三話 十八歳で保育園に行くハメになっている
喧嘩する炎を纏った赤っぽい子と、白い冷気を放っている青っぽい子。
絵本を床に沢山並べて食い入るように眺める子。
保育園の先生に抱えられてぐずりを収めてもらっている子。
紛れもない保育園の景色がそこにはあった。
どうしてこうなったのか。
俺は、先生の腕の中でぐずりながら少し前の事を思い出す。
—————
「びぎゃあああああ!!!」
俺が憑依させてもらっている身体の持ち主ことアズモは喚いていた。
それを抱えるアズモの親父さんは心なしか、いつもの厳つすぎる顔面を少し困ったように歪めて凶悪さを増させる。
『やだ! 絶対やだ! 保育園になんか行きたくない! ずっと家にいる!』
泣くのが止まらなくなると俺のせいにしてくるアズモが、今初めて分かりやすく泣いていた。
アズモの2歳児らしい言動を見たのは初めてかもしれない。
『どうしたのだ、アズモ。どうしてそこまで保育園に行きたくないのだ?』
アズモの親父さんは顔では動揺しているが、脳内で語り掛けてくる言葉には揺らぎが無かった。
ここら辺も流石竜王というやつなんだろうか。
『びぎゃあああああ!!!』
わ、うるさ。
口だけでは無く、脳内でも自分自身の泣き声を反芻し出したぞ。
そんなに保育園が嫌なのか。
『……流石に困ったな。コウジ、アズモは今何を考えている? 会話を試みているのだが、こうも脳内がうるさいと我じゃ何も聞き取れん』
親父さんは自分で諭すのを諦めたのか、アズモの身体にお邪魔させてもらっている俺にそう聞いてきた。
任せてくれ、親父さん。
アズモと話してみる。
アズモ、保育園に行きたくないの?
『いやあああああ!!!』
ふむ。嫌だってさ。
『それは我でも分かる。もっとこう踏み込んだ事を聞いてみてくれ』
アズモ、どうして保育園に行きたくないの?
『いやあああああ!!!』
そんなに嫌なの?
『いやあああああ!!!』
これがイヤイヤ期か。
親父さん、ヘルプ。
たぶんこのままじゃまともに会話出来ないと思う。
『ふむ。精神が安定する魔法を少し使わせてもらうぞ』
なんか精神魔法の使い方にデジャヴを感じるな……。
「びぎゃああ、ああ……」
アズモ、どうして保育園に行きたくないんだ?
『……いじめられる。父上の顔に泥を塗る……』
どうしてそう思うんだ?
「だって、私は……私達は、はいはいをすることすら出来ない……」
アズモ……。
『我は——』
——親父さん、ここは俺に任せてみてくれないかな。
『コウジ……。そうだな。これはお前達の問題だ。暫く我は介入しないようにしよう。心を覗くのも一旦切る』
アズモの親父さんはそう言うと、俺達をアズモの母さんに預ける。
さっきまでの脳内会話の間、アズモの母さんはずっとオロオロしていた。
会話に参加したかったのだろうが、俺達が日本語で会話しているから参加出来ない。
そんなジレンマに困り果てていただろう。
俺達を預かったアズモの母さんは一瞬嬉しそうな表情をすると、すぐに慈愛に満ちた表情をして俺達を抱きしめる。
さて、アズモ。話をしようか。
『…………』
まず言うとな。
……俺なんかな。
俺なんか、十八歳で保育園に行くハメになっているんだからな!!!
アズモの保育園イヤイヤ期に紛れて薄くなったが、俺も相当しんどいぞ!
『……知っている』
ゴホン……、ごめんな、取り乱した。
まぁ、今はそんなことどうでもいいか。
今はアズモの事だ。
表面上は二歳児であることに変わりはないし気持ちの問題だ。
俺は覚悟がもう出来ているぞ。
二歳児に紛れてはしゃぎ回る覚悟がな。
おしゃぶりをされるところまではなんとか耐えられるぞ、俺は。
『私だってそのくらい耐えられる。でも、無理だ。周りから嘲笑されるのは。私達は、はいはいも出来ない子供なのだ。そんなのいじめに遭うに決まっている』
もしもそうなったら転がって逃げればいい。
クルクル転がることが出来るのは今朝でもう分かったじゃないか。
『……その姿はとても情けない。私は……私達は竜王の子供なのだ。人に見られて恥ずかしい姿はとるべきではない。それに私は、コウジと違ってそのような事態に陥った時に動ける気がしない』
それなら、その時は無理やり俺一人でこの身体を動かして走る。
『無理だ』
案外その時になったら動かせるかもしれないだろ?
俺はまだ本気を出していないんだ。
今度はいはいをやったら成功させる自信があるぞ、俺は。
『コウジは強いな……。どうしていきなり父上が言った事を許容することが出来るのだ』
未知の世界の保育園ってなんか面白そうだろ?
