第四章4 そして、ひとり

 その後は、詰まっていた研究は嘘のように進み始めて。

 半年後に完成した研究結果が認められ、フィーバスとディランは二人とも政府の研究施設に入ることとなった。


 それから紆余曲折を経てステラと結ばれ、ルナが生まれて。

 波乱はあったが、幸せな人生だった――そうフィーバスは思う。


 だがそれも、ブラックコーナーによって奪われた。

 そう――すべての原因は、ブラックコーナーだ。


「俺は決めたぞ、ディラン」


 二人しかいない研究室で、フィーバスは確固たる決意を持って口にした。

 あれから何度か外の調査はしたものの、ステラたちの足取りを掴むことはできなかった。

 そもそもあの暗闇の中では、満足の行く調査は望めない。だから――


「ブラックコーナーを、この世から消し去る。そのための研究を今すぐ始める」


 やはり、元から絶たなければならない。

 それがフィーバスの結論だった。


「……本気なのかい?」

「当たり前だ」


 真剣な声音で問うディランに、フィーバスは即答する。


「そんなこと、政府が許すはずがない。やるなら秘密裏にやるしかない」

「ああ」

「表向きの研究を怠れば、それもまた問題だ」

「ああ。アイツらが満足する程度には結果を出してやるさ」


 不敵な笑みを浮かべるフィーバスを見て、ディランは諦めたようにため息を吐いた。


「簡単に言うなぁ……そんなことできっこない、不可能だ……って、言いたいところだけど」


 そこまで言って、ディランは苦笑した。


「君ならできるかもしれない、って思っちゃったよ」


 そんな彼に、フィーバスは「ああ」と返す。

 そして、ニヤリと笑ってこう言った。


「不可能を可能にするのが、天才の仕事だからな」


****************


 明るく照らされた手術台の上で、フィーバスは静かに横たわっていた。


「フィー、本当にいいんだね?」


 手術着のディランに問いかけられ、「ああ」と頷く。


「まったく、正気の沙汰じゃないよ。研究を続けるために全身義体になろうだなんて」

「これしか手がないんだ。お前には、嫌な役を押し付けて悪いと思っている」


 研究を始めてすぐにわかってしまった。

 ブラックコーナーを除去するのは、たとえフィーバスを以てしても並大抵のことではないと。

 それはきっと、フィーバスの寿命では足りないくらいに。


「君が決めたなら、僕に文句はないよ。ただ、ステラさんとルナちゃんは……」

「いいんだ。もちろん二人を救うのが俺の最大の目的だし、諦めるつもりもない。だが保険は必要だ。助けを待っているのは、二人だけじゃないからな」


 きっと、ステラもそうしろと言う。

 たとえ自分たちが間に合わなくても、みんなを助けてくれと。

 そう確信しているから、フィーバスはこの決断に踏み切れた。


「……わかった。始めよう」

「頼む」


 そうして、フィーバスは人の体を捨てた。


****************


 数年後、国営シェルターには新たな名が付いた。


「『GARDEN』……酷い名前だ」

「まったくだな。センスの欠片もない」


 そう言って、ディランとフィーバスは暗い笑みを交わした。


 ブラックコーナーのエネルギー化技術は、国営シェルター運営の要となった。

 その功績を称え、フィーバスから名前を取ったのだ――本人にとっては不本意なことに。


「だが、これはこれでいい。俺の罪を忘れずに済む」


 フィーバスはそう自嘲する。


「……そんなことしなくても、忘れないだろ。君は」


 唇を噛みしめるディランの表情は、フィーバスの脳裏に焼き付いた。


****************


 珍しく、白衣ではなく黒い服に身を包むフィーバス。


「……世話になったな」


 目の前の棺に向かって、そう声をかけた。

 棺の御扉から覗くその顔は、フィーバスと違い皺だらけだ。


 君を残して逝くことだけが、唯一の心残りだよ。


 そう言っていた彼に向かって――唯一の友人ディランに向かって、フィーバスは人工物の手のひらを合わせた。


****************


 研究は遅々として進まない。

 様々な角度からアプローチしてみても、ブラックコーナーを消し去る手段は見つかっていなかった。


「なら、見つかるまでやるだけだ」


 フィーバスは、考えることをやめなかった。


****************


「……もう夜か」


 携帯食を口に放り込んで、フィーバスは研究を続ける。

 最近、食事に気を遣わなくなった。

 唯一コーヒーを飲む時間だけが、人間らしさを思い出す時間だった。


****************


「くそっ、何かないのか……」


 まだ、見つからない。

 頭が痛い。


****************


 見つからない。

 一体、俺は何のためにこんなことを。


****************


 もう、わからない。


****************

 俺は

****************

****************










「だから、外の世界の研究をしたいんです!」




 たまたま耳に入ったその声は、久々にフィーバスの脳を刺激した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る