第二章2 揺れるシェルター
それから数日後。
ニールが派遣隊として初めてシェルター外に出発するということで、ルナとミーナは見送りに来ていた。
「わざわざ見送りまで来てくださって、ありがとうございます! 推しに送り出してもらえるなんて感激です!」
「もう、だから大袈裟だってば! もう普通に友達だし、見送りくらい来るよ」
九十度の礼をするニールに、ミーナが笑って応える。
ルナとしては友達と呼ぶにはまだ早い気もするが、少なくともこのシェルターで苦楽を共にする仲間だ。単なるファンの一人、というよりは近しい存在だと思っている。
「お仕事、頑張ってくださいね」
無難な言葉をかけるルナに、ニールは照れ臭そうに頭を掻く。
「ありがとうございます! まぁ、言ってもただ荷物積むだけですけどね。道中は装甲車に乗ってるだけだし」
ブラックコーナーの性質から、外では光を一切使えない。
移動に用いられるのは、GPS・ソナー・浄化システムを搭載した装甲車で、道中の出入りは一切不可だ。
環境調査を行うメンバーは、同じような機構を備えた防護服を着て車外に出ることもあるらしいが。
「でも、それだって大事なお仕事ですよ。物資が届くかどうかは、このシェルターの死活問題ですし」
ニールが今回行くのは物資の運搬。
アーク社のシェルターは必要最低限の備蓄品を備えているものの、長期間の避難生活では自給自足を複数シェルターで役割分担している。
例えばこの第六シェルターでは野菜を中心に栽培しているが、主食となる穀物系は第一シェルターが、タンパク源となる家畜の飼育は第二シェルターが……という具合。
国営シェルターと違い土地や人員が限られるため、効率よく管理するのが目的だ。
そのため、定期的にシェルター同士で物資を交換し、必要なものを各シェルターに行き渡らせる必要があった。
「そうですね! ガシガシ運んでやりますよ!」
ぐっと力こぶを作って見せるニールに、ルナたちは微笑んだ。
と、そこへ別の声がかかる。
「ニール、気をつけて行くんだぞ!」
「父さん! うん、わかってるよ」
右腕を三角巾で吊った、大柄でいかにも豪快そうな男性。ニールの父親だ。
腕の怪我は避難中、ニールを庇って負ったものだとか。
「俺もこの腕が使えたら行くんだけどな! 俺の分までしっかりやれよ!」
「うん、任せといて!」
二人は向かい合って、フンッとお互いに力こぶを作る。
微笑ましいが絵面が面白すぎて、ルナとミーナは盛大に吹き出した。
「ルナちゃんミーナちゃん、二人も見送りありがとうな!」
「、ひえ、いつもお世話になってますから」
「ルナ、笑いこらえきれてないよ……ぅふっ……」
ぷるぷる震える二人を見たニールと父は、顔を見合わせるとニヤリと笑う。
そして、ルナたちに向かってボディビルダーよろしくバッチリとポーズを決めた。
キレッキレなドヤ顔も相まって、二人は盛大に笑い転げるしかなかった。
「第一シェルター行き、そろそろ出発するぞ! 派遣隊は集合!」
そうこうしているうちに、号令がかかった。
出発の時間だ。
「じゃあ、行ってきます!」
「お気をつけて!」
「頑張ってね!」
「しっかりな!」
四人はそう言葉を交わし合い、手を振って別れる。
装甲車に乗ってしまうと、こちらからはもう向こうの様子はわからない。
しばらくして出発した派遣隊に向かって、それでもニールの父は手を振っていた。
そんな彼を、ルナは横目でチラリと見る。
――ニールさん、愛されてるなぁ。
そんなことを思いながら、ルナも何となく手を振るのだった。
****************
見送りから半日ほど経って、時刻は夕方。
「へぇ、派遣隊に。偉いわねぇ」
おっとりした声で、ミーナの母親がそう言った。
親子だけあって、ミーナをそのまま大人にしましたという風貌だ。
彼女も無事にシェルターに辿り着いていたが、こうしてゆっくり話をできる時間は少なかった。
看護師という貴重な人材は、シェルター内でもやはり重宝されている。
今日は珍しくミーナの母が休みをもらっていたため、ルナとミーナと三人で炊き出しの列に並んでいた。
ステラはまたも炊き出し班なので、列の先であくせく働いている。
「ねー。いくら車の中でも、外に出るなんて絶対怖いのに」
吐き出すようなミーナの言葉は、ルナにもよくわかった。
あの日のことを思い出すと、今でも身震いしてしまう。
「……って、本当に揺れてる?」
辺りも何やらざわついている。
どうやら地震のようだ。が、
「けっこう揺れてるね」
「シェルターでこれだけ揺れを感じるって、相当ね」
アーク社のシェルターは制震機構を備えている。
ということは、外ではこの何倍もの揺れが発生しているはずで。
「ニールさん、大丈夫かな?」
「大丈夫じゃない? 乗ってるの装甲車なんだし」
「それもそっか。外に出ることもないって言ってたしね」