俺らが竜王の子ってことは、俺達は少なくとも人間では無いって事なんだろ。
モンスター側って事なんだろ。
モンスターの保育園、面白そうじゃないか。
『やっぱりコウジは強いな……。お前の言っている気持ちは、初めから竜王の子供として生を受けた私には理解が出来ないが、とても楽しそうなのが分かる——』
『——だが、私にはその気持ちがやっぱり理解出来ない! 私は、外の世界……家から外の世界が怖くて仕方がない! 産まれてから一度も外の世界に出たことがないんだ! 窓から見える景色は、とても私が生きられるような世界では無い! コウジ、お前の中の記憶を見てみても、とても楽しそうには思えないんだ!』
それがアズモの本心か。
なるほどな。お前も親父さんと同じように俺の記憶を見ていたのか。
時々、アズモが言うセリフが妙に日本人っぽいと思っていたけどそういう事か。
『……そうだ。私も見ていた。この一年間、ずっとコウジの記憶を見ていた。コウジを通して見る日本という世界は、ただ怖いだけの世界だと思う。それが私の考えだ。他人が存在しているところに飛び込むなんて考えられない』
そうか、アズモは二年間ずっとこの家に居たんだもんな。
……勿体無いな。
こんな楽しそうな世界に生を受けて、何もせずに生きてきたのか。
『……なんだと』
そういう事だろ。
窓から見える世界は確かにそりゃ怖くないと言ったら嘘になるぜ。
異世界初日に、熊のスプラッターな映像を見たんだぜ、俺は。
そりゃ怖いさ。
でも、アズモの親父さんのが絶対強い。
なんて言ったって竜王なんだろ?
そしたらまず間違いなく、この辺りでは最強だ。
なら、その親父さんにお守をしてもらいながら外に出ればいい。
あの人なら絶対俺達を守り抜くだろう。
『それは……確かにそうだ。父上はここら一帯で最強の存在どころか、この世界での最強と言っても過言ではない』
アズモも本当に親父さんが好きだな。
あとな、サラリと言われたけど、俺の十七年間の日本で生きた証を楽しくないものだって決めつけるんじゃねえよ。
……クッソ楽しかったからな!
ゲームやったり、友達と遊んだり、漫画読んだり、学校の勉強はまーつまんなかったけど、行事は割と嫌いではなかった。
俺は俺の人生を楽しんでいたよ。
まだ謳歌していたかったくらいだぜ。
それにさ。たぶんだけど、俺の記憶を見たってことは、俺が見て来たものを、アズモも見たってことなんだろ?
『……あぁ、そうだ』
それなら俺の人生が楽しくなかったって感じるのも仕方ないだろうな。
だって、俺自身のその時その時の気持ちは、全く見えていないんだもんな。
『…………』
残念だな。その記憶を見るってやつが、俺の視界からだけじゃなくて、俺自身も見えるやつだったら、めちゃくちゃイケメンな奴が爽やかに笑う所が見られただろうに。
残念なやつだな!
『む……』
怒んなって。こっちが先にいいように言われたんだぜ?
ま、ここまでにしてやるよ。俺の前世のアピールタイムは。
……アズモは、親父さんと一緒でも窓の外に見える世界に出るのが怖いか?
『怖い。……ただ出てみても良いかもしれない』
それなら大丈夫だ。
保育園に来るのなんて俺達含めて幼児だ。
窓に外に見えるバケモンなんて一匹もいない。
それなら俺が守ることが出来る。
全部転がってぶっ倒してやるよ。
『……やっぱりコウジは強いな。でもダサい。とてもダサい。そのダサさで私は助けられないといけないのか。これはしっかりしないといけないな』
ダサいって言うな。
そのセリフは十八歳男児には結構クるものがあるんだからな。
俺達は悪い意味でも、良い意味でも一心同体……じゃないや。二心同体なんだ。
どこに行こうが付き纏って来るが、同時に守ることが出来る。
だから、このダサさにも早めに慣れてくれよ……。
『あぁ、早めに慣れる事が出来るように努める。……そして私もコウジを守る』
—————
とかなんとか最後にはカッコイイ事言ってたのになぁ。
まだグロッキーですかアズモさん。
『話しかけてくるなまだ酔いが醒めないのだ……』
あの脳内でのアズモと俺の話し合いが終わった事を親父さんに伝えると、『時間がないので今日は転移魔法で向かうぞ』と言われ、一秒後には別の建物の中に居た。
目の前には、今俺を抱えている若そうな女の先生と、もう一人片眼鏡を付けた白髪の不思議な雰囲気を纏った人が居た。
親父さんは、『ではアズモを任せたぞ、コウジ』と言い俺を先生に預け、親父さんは不思議な雰囲気を纏った人とどっかに行ってしまった。
そして、転移魔法すげ~って考えていた俺とは対照的にアズモは転移で酔ってしまったらしくグロッキー状態になってしまったようだ。
同じ身体なのに酔いが片方にしか適用されないのは何故なのか。
このアズモの身体も色々と不思議が多い。
「うえぇっぷ……」
「アズモちゃん——#—$I%%#——!」
俺が思考タイムに入ると、アズモが決壊した音と先生が慌てている音が聞こえた。
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