第四章幕間 遠い空の誰かへ
「グリマー、誕生日おめでとう!」
子どもたちの嬉しそうな声が重なる。
「ありがとう!」
お祝いされた少女――グリマーもまた、嬉しそうにそう言った。
赤みがかったセミロングの茶髪が弾むように揺れる。
「グリマーお姉ちゃん、はいこれ! プレゼント!」
右隣に座る少女が手渡してきたのは、どうやら手作りらしいウサギのぬいぐるみだ。
「わぁ、ありがとう! とっても嬉しいよ!」
両手を合わせ笑みを浮かべ、グリマーは喜びを表現した。
受け取ったそれはお手製らしく、ところどころ継ぎ接ぎがあった。
だが、そんなところが逆に愛おしい。
「ね、早くケーキ食べよ!」
左隣に座る少年は、待ちきれないようにそう言った。
これまたお手製のとんがり帽子を被った彼は、フォークを握りしめてグリマーをソワソワと見つめている。
「うん、食べよう食べよう! いただきまーす!」
食卓に並ぶのは、切り分けられたショートケーキと、グリマーの好物であるパンケーキだ。
こんなに食べられるかな、と思いながらも、グリマーは頬が緩むのを抑えられない。
年に一度の誕生日だ。これくらいの贅沢は許されるだろう。
****************
ささやかなお祝いを終えて、子どもたちが疲れて眠りについた頃。
グリマーは窓の外にぼんやりと目を向けた。
そこから見えるのは、ただ真っ黒な暗闇だけだ。
あとは、窓に反射する部屋の明かりが、薄緑の点として映るばかり。
グリマー粒子を使ったランタンの明かりは、薄暗く心許ない。
だが、その淡い緑の光がグリマーは好きだった。
何せ、自分の名前の由来だから。
「グリマー。改めて、お誕生日おめでとう」
その名を呼ばれ、グリマーは目線を部屋の中に戻した。
「ありがとう、お母さん」
声の主は金髪の女性――この孤児院の世話をしている人物だった。
本当の母親ではないが、グリマーはお母さんと呼んでいたし、子供たちも「ママ」と呼んでいる。
「私からも、誕生日プレゼントよ。はい」
そう言って手渡されたのは、とても小さなものだった。
何だろうと思って、手のひらの上のそれに視線を落とす。
「これ……!」
それは、メモリーチップだった。
今では作ることができないから、とても貴重なものだ。
いや、貴重どころか、これが最後の一枚と言っていた記憶がある。
「いいの?」
「うん。渡すなら、今日しかないと思って」
――来年の誕生日もお祝いできるかは、わからないから。
口に出さなくとも、彼女がそう考えているのはわかった。
グリマー粒子は、そう遠くないうちに枯渇する。
そうなれば、もうここでの暮らしは維持できない。
「とりあえず、今日の写真は入れておいたから。他に入れたいものがあったら、声をかけて」
PCは、一台だけ彼女が持っていた。
これも旧時代の遺物で一台きりしかないから、メモリーチップのデータを見るくらいしか使い道がないが。
「……わかった」
託された小さな重みを、グリマーは優しく握りしめた。
****************
「……本当に、これでいいの?」
そう問われ、「うん」とグリマーは頷く。
最後のメモリーチップの使い道。
グリマーはそれにメッセージを入れて、これまた最後のドローンに乗せて、どこかにいる誰かに飛ばすことに決めたのだ。
誰かに届く可能性は低い。ゼロに近いとすら言える。
それでも――
「私、最後まで諦めたくない。思い出を残すことより、たとえ小さくても希望を繋ぎたい」
――だって、それが私の名前の由来だから。
その想いを乗せ、グリマーはドローンを飛ばした。
遠い空の下にいる、誰かに届くように。
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