背反の魔物~異世界に転生したと思ったら竜王の娘に憑依していた~

おでん食べるよね

0章 異世界と最悪の歓迎

一話 『ようこそ異世界へ』

 目を開けるとどこか懐かしい天井が広がっていた。


 白とか黒じゃなく、木張りの天井。

 所々に黒いシミがあった。


 おばあちゃん家みたいだ。


 俺は夏休みや、年末に親の実家に帰省する。


 おばあちゃん家では暗いのを怖がる小さい従姉妹のために夜は常夜灯が灯っている。


 目の前の天井にも安心して眠くなるような光が灯っていた。


 眺めていると微睡む。


「ふぁあ」


 あくびが聞こえた。

 でもこれは俺の声じゃない。


 聞こえた声は十七年付き添った俺の声ではなかった。

 誰か近くにいるのかもしれない。


 だけど駄目だ。眠い。

 とても大事な事のような気もするが、この眠気には勝てない。


 また目が覚めたら考えよう。


『おい、なに二度寝しようとしているのだ』


 また声が聞こえた。

 またしても俺の知らない声。


 俺には関係がないな……。

 知らない人間が、俺の眠りを邪魔するわけがない。


『お前だ、お前に言っている。沢畑コウジ』


 ……俺の名前だ。


 この声が話し掛けていた相手は俺だったのか。


 呼ばれているならしょうがない。

 反応しなくては。


「あい。あんえいおう」


 ……おかしいな、上手く喋れない。

 眠すぎて舌が上手く回らないのか?


「あああああ!」


 取り敢えず一回発音練習してから。


「あんえいおう」


 変わらなかった。


 おかしいな、なんで喋れないんだ。

 理由が何も思いつかない。


 なにかしたっけか。

 喋れないって事は相当な事をしたんだろうが、思い当たる節が何一つない。


 舌を噛み切ったとかか?

 いや、でもそんな記憶は無いな。


『落ち着け。とにかく一回落ち着け』

「あい」


 ……そうだ、取り乱すのは後にしよう。


 誰かに話しかけられているんだったな。


『急に落ち着かれると逆に怖いな』


 あー、俺現実逃避は得意なんですよ。


 て、違う違う。

 俺に何の用があるのか聞こうとしていたのだ。


『あぁ、それなのだが……どこから言ったら良いものか……』


 ん、あれ、そう言えば声に出していないよな俺。


 だって、さっきからやってみているがちっとも喋れていないし。


 あれ……?

 なんで会話が成立しているんだ。


『ああ、そう言うのはいい。説明するのがとても面倒だ。どうせ帰って来る反応も詰まらないありきたりな反応だろうからな。今は頭に直接話しかけて来ている神様みたいなもの……とでも思っておけ』


 ……何故か急に罵倒された気がする。


 初対面だろうに失礼なやつだ。


 俺に話し掛けてきている奴の顔が見てみたい。

 どうせ憎たらしい顔に違いないだろうけどさ。


 ……って、え、神様って言ったか?


 何その俺好みなシチュエーションは?

 

 待ってください、本当に神様なんですか。


 確かに頭の中に直接声が届いているような気はする。

 これはもしかして相手が神様だからこんな芸当が出来るのか?


 いや、待て待て。

 でも神様なんてそんな存在が居るとしても何故俺に話し掛けてくるんだ?


 駄目だ。

 さっき一回無理やり落ち着いたけど、また混乱してきた。


『落ち着け。うるさいぞ』


 すみません神様。


 いや、でも言い訳させてください!

 落ち着く方が難しいと思うんですよ神様!


 何を司る神様かは知りませんが、なんで急に俺の所に!?

 なんか俺、知らず知らずのうちに徳を積んでいた感じですかね?

 それで声が届いたみたいな……?


『黙れ。ありきたり』


 あ、はい。

 すみません…………。

 

『……私一人では説明が大変そうだから今助っ人を呼んだ。直に来る』


 だ、誰が来るんだ?


 よく分からないけど、神様が呼ぶ助っ人だろ?

