第三章2 愛情の示し方

 一通り話し終えて、ルナはまたモヤモヤしてしまった。


「……私、初めて聞いたんだ。あの人があんなに嬉しそうな声出してるの」


 それで、


「家族よりも研究のほうが好きなのかな……とか」


 呟いたルナに、ニールは考え考え口を開く。


「ルナは、寂しいの?」


 言われた言葉はピンとこない。

 寂しいというのは、これまであった何かが失われたときに感じる感情だ。


「私の場合、物心ついた時からそうだから……寂しいって実感は、あんまりないかなぁ。いないのが当たり前だったもん」


 しかし、代わりの言葉も見つからない。

 このモヤモヤを表す言葉は。


 はぁ、とルナは大きくため息を吐く。


「ニールはいいよね。お父さんと仲良さそうだったし。『大災厄』の時だって、ニールのこと体を張って助けてくれたんでしょ?」

「あー、まぁ、そうだね。でもあれは、父親だったら当たり前なんだろうなぁって思うよ。俺だって、逆の立場ならそうしただろうし」

「そっか……そんなもんなのかな……」


 父が自分をかばって、という光景は想像できない。逆はもっとだ。


「やっぱりうち、普通じゃないのかな……」

「それは俺にはわかんないよ。今の話を聞いただけじゃね」


 そりゃそうだ、とルナは納得する。

 いくら仲良くなったとは言え、まだ出会って一年も経っていない。

 となると、思い浮かぶのは――


「これさ、ミーナとかお母さんとかには相談してないの?」


 ニールがちょうどそう尋ねてきた。

 しかし、ルナは首を横に振る。


「お母さんは、何言っても『仲良くしなよ』とか『お父さんはちゃんとルナを大切に思ってるよ』とか、そういうことしか言わないもん。当たり前だけど」


 母の言葉は信用できない――とは言わないが、何度も聞いていれば重みはなくなってくる。

 何より、こればかりは本人以外が何を言おうと大した意味はないのだ。

 いや。きっと本人だろうと、言葉じゃ足りない。


 ニールはどうやら納得したらしい。

 そして、もう一つの選択肢を提示した。


「ミーナは?」


 が、それは母よりも前に却下していた案だった。


「ミーナは……ミーナには、言えないよ」

「なんで?」

「それは……」


 その疑問は当然だが、こればかりは勝手に言っていいのか悩む。

 何せ、ルナ自身の問題ではないから。


「あー……」


 逡巡しているルナの様子を見て、ニールはガリガリと頭を掻く。

 そして、「すまんミーナ!」と空に向かって叫ぶとこう言った。


「実は俺、ミーナから言われてたんだ。『私には話してくれないから、代わりに話聞いてあげて』ってさ」

「え……」

「だから、もしミーナに言えない理由があるんだったら、教えてほしい。それくらいできないと、ミーナに顔向けできないよ」


 っていうか、とさらにニールは続ける。


「ルナの力になりたいっていうのは、俺自身の本当の気持ちだから。頼まれてなかったとしても。だって、少なくとも俺はルナを大切に思ってる」


 ニールが身を乗り出し、二人の距離が猫一匹分くらいまで縮まる。

 ニールは真剣な面持ちで――ルナはポカンとして、二人は見つめ合う。


 と、ルナの表情を見て、ニールは表情筋はそのままに真っ赤に茹で上がった。


「わっ! あの、その、えっと……! 今のはその、勢いでつい、というか……俺、だいぶ恥ずかしいこと言ったよね? ちょっと、忘れてください……」


 慌てて身を引きどんどん萎むニールに、ルナはプッと吹き出した。

 そのまま笑いは止まらず込み上げ、ついには声を出して笑ってしまう。


 ――なんか、久しぶりに思いっきり笑った気がする。


「あ、え、そんな笑う? それはちょっと傷つくんだけど……」

「あー、ごめんごめん。別にニールの言葉を笑ったわけじゃないよ。なんか、ニールらしいなって」

「うーん……それ、どう受け取れば……」

「まぁまぁ、それはとりあえず置いとこうよ。少なくとも悪い意味じゃないから」

「お、おう……」


 戸惑うニールと、徐々に笑いを収めるルナ。

 しばらくして落ち着いたところで、改めてルナは切り出した。


「ミーナに言えない理由はね。あの子の話になるから、勝手に話せないなって思ったの。でも、いいや」

「え、いいの?」

「うん。元はと言えばミーナのお願いなんだし、いざとなったら私が謝れば済むし」


 相手がニールだし――というのは、心の中に留めておいた。

 言うとまた話が逸れそうだったので。


 そして、ルナは告げた。ミーナに話せない、その理由。


「ミーナね――小さいころに、お父さんを亡くしてるの」

「あぁ……そういうことか。そりゃ言いづらいね」


 少し切なそうに、ニールは納得した。

 父親と上手く行ってないなんて悩み、父親を亡くした子に言えるはずもない。


「でしょ? だから、話を聞いてくれて助かったよ。ちょっとは楽になった」

「そっか……力になれたならよかった……けど」


 ルナはお礼を言うものの、ニールは歯切れが悪かった。


「あんまり解決には近づいてないよね。ごめん」

「それはまぁ……」


 仕方ない、というのはさっきも出た話だ。


「だから、さ」


 と、ニールが言葉を続けた。

 首を傾げて続きを促すと、彼はこう言った。


「やっぱり、ミーナに話すべきだと思う。ミーナは別に怒らないし、きちんと向き合ってくれるよ。それに、話してくれないことのほうが、よっぽど辛いし不満なんじゃないかな」


