第一章5 シェルターへ
それから数時間後。
フィーバスからの連絡を受け、ルナたちはアーク社のシェルターへと出発した。
外に出るまでは二度目だけあってスムーズだ。
が、進むには足が重かった。家には当分戻ってこれそうにない。
「でも、行かないとね。せっかく早めに出られるんだから」
なんでもフィーバスには『ツテがある』らしく、正式発表よりも前にシェルター解放が決定したとわかった。
ガーデン家はアーク社のシェルターから少し離れているから、ありがたい情報だ。
後ろ髪を引かれながらも、ルナたちは歩みを進める。
行先はウェアラブル端末の音声ナビに頼り、はぐれないよう三人でしっかり手を繋ぐ。順番は前と同様、ステラが先導、次にルナ、最後にミーナである。
ナビがあっても視界はない。手探り足探りで慎重に進んで行く。一歩にかかる時間は長い。
しばらく歩いたところで、不意に大きな音が鳴り響いた。
『こちらは、アーク第六シェルターです。只今より、避難の受け入れを開始致します。避難を希望される方は、安全に十分配慮のうえ避難を開始してください。この音声は繰り返し流れます。落ち着いて、音を頼りに進んでください――』
なめらかな合成音声の台詞と、サイレンの音が交互に繰り返される。
その音を聞きながら歩いていると、周囲の様子は徐々に変わっていった。
「おーい! こっちだ!」
どこからか聞こえだす、人々の声。
シェルターの案内を聞いて、避難を開始したのだ。
最初は落ち着いていた声も、数が増えれば混乱を呼ぶ。
完全なる暗闇は、人々からいとも容易く冷静さを奪っていった。
「誰か、誰か助けてくれ!」
「きゃああっ!」
「おい、ふざけんな! 誰だよ今ぶつかった奴!」
やがて聞こえるのは、怒号や悲鳴ばかりになった。
「お母さん――」
「今は気にしちゃダメ。シェルターに辿り着くことだけ考えて」
ステラのいつになく強い声に、ルナは手を握って答えた。
反対の手を、ミーナが強く握ってくれる。
いや、きっとミーナも同じ思いだっただろう。
もう一度強く手を握りあい、三人は歩き続ける。
その時間を、ルナは何年経っても忘れることはできなかった。
あの地獄のような、けれども懸命に歩いた、あの時間のことは。
覚えているのは、繋いだ手に伝わる温もり。
それに、少し痛いくらいの力。
その手は少し震えていて、でも絶対に離さないという想いが伝わってきた。
それから――
『こちらは、アーク第六シェルターです……』
「おい、本当にこっちで合ってるのか!?」
「こっちってどっちだよ!」
「ママ、どこにいるの!?」
飛び交うたくさんの声と、サイレンの音。
そのどれもが混乱と悲痛に満ちていた。
音だけを頼りにシェルターへと向かう人々の、切実な声。
本当は耳を塞ぎたかったけど、手を離すのも怖くて、あぁ手がもう二本あったらいいのに、なんてことをルナは思っていた。
思い出せる。
感触も温度も声も音も、すべて。
あの日の出来事は強烈に脳裏に刻み付けられ、ルナはそれをいつだって鮮明に思い出すことができた。
思い出したいことなど、ほとんどないけれど。
しかし、その記憶の中に――目に見えるものは、一切なかった。
暗闇。
右を見ても、左を見ても――空を見上げても。
それが、あの日人類が経験した『大災厄』のすべてだった。
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