 相当な人が来るに違いない。


『まあ、お前が取り乱す気持ちは分かる。それに私も言い過ぎたな。助っ人が来るまでに一つだけ質問に答えよう。今何を一番知りたい? どうせこの後、色々と説明はされるだろうが、混乱を解く材料にはなるだろう』


 正直、一つと言わず全部教えて欲しい気持ちしかない。

 だけど、そんなことを言ったらまた理不尽に怒られるよな……。


 何を聞こうか。

 色々あるけどもまずは、うん。


 俺は、今どういう状況なんでしょうか。


 実はさっきから身体を起こそうとしているのに起きられない。


 神様といつまでも寝転がったまま会話をするなんて流石に失礼だと思い、なんとか起き上がろうとしていた。

 だが、上体を起こすどころか手も動かない。


『知らん』


 ……はーん?


 この神、少なくても全知全能の神ではないな。


 なんでも一つだけ質問を聞いてやるって偉そうに言っていたのに答えないじゃないか。

 何の神かは知らないが、もう信仰する気が失せた。


『なんでもとは言ってない』


 ……そうだっけ?


『言ってない』


 すみません、すみません、すみません、調子に乗りました神様!


 えっと、えーっと、そうだ!


 貴方は一体、何の神様なんでしょうか!?


『それは私の正体を知りたいって言うことでいいのか?』


 はい、そうです!


『ふーん……嫌でも長い付き合いになるだろうから、こんな流れで自己紹介をしたくないのだが、他に何も無いのか?』


 何も思いつかないです。はい。


 慌ててパっと思いついたことを言ったけど、割と良い事を聞いたのかもしれない。

 答えにくそうにしている所を見るに、きっと重大なことに違いない。


『そう、か……。しょうがないな。私は……アズモ。アズモ・ネスティマス。神様でもなんでもない。ただの赤子だ。お前……コウジと一つの身体を共有しているただの赤子だ』


 えーっと、どういうことです……?

 それは、本当なんですかね?


 一つの身体に二人?

 俺の身体に神様がいるってことなんですか?

 しかも赤子?


 俺は今、赤ん坊になっている?


 …………駄目だ理解が追い付かない。


『うむ、お前の国には一心同体って言葉があるようだ。分かりやすく言うと、二心同体というわけだな。あと言っとくが、お前の身体じゃない。私の身体だ。……いや、お前の身体でもあるが、後から入って来たのはお前だ。どうだ、混乱を解消する答えにはなったか?』


 いや、全く!!!


 余計分からなくなりましたよ!


 現実味も何もない。

 言っていることが珍紛漢紛すぎる。


 でも、俺の身にきっと何かが起こって今ここにいるんだろうな。

 それだけは、混乱した今の俺の頭……いや俺の頭ではないのか?


 そしたら何て言えばいい?


 いや、そもそも俺は今どうなっているんだ?


 俺の頭では無いのならどうして今こうして思考することが出来る?

 俺の身体はどこにある?

 なんで俺はここにいる?

 なんで俺は……!?


