんが俺達に魔法を使う度に俺の魔法を使いたいメーターはグングン上がっているんだぞ!
だって、超常現象に憧れる日本からの使者だぜ、俺は!?
仕方ないじゃないか!
それなのに、親父さんに魔法教えてって言ったら『アズモとコウジにはまだ早い』の一点張り。
俺、悔しいよ……。
『なんだ。ただの嫉妬だったか』
嫉妬じゃないし。
アズモは知らないだろうけど、十八歳ってもう嫉妬とか妬みとかそういう感情から解き放たれているから。
『いやしかしだ。父上が私達にそう言う気持ちも分かるぞ、私は。何故なら、私達は二歳にもなって、つかまり立ちどころか、はいはいすら出来ないんだぞ。だから父上の気持ちが分かる。考えてみろ。家でずっと引き籠っているだけの娘が急に『魔法、使ってみたいんだよね』って言って来るのだぞ。親としては『あ、あぁ……また今度ね?』と言いたくもなる』
うぐ、そう言われると何も言い返せないな。
考えてみれば、この世界の言語すら分からないし……。
魔法を唱えることも出来ない気がする。
『そうだ。まず私たちは、はいはいから始めよう。今日こそ母上が起こしに来る前に食卓に向かうぞ』
あぁ。臨むところだ。
『まずは仰向けのこの体制からひっくり返るぞ。1、2の3でひっくり返るぞ』
分かった。
『1、2の3!』
俺は身体を右回転させようとした。
しかし、アズモは身体を左回転させようとしていたようだ。
結果、肘を思いきりぶつける。
『つぅ……痛いぞ。何故逆方向に転がろうとするのだコウジ』
俺も痛い。方向を指定していなかったのが悪い。
もう一回トライだ。左回転で行くぞ。
1、2の3!
成功してうつ伏せになれた。
『よし、上手くいったな。ここまで来たら後は手と足を上手く使って四足歩行になってはいはいするだけだ』
なあ、ここまで来たらと言う割には工程が多くないか?
まあ、良いけどさ。
そうだな、手は俺に任せろ。
先に俺が手で上半身を持ち上げるから足は頼んだ。
『任された。よし、1、2の3!』
成功してはいはいのスタート準備態勢になれた。
うおおお! ここまで来られたのは珍しいんじゃないか!?
こっからどうするアズモ!?
『このまま手の操作はコウジに任せる。足は私に任せろ』
おう、じゃあ行くぞ!
1、2の3!
ヘシャ。
そんな効果音が似合いそうな見事な倒れぶりを披露した。
上手く進む事が出来なくて布団の上で倒れた。
『手を出すのが早すぎだコウジ! 足が間に合っていない!』
アズモが足を出すのが遅いんだって。
俺はちゃんとやっていた。
『納得がいかない。今度は私に手を任せろ。足はコウジがやれ。じゃあもう行くぞ! 1、2の3!』
ヘシャ。
どうやら俺達に与えられている寝床は、赤子を迎え入れるのが上手なようだ。
—————
あの後、担当する部位を右半身・左半身に分けてみたり、いっそのことアズモと俺で片方が動かずもう片方が身体を動かしたりと試行錯誤をした。
結果は、右手と左手を同時に出して倒れる。
俺だけで身体を動かそうとしてみたら、アズモの身体を絶対動かさないという静の動きに阻まれて一歩も進めない。
他にも色々試してみたが悉く失敗した。
そうこうしていると、朝ごはんの準備を終えたアズモの母さんが迎えに来て、布団の外までなんとか出る事が出来ていた俺達を回収し食卓に置いた。
ちなみに、食卓における俺達の定位置はアズモの親父さんの膝の上だ。
アズモの親父さんがシレっとやってくる、脳内に語り掛けてくるヘンナノ。
あれは非常に高度な魔法だったらしく、アズモの母さんは使えないらしい。
アズモの母さんが「私もアズモとコウジと喋りたい!」と抗議した結果、俺の定位置はアズモの親父さんの膝の上になった。
そうして、アズモの親父さんが脳内で双方を通訳することによって会話が可能となった。
この件に関してはしょうがない、と開き直りたいと思う。
確かに俺がこの世界へ転生みたいなものをしてから一年は経った。
その間で覚えられたこの世界の言葉は「俺」「私」「我」のような一人称と、「家」「ご飯」「布団」などの簡単な名詞、「歩く」「走る」「寝る」などの簡単な動詞。
あとは「お腹減った」くらいだった。
もう一度開き直りたいと思う。
日本で中学、高校と英語を勉強したがそこまで理解出来なかったんだ。
一年じゃ日常会話がままならないのも仕方ないと思う。
この世界に来てから普段の会話を、全部脳内の日本語会話で済ませているし覚えられる気がしない。
ちなみに、親父さんは俺の記憶を見ていたら数時間程度で日本語を覚えたらしい。
流石竜王。ハイスペック親父さんだ。
じゃあ、俺じゃなくて現地人のアズモが喋ればいいのでは、と思ったこともあった。
だが、アズモも日本語しか喋れないらしい。
何でと聞いたら、「言いたくない」と答えを拒否された。
もしかしてアズモも元日本人なのか?
「アズモちゃん——布団——今日——」
『今日ははいはいで布団の外まで出る事が出来たのか。ママが興奮しながら喋っているぞ』
本当は俺達、ここまではいはいで来るつもりだったんだけどね。
『コウジの言う通りだ。二歳でまだはいはいも満足に出来ないとは……』
精神年齢十八歳の俺は勿論だが、現在二歳のアズモもかなり落ち込んでいる。
親父さんはそんな俺たちに『ママはそれでも凄いってしきりに褒めている』と告げ、俺達をアズモの母さんに預けた。
アズモの母さんは俺達を手にとり、きつく胸に抱きしめて頭を撫でてくる。
母さんが俺達を埋め込むくらい抱きしめてくるので息が出来なくなった。
……この状況はアズモに憑依してから何度も経験した。
若くて綺麗に見える女の人に抱きしめられるのは嬉しいが、精神年齢十八歳の俺としては幼児扱いされているのが非常に恥ずかしい。
それにこの人が、一年前窓にこびりついていた紫色の熊っぽい化け物の別個体をワンパンで〆ていたのを見たことがあるので、このまま力加減を間違えられたら死にそうで怖い。
俺が「やべ、そろそろ息が」と思ったタイミングでアズモの親父さんが救出してくれた。
『我としても、アズモと同意見なのだがな。今日から保育園に預けて他の子供と仲良くなってもらおうと思っていただけに不安だ』
え。
『何』
『保育園なんて行ったら他の子供に馬鹿にされる。私は行きたくない』
この世界にも保育園があったんだ。
異世界にも保育園があると知り感動する俺と、保育園に行きたくないと駄々を捏ねるアズモ。
アズモは必死に抗議をしたが、親父さんに一蹴され俺達は朝食後保育園に行くことになった。
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