 本当は、ルナが一番わかってると思うけど。

 そう言った彼は正しい。


 結局ルナは、誰かに背を押してほしかったのかもしれない。

 ミーナを傷つけるのが怖くて、すれ違ってしまうのが怖くて。

 大切だからこそ、勇気が出ないこともある。


「……うん。ありがと。一回、ちゃんと話してみるよ」

「そっか。うん、それがいいよ」


 ルナがそう言うと、ニールは柔らかく微笑んだ。


「よし! そうと決まれば善は急げ! 戻って話してくる!」


 ルナは勢い込んで立ち上がる。

 せっかく背を押してもらったのだから、気が変わる前に行ってしまおうと思った。


「おや、ルナさんにニールくん。こんにちは」


 と、そこに落ち着いた男性の声がかかる。


「あ、ノアさん。こんにちは」

「こんにちは!」


 挨拶を返すと、ノアはニッコリと笑う。

 ノアはこうしてシェルター内をよくうろついている。

 こういうところも人気の秘訣なんだろうなぁ、とルナは思う。


「そうだ、ノアさんって娘さんとかいるんでしたっけ?」

「ちょっ、ニールいきなり何聞いて……」


 唐突に問いかけたニールに焦るルナ。

 するとニールはのんきな顔で、その意図を喋る。


「いや、父親サイドの意見もあったら参考になるかなーって思って」


 言うことはわからないでもない。

 ただ、ノアはルナたちの支援者でもあるから、心配をかけたくないというのがルナの心中であった。


 が、当のノアはカラカラと笑って答えた。


「いや、残念ながら。そもそも結婚もしてないしね。仕事人間なもので。でも、そうだな……」


 そこで顎に手を当てると、何やら察した風に言葉を続ける。


「これは僕の友人の話だ。彼には娘がいたんだが、やはり仕事人間でね。普段は没交渉だったと聞いている」

「そう……なんですか」


 明らかに悩みを見透かされた話が出てきて、ぎこちない返事をするルナ。

 それで、その彼と娘はどうなったんだろう。


「ある日、その子は大病を患ってしまってね。体のあちこちに異常が出るから、移植手術を繰り返す必要があった」

「そんな……」


 悲しそうな顔をするニール。

 その気持ちに同意するように、深くゆっくりとノアは頷いた。


「結局ドナーが間に合わず、彼女は亡くなってしまった」


 沈痛な空気で、ルナもニールも黙り込む。

 だが、とノアは話を続けた。


「彼女はね、亡くなる少し前までは、楽しく暮らせていたんだ。父親のおかげでね」

「どういうことですか……?」

「それには、彼の仕事が関係している」


 首を傾げるルナたちに、ニールはその理由を告げた。


「彼は生体科学の研究をしていてね。義手・義足に人工臓器――いわゆるサイボーグ技術を、娘のために研究し続けた。残念ながら、命を救うことには間に合わなかったが……それでも、人生を助けることはできたんだと思う。彼は、自分がただ娘と過ごす時間よりも、娘の人生に少しでも楽しい時間が増えることを優先したんだ」


 ただ隣にいるか、隣にいる時間を犠牲にしてでも、その人が笑顔になることを選ぶか。

 それは難しい問題だろう。


 ただ、ルナは思う。


「隣にいてくれれば、それだけで笑顔になれたかもしれないのに――」


 ぽつりと呟いたそれに、ノアは「そうかもしれないね」と答える。


「まぁ、それは当人たちにしかわからないことだ。僕が言いたかったのは――愛情の示し方は、人それぞれってことさ」


 そして、そうやって話をまとめた。


 ――もしかしたら、あの人もそんなこと考えてるのかな。

 ルナは一瞬そんなことを考えるが、それこそ本人しかわからないことだった。


「ちなみに。君に直接、というのは微妙だけど……少なくともガーデン博士の研究成果は、アーク社の社長としては大いに希望になるものだよ。うちの、いやすべての民営シェルターは、常に電力事情が懸念としてあるからね。ブラックコーナーがエネルギーになるなら、その面でのタイムリミットがなくなる」

「へー、そうなんですね」


 ノアはやっぱりルナの悩みを察しているらしい。

 その説明に、ニールは感心した声を上げた。


「僕が大人として言ってあげられることは、これくらいかな。それじゃあ、そろそろ失礼するよ」


 最後にそう言って、ノアは立ち去った。

 ニュースで聞くよりも、母から聞くよりも、その説明はルナの中にストンと落ちた。


 だからそれは胸に置いて、行動を再開する。


「……とりあえず、行くよ。ミーナのとこ」


 ニールに「うん、頑張って」と笑顔で送り出され、ルナは練習場所へと向かうのだった。

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