第二章4 複雑な誕生日
それからさらに半年ほどが過ぎた。
世間の状況は相変わらず。むしろ、ブラックコーナーのせいで太陽光発電が使えないため、エネルギー不足が深刻になってきていた。
国営シェルターの中は原子力発電でギリギリ賄えているものの、外は風力発電のみで風前の灯だ。
このままでは、いずれ生活がままならなくなる――そんななか。
ルナの状況は、いい方向に大きく変化していた。
「ルナさん、誕生日おめでとうございます!」
「ありがとうございます、ニールさん」
炊き出し広場で開かれた誕生日パーティー。
そこには、多くの人が集まっていた。シェルター内のほぼ全員ではないか、というくらい。
何故そこまで盛大になったかと言うと――
「おめでとう。今度のライブ、楽しみにしているよ」
「ノアさん、ありがとうございます! まだ実感が湧かないですけど……ご期待に沿えるよう頑張ります!」
あれ以降、ノアは全面的にルナたちの活動を支援してくれていた。
歌うスペースを確保してくれたり、告知をしてくれたり。
そしてなんと、3ヵ月後にアーク社の全シェルターに生中継されるライブイベントの開催が決まったのである。
「やー、私もいまだに信じられないよ。こんな大きなイベントに出られるなんて!」
「ね。練習頑張らないと」
そう言って、ミーナと笑い合う。
こんなことになるなんて、少し前までは全く想像できなかった。
「ハハハ。さて、そんなルナさんに、我々一同からとっておきのプレゼントを用意させてもらったよ」
「とっておきの……? そ、そんな! 私にとっては、ライブを開いてもらえることが一番のプレゼントと言いますか!」
アーク社の社長からのプレゼントなんて、とんでもないものが出てきそうでルナは慄いた。
そんな大層なものをもらうなんて、気後れして仕方がない。
「ああ、そういう感じではないよ。でも、きっと喜んでもらえると思う」
その反応に楽しそうに笑うノア。
ルナは思わず赤面してしまう。
「そうだね――ニールくん、君から渡してあげるといい。頑張ってくれたからね」
「い、いいんですか? ありがとうございます!」
――ニールさんが頑張ったって、どういうことだろう。
ルナが首を傾げていると、彼は大きな物を大事そうに抱えて戻ってきた。
それを手近な机の上に置くと、被さっていた布に手を掛ける。
「では、改めて――誕生日おめでとうございます、ルナさん!」
そう言ったニールは、勢いよくその布をめくった。
「! これ、私の……!」
見た瞬間にわかった。
何せ、長年の相棒だったのだ。
「ステラさんに相談したら、君がこれを置いてきたのを気にかけていたと聞いてね。派遣隊に取りに行ってもらったんだ」
それは、ルナの電子ピアノだった。
『大災厄』のあの日、仕方なく家に置いてきたもの。
「俺、あの日ルナさんの歌に救われたんです。俺が今ここにいるのは、あの歌のおかげだから。わがまま言って、これを取りに行く部隊に入れてもらっちゃいました。少しでもルナさんに恩返ししたくて」
「そんな、私――」
言葉がうまく出なかった。
きっともう、二度とこれを弾くことはできないと思っていたのに。
じんわりと目に涙が浮かぶ。
「よかったね、ルナ!」
ミーナがそう言って抱きついた。
うん、と掠れる声で答え、ルナはミーナを抱きしめ返す。
「喜んでもらえてよかったです、ルナさん!」
「だってさルナ。っていうかニールぅ、さっきからルナのことしか言ってなくない? 私だっていっしょに歌ってたんだけどー?」
その体勢のまま首だけ回し、ミーナはニールに目を向ける。
それはもうニヤニヤしながら。
「い、いやもちろん、ミーナにも感謝してるって! ほら、今日はルナさんの誕生日だから!」
「ほら、もう態度が全然違うじゃん! ルナもそう思うよね?」
それはそのとおりだと思って、ルナもニールのほうを向くとコクリと頷く。
盛大にしどろもどる彼を見て、思わず笑った。
「私にも普通に話してくれていいですよ、ニールさん。年上の人に敬語使われるのって、やっぱりちょっとむず痒いですし」
「いや、それはちょっと恐れ多いっていうか……」