――結果として、何も大丈夫ではなかったのである。
異変を知ったのはそれから数十分後。
炊き出しの仕事を終えたステラを交え、四人で夕食を取っている頃だった。
アーク社のスタッフや、残っている一部の派遣隊員がバタバタし始めている。
炊き出し広場にいたおじさんが無線の音声を聞き、慌てて立ち上がった。
四十代半ばの穏やかそうな彼は、何度か歌を聴きに来てくれた顔見知りの派遣隊員だ。
それを見たルナは、慌てて声をかけた。
「あの! 何かあったんですか?」
「あぁ、ルナちゃん。実はさっきの地震で、今日出ている派遣隊の車が影響を受けているみたいでね。今から救助隊が組まれるらしい」
「救助隊って……みんな大丈夫なんですか?」
横から不安そうな顔で口を挟むミーナに、彼は難しい顔をする。
「まだ何とも。今日出てるのは5台で、その全部が影響を受けた。各車の被害状況は把握しきれてないらしい――っと、噂をすれば続報だ」
そう言って、耳に差したイヤホンに手を当てる。
それとほぼ同時に――辺りに、サイレンの音が鳴り響いた。
「な、何……?」
それは『大災厄』の日に流れていたのと同じ音で、反射的にルナは自分の腕を抱く。
周囲のざわめきも、どんどん大きくなっていく。
「……どうやら、第一シェルターへの派遣隊はすぐそばまで帰ってきていたらしい。救助隊の人数が圧倒的に足りないから、彼らには自力で帰ってきてもらうことになった」
「第一シェルターって、ニールさんが向かってた……」
「自力って、歩いて!? あの真っ暗な中を!?」
「装甲車は横転してしまって、すぐには戻せないらしいからね。ひとまず人員だけこっちに帰還してもらって……」
「いやあああぁぁっ!」
説明してくれる彼の言葉は、不意に上がった悲鳴で途切れた。
悲鳴の主は小さな女の子で、ミーナの母親が即座にすっ飛んでいく。
「何が……」
「あ、ママが前言ってたかも……たしか、ぴーてぃーえすでぃー、だっけ? あの音がトラウマになっちゃってる人、けっこういるって……」
「PTSDか……。しかし、このサイレンを止めるわけにも……外のみんなは、これを頼りに帰ってくるしかない」
おじさんの渋い顔を見て、ルナは思い悩む。
ルナもこの音を聞くと、あの日を思い出して辛い。
が、派遣隊員の無事が優先というのもわかる。
ただ、どんどんパニックが広がっているのは明白だった。
派遣隊の状況も噂として流れているのだろう、それはシェルター全体の死活問題でもある。
このままでは、下手をすると収拾がつかなくなるかもしれない。
「何とか、みんなを落ち着かせる方法ってないのかな?」
ミーナが困り顔でルナを見る。
――落ち着かせる。私もあの日、不安だったし怖かった。
それでも、何とか落ち着いていられたのは……
そこまで考えが至った途端、その言葉はルナの口から勝手に出て行っていた。
「おじさん! サイレンの代わりに、私たちに歌わせてください!」
「へ?」
「歌……?」
ミーナもおじさんもポカンとする。
ルナも思わず言ってしまったことに焦るが、言ってしまったなら最後まで言おうと言葉を続ける。
「『大災厄』の日、ミーナが外に取り残されたんです。そのとき、歌を頼りにお互いを見つけたので……」
「そうそう。ほら、サイレンじゃなくても音が鳴り続けてれば問題ないですよね? どうですかね」
今まで黙って見守っていたステラがフォローを入れる。
のんびりとした口調は安心感を与えたのか、おじさんも真剣に考え込む。
「……まぁ、言うだけ言ってみよう。俺もサイレンより、ルナちゃんたちの歌のほうが聴きたいしな」
おじさんはニッと笑ってそう言うと、後ろを向いて無線を操作した。
しばらく小声でやり取りをしていたかと思うと――
「え!? 本当ですか!?」
と、素っ頓狂な声を上げた。
その後は二言三言会話を交わすと、すぐにこちらを振り返る。
「許可、出たよ」
「え、本当ですか!?」
「ウソ、すご!」
驚いた表情のおじさんの報告に、ルナとミーナは顔を見合わせる。
「ただし、やるからには大至急で、最後までしっかりやり通すこと……だそうだ。通信室に連れて行くけど、すぐ行けるかい?」
「はい!」
ミーナはすぐさまギターケースを担いでみせる。
ルナは荷物もないので、そのまま顎を引いて応えた。
「よし。じゃあ行こうか。ステラさんはどうされますか?」
「ミーナママに伝えないとだから、私はここに残ります。二人のこと、よろしくお願いしますね」
「わかりました」
そして、ステラはルナたちを見てぐっと拳を突き出す。
「二人とも、頑張って! いい歌期待してるよー」
「うん、行ってきます!」
「任せといてください!」
最後にそう言葉を交わし、ルナたちは通信室へと急ぐのであった。
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