第二章1 アーク第六シェルターの日常
避難所として開放されたアーク第六シェルターの一角。
2ヵ月も経てば慣れてくるもので、ここでの生活も板に付いてきている。
主婦層を中心に炊事・洗濯・掃除等は持ち回りで担当しており、今日のステラは炊事当番だ。
炊き出しの準備を進めながらも、彼女はウェアラブル端末を通して会話をしていた。
『それじゃ、そっちも変わりはないんだな?』
「うん。それなりに楽しくやってるよ」
『そうか、たくましいな』
「そういうところ、好きでしょ?」
通話相手はもちろんフィーバスだ。
軽い冗談に『ああ、そうだな』と真面目に返され、赤面したのは内緒である。
「そっちも変わりなし?」
『ああ、そうだな。国営シェルターからも調査隊は徐々に出ているが、避難計画のほうはサッパリだ』
「研究のほうは?」
『そっちもサッパリだな。ブラックコーナーの除去に関して、進展があった報告はどこからも上がっていない』
「あなたの研究も?」
『俺の研究は除去の役に立たないぞ?』
「そういうことじゃないでしょー。夫に仕事の調子を尋ねる理解ある妻ですよ私は」
『お前も元研究者だしな』
「そうだけど、そういうことじゃないでしょ!」
ぶうたれるステラに、フィーバスは電話の向こうでフッと笑う。
『そっちも、まだ大して進んでないな。人員の大半が除去のほうに割かれていて、俺とディランの二人だけでやってるような状況だ』
「そっか、大変だねぇ」
『まぁ、俺もそれでいいと思っている。除去の研究が最優先に決まっているからな』
そんなもんかー、と納得するステラ。
しかし、事はそう簡単でもない。
『ただ、そもそも性質的に完全な解析は不可能なんて話もある。人員を割いても難しいかもしれん』
「ふーん。じゃ、ますますあなたの出番じゃない? 天才さん!」
『門外漢に何を求めてるんだ、お前は』
呆れた声を出すフィーバスに、ステラはふふっと笑う。
そしてちょっと悪戯っぽく、しかし信頼の気持ちを込めて、こう言った。
「知ってるでしょ? 私は信じてるよ、あなたなら何とかしてくれるって」
そんな言い方は卑怯だ、とフィーバスは思う。
だから仕方なく、彼女が求める言葉を口にした。
『まったく……ああ、任せておけ。不可能を可能にするのが、天才の仕事だ』
おーさすがー、なんて言って手を叩くステラ。
言わせておいて、とフィーバスはため息を吐く。
そして、ふと話題を変えた。
『それよりこの歌……ルナたちか?』
「お、わかった? さすがだねぇ」
先ほどから炊き出しの広場には、ルナとミーナの歌が響いている。
炊き出し当番たちは手を動かしながらだが、周囲で働く人や通行人は聞き入っている人が多い。
「1ヵ月くらい前からだったかな、毎日ここで歌ってるんだよ。配信はできなくなっちゃったけど、ここの人たちの楽しみになってるみたい」
『そうか……アイツも大概たくましいな』
「そりゃ、私たちの娘だもん」
やたら得意気なステラの声に、フィーバスは小さく笑う。
『そうだな。いい歌だ』
「ね」
そうして夫婦は二人、娘の歌に耳を澄ますのだった。
****************
「ありがとうございました!」
「ありがとうございましたー!」
ルナとミーナが頭を下げると、辺りから拍手が巻き起こった。
配信と比べれば、人数は少ない。お金をもらうわけでもない。
それでも、
「やっぱ、お客さんに直接聴いてもらえるのっていいね!」
元気よくそう言うミーナに、ルナも「うん、そうだね」と笑顔を咲かせる。
自分たちの歌で、みんなが笑顔になってくれている。
そう強く感じて、とても誇らしかった。
「炊き出しの準備できましたよー! みんな並んでくださいねー!」
ステラの呼びかけに、それまで観客だった一同は列を作り始めた。
ルナたちも、その列に行儀よく並びに行く。
お腹空いたね、なんて取り留めもない話をしていると、後ろから声がかかった。
「ルナさん、ミーナさん! 今日も最高でした! これおひねりです!」
「だから受け取らないってば、『キャプテン』さん!」
「もうミーナ、ニールさんでしょ」
声の主は、赤い短髪のちょっと暑苦しい青年。
発言からわかるとおりルナたちのファンで、なんと配信時代から二人を応援してくれていた。
ミーナが呼んだ『キャプテン』はアカウント名で、本名はニール・カーターである。
「まぁそう言わずに。推しへの課金は呼吸なので、しないと死んじゃうんですよ!」
このとおりオタク気質がかなり強いが、それ以外はごく普通の大学生だった……らしい。
そんなニールの言葉に、ルナは大きくため息を吐く。
「何度も言うように、受け取れません。私たちはここの皆さんに、少しでも楽しく生活してほしくて歌ってるんです。お金なんか取ったら本末転倒じゃないですか」
「いや、これはただの気持ちなんで……」
「お気持ちだけで結構です。っていうか、そんなことしてたらすぐお金なくなっちゃいますよ? 今はお金稼ぐこともできないんですから」
「そうだよー。それに、もらっても今じゃあんまり使い道ないし……」
「ミーナ、そういう問題じゃない」
使い道があったら受け取ってしまいそうに聞こえる。
「でも、それじゃ俺はこの気持ちをどう発散したら……!」
「うわー末期だ……申し訳ないけどちょっとキモい……」
本当に頭を抱えるニールに、ミーナはちょっと引いている。
ミーナを軽く小突いて窘めつつ、ルナはそこまで思ってもらって嬉しい半分、普通に呆れる半分の心持ちで、ちょっと笑いながら声をかける。
「ニールさん、派遣隊に入ったんですよね? そこで頑張ってくれると嬉しいです。私たちも、みんなも助かりますから」
「あ、ルナいいこと言うー! そうそう、私たちの歌で元気になって、バリバリ働いちゃってよ!」
派遣隊というのは、シェルター外に出て物資の運搬や風力発電機のメンテナンス、環境調査を行ったりする部隊のことだ。
主体はアーク社だが当然の如く人員は足りず、シェルター内からボランティアを募っている。
ニールは先日、そのボランティアに志願したばかりだった。
「ルナさん……ミーナさん……わかりました! 推しのために働く、これは課金と同義! よし、やる気出てきたー!」
「うーん、やる気になってくれたのはいいけど、発言が残念すぎる……」
「ミーナ、しー」
ニールは明後日の方向に向けて何やら雄叫びを上げていた。
多少暑苦しくて変な言動をする彼だが、二人の音楽を好きでいてくれているというのは、痛いほど伝わってくる。
それは
――こっちも、元気もらっちゃったな。
そんなことを思い、ルナは小さく笑った。
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