第四章5 見つけた希望

 その青年を見つけたのは、まったくの偶然だった。


 定期的に行わなければならない、政府への研究結果の報告。

 もちろん本命の研究ではなく、ダミーで行っているブラックコーナーのエネルギー化効率上昇研究だが――その帰り道で。


 シェルター内でも有名な大学の門前で、ちょっとした騒ぎを見かけたのだ。

 普段は外に出ることすら稀なので、やはり偶然と呼ぶべきことだったろう。

 それに――


「だから、外の世界の研究をしたいんです!」


 そんな驚くべき言葉が聞こえなかったら、きっと無視していたから。


 『大災厄』から100年近くが経過し、今や外の世界は『何も存在しない暗闇の世界』としか認識されていなかった。

 かつてそこに人が住んでいたなんて事実は、まるでなかったことにされていたのだ。


 だから、外の世界について研究がしたいなんて、世迷言でしかない――フィーバス以外には。


「どうした」

「こ、これはガーデン博士! いえ、博士が気にされるようなことでは!」


 門前で青年を追い払おうとしていたのは、大学の警備員だった。

 フィーバスが問いかけると、すぐに敬礼の姿勢を取ってそう答える。

 それに構わず、フィーバスは地面に転がっていた青年だけを見て問いかけた。


「君、さっき気になることを言っていたな。もう一度言ってみろ」

「へ? ガ、ガーデン博士!? わあ、お目にかかれて光栄です!」


 青年はフィーバスを見るや否や、顔を輝かせてそう言った。

 まぁ、それくらいには有名人である。


「挨拶はいい。それより質問に答えろ」

「は、はい! その……僕、外の世界の研究がしたいんです」


 聞き間違いでないことを確認すると、フィーバスはスッとしゃがみ込んだ。

 青年と目線を合わせ、射抜くようにその目を見つめる。


「どうしてだ?」


 後から考えると、この時点で少し期待をしていたのかもしれない。

 100年という時間は、孤独に過ごすには長すぎた。


 もしかしたら――なんてことを、期待してしまうくらいには。


「どうして?」

「ああ。外の世界は何も存在しない暗闇の世界だと、そう習わなかったか?」

「習いました。でも――それ、誰も証明できてないですよね?」


 そして彼は、期待どおりの答えを返した。返してくれた。


「ってことは、何かあるかもしれない! つまり、まったくの未知の世界です! そんなの、ワクワクして仕方ないじゃないですか!」


 弾む声音が、望む言葉が、光る瞳が。

 かつての自分と、重なった。

 好奇心のままに研究していた、あの頃の自分と。


「……お前、名前は」

「へ!? は、はい! ホープ・カインドです!」

「そうか……ホープ。お前、この大学でその研究をしたかったのか?」

「はい……でも、そんな研究ダメだと追い出されてしまいまして……」

「フッ……ハッハッハッハッ!」


 突然大声で笑いだしたフィーバスに、青年ことホープは「えぇ……?」と若干引いている。

 しかし、フィーバスの腹はもう決まっていた。


「よし! じゃあこんな大学は辞めてしまえ。俺の助手にしてやる」

「え……え、え、えぇぇぇぇ!?」


 これが、フィーバスとホープの出会い。

 この日の偶然が、フィーバスを再び突き動かしたのだった。


****************


 ホープと出会い、研究は加速しはじめた。


 それと同時に、フィーバスは外の調査も継続していた。

 これはディランが生きていた頃、政府と交渉して勝ち取ってくれた特権だ。

 それを許す代わりに、外の世界のことは口外するな――そういう後ろ暗い類のものではあるが。


 政府が手配してくれる運転手――という名の監視がついているため、ホープは連れてきていない。

 もっとも、ずっと一人で調査を行ってきたのだから特に問題はない。

 車外の探索に運転手は同行できないからなおさらだ。


 問題ないどころか、防護服は勝手に改良を重ねたため、以前とは比べ物にならない性能になっている。

 特にソナーの精度は段違いで、マスクの内側に表示される画像はかなり鮮明になっていた。


 だから、今度は・・・見つけることができた。


「あれは……?」


 何もない荒野に、謎の物体が落ちていることを。

 近づいてみると、なんとそれはドローンだ。しかも、100年前の旧式・・・・・・


「まさか……!」


 そして、見つけた。

 壊れた機体の破片に交ざった、小さなメモリーチップを。

 少し悩んで、ドローンは諦めた。さすがにこれを運転手に隠して持ち帰るのは無理だ。


 代わりに、そのメモリーチップをしっかりと握りしめて。

 初めて収穫のあった外の調査を終え、フィーバスはシェルターへと帰還した。


****************


 シェルターに戻ると、さっそくホープと共に中身を確認する。

 入っていたのは、一枚の画像。それと、データ化された手紙だった。


 そこに書かれていたのは、二人にとって衝撃的な事実だった。


 ――シェルターの外の人類は、まだ生きている。

 グリマー粒子という、ブラックコーナーに吸収されない光を発する物質を使って。


 ただし、そのグリマー粒子は限りがある物質で、もう長くはもたないとも書いてあった。


「博士! これが本当だとしたら……博士?」


 驚きと嬉しさの入り混じった声を上げるホープだが、フィーバスはそれどころではなかった。

 彼にとって最も衝撃的だったのは、画像のほうだ。


 そこに写っていたのは、一人の少女。

 手紙に書いてあることから、彼女が17歳の少女で、名をグリマーということはわかる。

 わかるのだが――


「ステラ……ルナ……?」


 その姿が、二人の姿にそっくりで。

 ステラを若くしたとも、ルナが大人になったとも取れるほど。


「……いや。そうか」


 100年だ。二人がまだ生きているはずがない。

 ということは――


「博士?」

「いや。何でもない」


 ホープには伝えないことにした。

 彼に余計な心配や気負いを与える必要はない。

 ただ、一言呟いた。


「――繋いできたんだな」


 命を、希望を、光を。

 それはフィーバスにとって、何よりも喜ばしく、誇らしいことだった。


「?」

「何を呆けてるホープ。これがいつ書かれたものかわからないが、事実なら一刻を争うはずだ。研究に戻るぞ!」

「は、はい!」


 フィーバスの内側では、めらめらと決意が燃え上がっていた。


 ――今度こそ、助けてみせる。


 突き動かされるまま、二人は研究を続けるのであった。

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