『やはりこうなるか。私から何も言わない方が良かったな……。こんなことになるなら初めから全て父上に任せておけば……』


「ああぁ! ああぁぁあ!」


 近くで赤ん坊の泣いている声がする。


 お腹が空いたのか、オムツが不快になったのか、それとも別の理由なのか。


 誰も見に行く人がいないのなら、俺が行こうかな。

 小さい従姉妹の面倒をよく看ていたから落ち着かせるのは苦手ではない。


 ……なんて、きっとこれは俺の声であり、さっき名乗ったアズモという奴の声なんだろう。


 俺とアズモの精神が不安定になったのが原因で泣いてしまったのだろうか。


 はは、本当に赤ん坊みたいじゃないか……。


 事態が混沌を極めた時、不意に俺は浮遊感に襲われた。

 しかし、それは一瞬で安心感に変わる。


 どうやら俺は抱きかかえられたらしい。

 アズモのお母さんだろうか。


『残念ながら、ママじゃなくてパパだ。遅くなってすまないな。アズモ、コウジ』


 知らない声がまた頭に直接入ってくる。

 子供特有の高い声じゃなくて、低音のどこか落ち着く声だ。


『おっと、すまないな。突然で驚いたか。重ね重ねすまないが、少し精神が安定する魔法を使わせてもらうぞ』


 魔法だと。

 こんな状態でそんなワード使われたら更に混沌を極めるぞ。


 それに、この親父さんも当たり前のように脳内に直接語り語り掛けてくるのは一体なんなんだ。


 目が覚めてから今のところ、普通の会話を一回もしていない。

 全部脳内で会話をしている。


「ああああああ、あああ……うええ……あ」


 お、おぉ、止められる気がしなかった泣き声が収まった。


 魔法だとかなんだとかよく分からないことを言われたけれど助かった。

 正直この歳で泣き止めないというのは辛かったぞ。


『……いつまでも父上の胸に抱かれていると言うのは恥ずかしいのでいい加減解放してもらいたい』


『嫌なら逃げればいい。赤子じゃそんなことは出来ないと思うがな。数年もしたらこういう事が出来なくなる。今は我慢してパパの愛を感じるのだな』


 あの、俺の脳内で親子の会話しないで貰えないですかね……。

 

『む、コウジ。お前も我の子供であることに変わりはないのだから、しようじゃないか。親子の会話を』


 自分のことを我とか呼ぶ親は嫌だなぁ……。


『そのくらいは許して欲しい。長い付き合いになるのだ、速めに慣れた方が身のためだ』


 親か。


 俺の両親は今頃何をしているのかと、ふと気になった。


 俺は親とよく会話をするような子供ではなかったけど、離れると気になる。

 俺は今自分がどういう状況だとか、どこにいるのだとか全く分からないが、もう一度会えるだろうか。


 そんなことを考えていると、アズモの親父さんが動く気配を感じた。


『色々と不安事があるだろうな。我はコウジのような体験をしたことがない。でも、お前の記憶を見させてもらった時からどうしても言いたかったことがある』

 

 あの、脳内で会話をさせられているだけでも、俺のキャパシティ一杯なので、追加で当たり前のように記憶をみたとか言ってほしくなかったんですけども。


 アズモの親父が止まる。

 そして、抱きかかえていた俺をひっくり返す。


 俺は涙を流さないように必死に瞑っていた目をゆっくりと開けた。


 青い空と眩しい太陽。

 その青い空を優雅に飛ぶ大きな影。


 自然豊かな紫の木々が茂った山。

 その自然豊かな山を闊歩するユニークな特徴を備えた異形な化け物の皆さんと、山の天辺で一際存在感を放つ馬鹿デカくて歯を剝き出しにしている赤い花。


 その花に足元から捕食されている多腕の紫の熊みたいな生き物。

 

 馬鹿デカイ花は多腕の熊が余程不味かったのか、花の色を赤から青に変色させ萎むと、熊を勢いよく天に吐き出した。


 アズモの親父さんに抱えられて窓から見た景色は、鮮やかでなんとも形容し難い事象に溢れていた。


『ようこそ異世界へ!』

「あんあおあああああああああああああああああ……!!!」


 俺は魂から叫んだ。

 その直後だった。


 ベチャっと透明な窓から嫌な音がした。


「ああああああ!!!」


 再び魂から叫ぶ羽目になった。


 下半身を消失した紫色の熊が窓に張り付いたのだ。

 流れてくる血により窓が暗くなり、部屋の様子が映る。


 目を見開き、口を限界まで開けた小さい子供の姿。


 驚愕しているせいで変な表情にはなっているが、髪の毛を少し生やした意外と顔立ちの整った綺麗な顔。


 たぶんきっと、このアホ面を晒しているのが俺なんだろうな。


 将来有望そうな顔にほんの少し安堵をしつつ、この惨状の説明をしてもらおうと、アホな事を言い放ったアズモの親父の顔を見ようとする。


「っあ……」

『どうしたコウジ、我の顔でも気になったのか』

「……」

『……? アズモ、コウジはどうした?』

『気絶したかもしれない……』


『何だと……?』

『父上が怖い顔しているから……』

『……』


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