「私はいいんかい」
「いや、それはミーナが先に……」
「ふーん?」
我が意を得たり、とばかりにミーナは頬を吊り上げた。
「じゃ、ルナもタメ口で話せばいいんだ」
「あ、なるほど」
「ルナさん!?」
普通に納得してしまったルナに、ニールは再びしどろもどる。
そんな彼を見て、
――かわいい、なんて思うのは失礼かな。
このシェルターで何度も顔を合わせ、いつもルナたちの歌を楽しそうに聴いてくれて。
あの事件の日は、同い年の仲間を助けたとも聞いた。
そうでなくても、これだけの期間接していればわかる。彼が優しい人だと。
それに、ルナにとって大切なものを届けてくれたのだ。
そんな彼と仲良くなりたいと、ルナは思った。
だから、ちょっとおっかなびっくり、こう言ってみた。
「えっと……ダメ……かな? ニール」
次の瞬間、ニールは尊さのあまり膝から崩れ落ちた。
****************
そんなすったもんだがありつつ、パーティーはつつがなくお開きとなった。
ステラと二人、住み慣れてきた仮の住まいに帰り着いたルナ。
心地よい疲労感と共に、彼女はバフリと毛布に倒れ込んだ。
「あー、楽しかったー」
「よかったね。あ、お父さんからもメッセージ届いてるよ。おめでとうってさ」
現在、国営シェルター内外での連絡には規制がかかっている。
台数やメッセージの容量、通話の時間が厳密に管理されていて、ルナの端末は使えない。
だから、フィーバスとはステラを通じてしかやり取りしていなかった。
それで困ったこともないが。
「んー……」
「ね、たまにはルナもお父さんと話したら? ほら、まだライブの話も伝えてないし。直接話したら喜ぶと思うよ?」
「そう、かな……」
喜ぶ父の姿を、ルナはうまくイメージできなかった。
それでも、差し出された端末を何となく受け取る。
今日の楽しかった気持ちが、少しだけ背を押したのかもしれなかった。
「まぁ、今までで一番大きなことだしね。言うだけ言ってみるよ」
「ん」
眉をハの字にしながらもそう言ったルナを見て、ステラは嬉しそうに頷いた。
部屋の隅のほうに移動し、ルナは端末を操作する。
――まぁ、自分の娘がそんな大きなライブをやるなんて知ったら、さすがに驚いた声くらいは聞けるかも。
そんなことを考えてちょっと笑いながら、ルナは通話ボタンを押した。
コールを数えること5回で、あっさり通話は始まった。
『もしもし。どうしたステラ?』
「……私。ルナ」
そう答えると、一瞬の間の後に返事が来た。
『珍しいな。どうした?』
声のトーンは普段と変わらないように聞こえた。
もっとも、『普段の声』を碌に聞いていないから、その感覚が正しいのかも自信がない。
『あぁ、その前に。誕生日おめでとう』
「! ……ありがと」
その声のトーンはさっきとあまりにも変わらなくて、つまりそれだけ普通に言われたということで、ルナは戸惑った。辛うじて返事はできたが。
『それで、どうしたんだ?』
「あ……えっと」
問いかけられて我に返り、ルナはのろのろと思い出す。
そうだ、ライブ。
「その、実はね。今度、アーク社のシェルターで――」
言いかけたとき、にわかに電話の向こうが騒がしくなった。
何やら歓声が聞こえ、『フィー!』と呼びかける声が続く。
『何!? 本当か!』
答えるフィーバスの声を聞いて、ルナは。
『……すまん、ルナ。急ぎでなければ、後で聞かせてもらっていいか?』
「うん。わかった。それじゃ」
答えるその声は、機械的なものになった。
すぐに電話が切れ、切断音が耳に響く。
「……ルナ?」
「はい。何か忙しそうだったから、後でお母さんから言っておいて」
それだけ答えると、端末を押し付けるように返し、毛布に潜り込む。
頭の中で繰り返し聞こえるのは、
『何!? 本当か!』
誰かに向かってそう言う、フィーバスの声。
その声音は、電話の相手がルナだとわかったときよりもずっと――
「嬉しそうな声、出せるんじゃん――」
呟いた言葉は、毛布の中に埋もれて消えた。
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