第三章4 薄暗がりの中で

 その異変は、ルナたちだけの話ではなかった。

 なんと、国営シェルターへのあらゆる通信が途絶していたのである。

 このシェルターからに限らず、アーク社の他のシェルターはもちろん、他社のシェルターも含めてだ。


 原因はまったく不明。

 混乱が満ちるなか、こんな噂が流れ始めた。


 ――国営シェルターは、外の世界を見捨てるつもりなんじゃないか。


「どうなっちゃうんだろうね……」


 不安そうなミーナを横目に――ルナは一心不乱に楽譜を書いていた。


「……よっし、Cメロ終わり! どう?」


 勢いよく書き終えた譜面を突き出すルナ。

 ミーナは苦笑しながらそれを受け取った。


「なんか、すごいね。ルナは不安じゃないの?」

「不安がないわけじゃないけど……今自分ができることをやろうと思って。みんな不安になってるからこそ、いいもの届けないとね」


 それに、


「……私も信じてみようと思って」


 あの日、まったく繋がらない電話に対して。


「大丈夫、きっとお父さんが何とかしてくれるから」


 ステラは何の疑いもなくそう言ったのだ。

 その言葉に、その表情に、ルナもあっさり落ち着いてしまった。


 ――きっと、両親の想いに、ようやく向き合えたから。


 それ以来ルナの曲作りは、それまでが嘘のようにどんどん進んでいた。


「ふーん? まぁ、そうだよね。こんな状況でもライブやらせてくれるんだし、頑張らないとだ」


 ミーナもそう言うと、楽譜を見てうんうん頷いた。

 こんな状況だからこそ、とノアは言っていた。本当にありがたい話だ。


「うん、いいと思う! じゃ、ちょっと弾いてみよっか!」


 譜面を確認し終えたミーナがそう言って、ルナたちは練習を再開した。


****************


 ルナたちのライブがあと二週間に迫ったころ。

 ルナ、ミーナ、ステラ、それにノアの四人は、話をしながら炊き出しをつついていた。


「二人とも、調子はどうかな?」

「はい、バッチリです!」

「新曲も完成して、いっぱい練習してます!」


 ノアの問いかけに、ルナとミーナは元気よく答えた。


「ふふ、頼もしいね。楽しみにしているよ。何か気になるところがあったら、いつでも言ってくれ」


 全力で対処させてもらうよ、とノアは朗らかに言う。


「……じゃあ、ライブに関係ない事でもいいですか?」


 と、ミーナがちょっと遠慮がちに手を上げた。

 ノアが「もちろん」と答えると、


「その……なんか最近、この辺り暗くなってきてません?」


 それを聞いて、ルナは思わず上を見上げる。

 たしかに、全体的に薄暗く感じる。特に天井付近が。

 視線を下ろすと、困り顔のノアと目が合った。


「あー……うん。どちらにせよ、近々公表するつもりではいたんだが……」


 それまで黙っていられるかい、と聞かれて、ルナとミーナは顔を見合わせるとコクリと頷く。


「実は、シェルターの浄化機能がそろそろ追いつかなくなってきていてね。まだ試算中の段階だが……半年ほどで、このシェルターはブラックコーナーに負ける」


 聞けば、今は僅かに侵入するブラックコーナーの増殖速度と、シェルターの排気速度が拮抗している状態らしい。 

 青天井のブラックコーナーに対し、シェルター側は弱っていく一方。

 いずれは完全に侵食され、シェルターも外と同じ暗闇に沈む。


「そんな……」

「もちろん、少しでも長くもつように努力はしている。ただ、しょせん国営シェルターが完成するまでの繋ぎで造られたシェルターだ。いずれ限界はくる」


 非常な現実を、包み隠さず伝えるノア。

 それを受け止めきるには、ルナたちはまだ幼い。

 そんな二人を安心させるたか、ノアは勇ましい笑顔を作った。


「だが、まったく希望がないわけじゃない。少し遠くだが、他のシェルターの調査隊から興味深い報告が入っていてね」

「興味深い報告……?」


 ルナがオウム返しに尋ねると、ノアは力強く頷く。


「外の調査中に――光を見た、と言うんだ」


 言われたことに、ルナとミーナは疑問符を浮かべて顔を見合わせる。


 ブラックコーナーはすべての光を吸収する――それが公表されている事実だ。

 その中で、光が見えるはずがない。


「もちろん、まだ一隊員の証言にすぎない。だが……もしブラックコーナーに吸収されない光が存在するとしたら。それは我々にとって、確かな希望になる」


 ぐっ、と拳を握ったノアの目には光が宿っていた。


「だから、僕は諦めないよ。最後のその瞬間まで、希望を探し続ける」


 そして、ルナたちにその目を向ける。


「願わくば君たちにも、その一助になってもらいたいと思っている。シェルターで過ごす人たちに、明日を生きる希望を与える――そんな歌を歌ってほしい」


 君たちの歌には、その力があると信じているよ。

 ノアは最後にそう言って、優しく微笑んだ。


 かけられた期待は重い。

 だが、その重さが嬉しかった。


「――はい」

「頑張ります!」


 確かな決意を込めて、二人はそう答えた。

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